その声はあまりに熱く


あまりに悲しいもので


振り向かずとも感情が伝わった。



声は村長のものだった。



村長は扉を開けて


「どうか、中にお入り下さい」と


今までの慣れ親しんだ口調とは


別の言葉にも驚いたが、


言葉よりも、その立ち振る舞いが


まるで武士のようで、


一瞬で周りの景色が


森から城内に変わってしまった


ような錯覚をおこした。



中に入ると


部屋の様子や雰囲気よりも


まっ先に目を奪われたのは


赤子だった。



部屋はすべて畳がひかれ、


6畳続いてから低く1段上がって


また6畳あり、


そこに小さな布団の中で


生後半年ほどの赤子が寝ていた。



赤子の両脇には、


男と女がこちらを向いて座っていて、


その凛とした姿に


私は両手両膝をついて


深く頭を下げた。



それは自然な行動であり、


彼らに会えば


誰もが迷わずそうするだろう。



特に男の方は、


見た目の若さと


かけ離れた気構えを


その目からすぐに読み取れたし、


ある特定の者が持つ


統率力のような非凡な能力を


まるで氣のように放っていて、


それに包まれる感覚もあった。



女の方は


まるでの陽に照らされた


シクラメンの花びらのように


淡い紅紫色の煙りで覆われている


と錯覚をおこすほど


不思議な光をまとっていた。






もはや匂いを追うことは


出来ない。


私は必要のなくなった


警戒心をゆるめて、


雨をしのぐ場所を探した。



雨は不運ではなかった。



細い滝の近くで


木の葉が集まる枝を


見つけて雨をよけていると


その先に小屋を見つけたのだ。



おそらく、


私の立っている場所から以外では、


視界にも入らないであろう隠れ方である。



どーやら


立派に育った木と枝を


うまく利用した小屋で、


木の幹を肝心な柱とし、


太い枝はハリに用いているよぅだ。



基礎が高く、わらぶきの屋根に


仮宿ではなく家屋なのだと


すぐにわかるほど


しっかりした土壁で


作られていたが、


それでいて


見事に森に溶け込んでいる。


いや、森の木々が隠している。



私は雨音に紛れるように


小屋に近づき、


扉の前に立つと、


わりと小さな扉だった。



私の想像するものからすると


鬼ではないらしい。



「事情を…知るべきか」


突然後ろからの声に


凍るほど驚いた。



(実際には何と言ったのか


わからないのだが、


私にはそう聞こえた。)




奥に進むほど


湿度の変化を感じ、


森の深さから


光が僅かにしか届かない


場所には湧き水の池があった。


(あの場所だけは、


もう一度行きたい)



程良い光の差し込みと


程良い湿度の中、


ある程度の緊張感を保ちながら


私は腰を降ろした。



まわりに意識を向けていると、


僅かな人の匂いに気付いた。



それはケモノと種類を異にし、


人の集であったり


人の生を感じる匂いに


近かった。



河童なのか鬼なのか


ケモノよりも人に近い


生き物が間違いなくいる。



私は物事を頭で理解することに


長けていない。


何事にも歩みよる


方法でしか感じることが


出来ないでいたし、


感じたことを理解した。



私の方法のままに


匂いに歩みよった。



その匂いは


湿度のせいか風向きか


思うよりも遠く、


随分と深く追いかけていた。



村に辿り着いた時も


そうだったが


この辺りは雨の多い場所らしい。



とぅとぅ降られてしまった。