おばあちゃん命日。
2010年1月12日。夜中の一時くらい。
もう三年か…今でも全てが鮮明です。
亡くなる前日、お見舞いに行ってて、声かけてもいつものくしゃっとした笑顔が見れなくて、いつものやさしい声も聞けなくて…ただただおばあちゃんの苦しそうな呼吸が部屋中に響いてるだけ。どうしても耐えられなかった。亡くなってもいないのに、なんだかもういつものおばあちゃんには会えない気がして、思わず泣き出してしまった。今でもその時のことを思い出すと涙でそう。
その病室は、おじいちゃんとの二人部屋で。その日、おじいちゃんはどんな気持ちでいたの?長年連れ添ったおばあちゃんが苦しんでて…部屋に重い空気が流れてて…バタバタといろんな人が部屋に来てくれて。大好きな曾孫もきてくれたよね。そしたらおじいちゃん、壁にかかってた自分のジャケットのポケットを指さして、やっと出せた声で『小遣いやれー…』って。ぶっきらぼうなところあるけど、人想いで本当にやさしい。
それから…そんな状況のなか東京に帰る気になれなくて、仕事休んで残るって言ったけど、両親に促されるまま東京に帰ってしまった。帰り道もずっと落ち着かなくて。これが上京したことを後悔した一つ。そしたら夜に、泊まりで付き添ってた母からメールが。『おばあちゃん大丈夫だよ。酸素も100%』って。めちゃくちゃ心配だけど、少し安心したんだ。そして眠って。朝起きて支度して家出ようとしたらメールが…こんな時間に嫌な予感。父から『おばあちゃんが亡くなりました。また連絡します。』もう言葉にできない感情。お葬式もすぐじゃないから、今すぐ帰らずしばらく東京にいて仕事するようにって。仕事なんてやってる場合じゃない!そんな気分じゃない!会いに行かなきゃでしょ!けど、仕事した…切ないけど、それが現実なんだね。家族の死って何なんだろう。
亡くなって三日後くらいかな。対面。ここも本当につらかった。いつものあの部屋に、いつものおばあちゃんじゃないおばあちゃんがいる。人の命って何なんだろう。お葬式まで大切に過ごしました。
あとから聞いた話。亡くなった晩、ずっと隣のベッドにいたおじいちゃん。おじいちゃんももうほとんど寝たきりで…お母さんが『ばあちゃん亡くなったから連れて帰るからね』って。そしたら『ダメだったかぁ…』って一言。何十年も一緒に生きてきた夫婦の別れ…どんなお別れだったんだろう。きっと触れたかったよね。顔もよく見たかったよね。悔しかったよね。寂しかったよね。離れたくなかったかな。お葬式も出たいって言ったけど、身体がついてこなかったね。大丈夫、おばあちゃんには届いてるから。おじいちゃんが一生懸命看病してたこと、みんな見てたから。
お葬式の当日、みんなは忙しいからって、私がおじいちゃんの昼食付き添いに。兄も一緒に。買っていった無花果のゼリーも食べてね。そして別れ際に、兄の手を握って『がんばれよ。がんばれよ。』って繰り返して。横で見てて、密かにかなりかなり感動していました。おじいちゃんにとって、お兄ちゃんは自慢の孫だもんね!ありがとう。それから二ヶ月後、まさかおじいちゃんも亡くなってしまうなんて…
…そんな日々が流れた三年前。
昨日、少し早いけど、お墓に会いに行ってきました。
こんなに記憶は鮮明で、会えそうな気がしてしまうのに、お墓なんだもんね…まだ違和感です。
おばあちゃんの死をきっかけにいろんなことを感じて、考えて、行動して。ごめんね、まだまだおばあちゃんの願いは叶えられてないけど、少しずつ進んでる。がんばるから、見守っててね。みんなのこと、にこにこしながら見ててね。
ありがとう、おばあちゃん。


