起きると12:30。いったい何時間寝ていたんだ?アユタヤへ行くつもりだったのに・・・気をとり直してシャワーを浴び、市内観光をすることに。いや、その前に何よりもまず国際学生証探しだ。これをするためにバンコクに来たのだから。情報集めとメールチェックのために一階のネット端末へ。ミニマム5THBで後は11THB。何と日本語の読みだけでなく書くことも可能。20分程検索するも学生証はカオサンにある、と書いてあるぐらいで具体的な情報は見つからない。結局自分で歩いて探すことに。

聞いていたとおりのバックパッカー街。日本人も含めた外国人がたくさんうろついている。土産の店やカバンの店、旅行代理店にホテル、レストランと何でもある。は歩道の露店を中心に見て廻るがそれらしき怪しい店が全然見当たらない。歩くこと40分ぐらい、自分のホテル前に戻ってきてしまった。先程は気付かなかったが少年が机の上に何やら並べているではないか。ふと見ると何とそこには見たことのある学生証が!学生証の他に報道記者、当局関係者を示すIDなんかもある。少年に値段を尋ねるとニヤッと笑って一枚80THBだという。注文から出来上がるまで20分ぐらいとのこと。写真が必要となるのだがそこは考えたもの、写真屋の前で営業している。中に入って120THBで撮影・現像してもらうのが30分ぐらい。写真とお金を少年に渡し、学生証への記載事項(名前、学歴、生年月日)をノートに書いて完成を待つことに。近くのレストランでシンハービールとタイ風炒め飯(ガーリックにナンプラー、唐辛子等を加えたソースで炒めたもの)を楽しみ150THB150THBあれば路上の屋台のうまそうな焼きソバを15皿食べられるだが。

無事学生証を入手したのはいいのだがもう16時近い。トンブリー近くの病院内にあるという死体博物館に行こうとするも時間が中途半端。確か1630までだったよなー、ということで諦めて散策に出る。とりあえず川のほうに向かって歩いて行きぼんやりと船付き場を眺めてみたりクルーズの値段をチェックしてみたり。タマサート大学の構内をうろついていると若い男が英語で話し掛けてくる。彼女と大学対抗サッカーの応援に来たという彼はトゥクトゥク(三輪タクシー)には二種類ある、と教えてくれる。一つは正規の黄色ナンバーで、もう一つは無許可の白ナンバー。後者は随分安くなり、前者で100THBのところだったら白ナンバーのトゥクトゥクでは半額以下になるらしい。彼はブッダ祭りと宝石イベントについても教えてくれる。ブッダ祭りは今日が最後なので是非行って来いと、宝石イベントは国主催のもので普段より随分安く宝石が購入できるとのこと。またいつものパターンか、何年経っても変わらないなあとふんふんと聞いていたが別にどこへ連れて行くでもなく、バスで行けるからとブッダ祭りがあるという場所だけ言い残し、あっさりバイバイ。本当だったのかなあと少し思う。

ブッダ祭りを少し覗いてみようとバスを待っているとバス停のベンチに座っていた中年紳士(おじさん?)が話し掛けてくる。するとさっきと同じようにトゥクトゥクについて同じ話とブッダ、宝石の話。宝石の話については熱心で店の場所まで教えてくれたがまた同じようにどこへ連れて行くでもない。ブッダの祭りは1430ぐらいまでだから急いだほうが良いよという。???。ここで、の時計が3時間進んでいたことに気付く。17時だと思っていたのがまだ14時だ。とっても得した気分。彼はの捕まえた白トゥクトゥクに祭りに連れていくように交渉してくれる。しかも30THB。実際、立ちブッダ、寝ブッダと連れて行ってくれた。ただ、祭りという感じでもなかったし何だったのだろう。

