先日書いた内容に対して

直接ではないけど、いろいろ

書かれているのを目にしてしまった。


それはそれは、ひどくて、仲良く話していたことも全て「あれが嫌い、これが嫌い」

と、書かれてあった。

そして、何も考えていないとか

中途半端とか威圧的とか、

行動見直せとか。

そんな風に思われていたんだ


と、思うとショックだった。


でも、自分の内側が目の前の現実だと

考えると、自分の中に大きな不満がある

のかな。と考えてみた


ただ、これをわたしが受け取らないと考えたら、これはわたしの問題でなく

相手の問題だとも思えたり


わたしも人間だから、間違うことも

忘れることもある。

それが不愉快にさせてしまうことが

絶対ないとは言わない。


でも、誠意をもってやってる


自分の思う通りにいかないことが

とても歯痒いのだろうなと

感じたら、それは以前、自分が

持っていた思いだったのかもしれない


わたしはわたしを守るために

わたしをむやみに傷つける人とは

いれない。

傷つく、傷つかないもこちらの受け取り次第ではあるけれど、大切にしないと

いけない部分だよね


セッションしていても、そんな相談を

受けたことがある


相手を良く思えない私がおかしいのかな?

と、聞かれた。わたしも以前はそういつも思ってた


結論はそんなことはなく、自分がモヤっとした時の思いをきちんと拾ってあげないと

大変なことになる


それがこの結果になってしまった

もう、随分前から気になるところが

あったのに、別のことでフィルターかけて

わからなくしてた。


謝らない人が多いと書いたのも

別にわかってほしいわけではなく

多いな。と思っただけ。その1人に言った

わけでもないし、「多い」を単数で書いたわけではない。


「謝れ」が伝わってくるって

よくわからない。そう思っていたわけではないから。

でも、「ごめんねー!勘違いしてたね」で

終わることだったと思う。それは、人間関係を円滑にする術だったりすると思う。



わたしもなかなか謝れない人間だったかもしれない。

子育ての中で、思うようにはいかないことを嫌と言うほど経験し、子どものために

頭を下げ続けた。

先生から冗談で「謝るのうまいね」と言われたこともある笑


それで良いと思う。

これで、子どもを護れたとも思う

あちこちに言いたい放題言って

居場所を狭める必要はない


おかげさまで、子ども達はいろんな人に

可愛がってもらえる子に育った