寝ブッダのところで話し掛けてきたタイ人はまた宝石の話をしてくる。彼曰く、あれは本来政府がお金の無いタイの留学生のために宝石を安く買わせてあげて、留学先でそれを高く売らせてあげることで彼らを支援する制度だが、一年に一回誰でも1セットだけ買える日がありそれが今日なのだ、と言う。実際彼も購入したとのことで、伝票には$1,000以上の金額が。銀座のミキモトで買い取ってくれると言っているがマユツバものだ。彼は何度も日本に行っているらしいがなぜそんな人がここにいるの???しかし、無関係に見える三人が全く同じことを言っているので少なくとも確かめてみたいと好奇心がくすぐられる。丁度さっきのトゥクトゥク運転手が宝石の店まで連れて行ってくれることになっていたのでそれに従うことに。すると、出た。いつもいつものパターンだが中が見えないように窓にフィルムが貼ってある怪しげな店。四年前にバンコクに来たときに勝手に連れて行かれた店と同じような作り。運転手は中に入ってみるだけで彼に100THBのリベートが入るので是非行って来てくれというので、「じゃあおまえもついてこい」と言うと彼は嫌がる。「だったらいいよ、それでは」というインドで培ったいつものパターンで金を払わず立ち去ろうとすると「わかったわかった」と諦めたようでカオサン通りへ戻る。図々しくもチップを要求してくるも断る。お釣が無い、というので近くの売店でわざわざ両替させて丁度の金額を支払う。良さそうな人だったのだがやはりこうか、という気分にさせられる。まあ、彼らもやって行くためには仕方ないのだろうけれども、と考えさせられる。

一度部屋で落ち着いて気分を取り直したところで死体博物館へ。トゥクトゥクに乗るが向こう岸まで行くのは断られ船付き場で降ろされる。ボートは2THB。対岸に見える船付き場の目の前がすぐに病院。無料の博物館は敷地内のある一棟の二階にある。中には標本として固められた死体、ホルマリンづけの胎児、銃で撃たれた人間の頭の断面、骨、死体の写真等えぐいものがごっそり。タイ人の小学生達はケラケラとみているがなかなかえぐい。16時ぐらいまでやっているようだ。別の建物にも同様の博物館があるが、そこには他に一人いるだけ。人間を神経、筋肉、骨に分けて全身展示してあるものや男女の死体をそれぞれ寝そべらしている棺桶、奇形児のホルマリンづけなどなど。さっきよりえぐい。法医学者だけにはなりたくない(なれない)と思った。いたたまれなくなり思わず出口の基金箱に紙幣を入れてしまった。

病院を出てファミリーマートで肉マンを買って路地をうろつき、ボートに乗り元の岸に戻る。もう一度宝石販売を見てみようとタクシーを捕まえて、メーターでムエタイスタジアムの方へ行くように指示(宝石ウンヌンというと彼の知っているところに連れていかれそうだったから)、乗り込むも揺れが心地好く寝てしまう。30分程して起きるとよく分からない場所。確かに、渋滞もあったがなんとなく雰囲気がおかしい。地図を渡すと妙に熱心に見ているし。ムエタイということは理解している様だがしょっちゅうUターンはするし何か変だ。またうとうとして起きるとでっかいホテルが。それを目印に地図で現在地を確認すると完全に街の裏側だ。その旨告げるとまた突然のUターン。スコールがやってきて降りるにも降りられないし・・・金を払わないことを心に決め後はずっと我慢。乗って1時間30分ぐらいしてようやくムエタイスタジアムだが、「もう雨だ、カオサンに返してくれ」というと素直に向かってくれる。結局2時間ぐらいタクシーに乗っていたことになる。メーターはすでに230THB程。当然のように100THB(これでも多いが)のみを渡すと「あと80THB」と言ってくる。無視して降りようとしてもそれ以上何も言ってこないのでそれでさようなら。素で分かってなさそうな若いあんちゃんだったが意外といつもの手なのかもしれない。

雨は降ってきたがバンコク最後の夜なのでパッポンに行かない手はない。何があるか分からないので貴重品はザックの奥深くにしまい込み南京錠二つに鎖、自転車用のダイヤルキーでベッドに縛りつけて身軽になりいざタクシーで。貴重品を持たない、と言うのもセオリーに反しているかもしれないがベッドに鎖でぐるぐる巻きにされた20kgのザックを持っていくのはを身ぐるみはがすより大変だろうという判断によるところ。さて、とパッポンに行く前に政府観光庁パンフレットお薦めのカニカレーの店へ(スリウォン通りプラザホテル前)。正確に言うとシーフードの店だがメニューを見るや否や、「これがいい」と店員が薦めてきたのがカニカレー。ビールとこれを頼むと、大ビンのビールに腹だけで幅25cmはあろうかという大きなカニが丸ごと入ったカレー。とはいっても卵をふんだんに使ってあるしスパイスも大して利いていないのでカレー、という感じでもない。自分でタイ風スパイスをかけて食す。カニ好きにはたまらないかもしれないがまあ普通かな。しかし腹一杯で281THB

さて、腹も落ち着いたところでマッサージ、と考えていたのだがあまりの満腹にすこし辛そうなので今日は足裏マッサージのみにすることに。四年前あまりの気持ちよさに感動を受けたパッポン通り近くの有馬温泉へ行くことに。受付で腰をおろす暇もなくこちらへ、といわれズボンを穿き替えリクライニングソファーへ。TVでは日本の番組が流れている。日本で台湾式足裏マッサージにはまっているなのであまり期待はしていなかったがやはり・・・女性術者というのもあってさほど力が強くないし格別気持ちよい訳でもない。足裏が奢る、ということなのか。赤坂の台湾マッサージの方が格段気持ち良い。しかし右足に入ったところで眠りに入り目覚めると1時間が経っていた。しかし値段は280THBとやはり安い。

すぐ隣の通りがかの有名なパッポン通り。露店で埋め尽くされている。土産用雑貨、シャツ、スカーフ、靴、バック等々。は欧州行きに備えてポロの長袖シャツを購入。決してラルフローレンではないだろうが750THBのところを250THBで購入。これでも当然儲かっているのだろうが。日本人(だから?)のはつい相手に悪いと思ってしまいあまりにも安い値段はなかなか口に出来ない。しかし向こうの言い値からまけさせたいならとりあえず出発点は低く始めないといけない。しかし、いくらなら買っても良いのかを自分の中で明確にしておくことが一番大切なのは当然のこと。

買い物と同時に道路脇の店も観察。結局、飛行機の中で見せてもらったガイドブックで安心と書いてあった「Kings group」のお店へ。入場料無しでビールが一杯80THB。最初はカウンターに通された。すると、早速隣に女の子がやってくるが英語も話せないようでただニコニコしているだけ。声は可愛いのだが。ぼんやり踊っている子達や店内の様子を眺める。日本人が数組と欧米人、観光客であろう女の子も混ざっている。しばらくすると正面で踊っていた女の子が降りてきての隣へ。英語も出来るようで、どこから来たの?から始まる質問をきっかけに会話。しばしばフロアの女性がつまみを頼むよう言ってきたり女の子にコーラをと促されたりするが相手にせず一人ビールをちびちび。

そのうち席が空いたからとのことでソファー席へ。店は客の入りもなかなかなのだがの両隣に女の子が。しかし争うようでもなく平和な雰囲気。女の子の一人は積極的にの手をとり腰や胸へ導いていこうとする。そして「ホテル行こう」と日本語。400THBを店に、2,000THBをチップとしてその子に、と言っていたがはパス。と、丁度の目の前を女の子を連れて帰る日本人の若い男二人組が通り過ぎて行く。むう。結局にその気が無いことが分かると女の子は手のひらを返したようにどこかへ行ってしまったのでビールを飲み終えたところで外に出る。結局1時間30分ぐらいいたのか、帰って寝たのは2630頃だった。(9/24 タリンYH、タリンフェリー乗り場にて)

出発日。終えたばかりの引っ越しの片付けと同時の旅行準備で結局徹夜。必要な荷物のパッキングも6時過ぎにようやく終わる始末。シャワーを浴び朝食を大急ぎで掻き込み、家族からの餞別の30,000円を躊躇の挙げ句受け取り、6:40に妹の出勤もついでと父親に車で駅まで送ってもらう。家族からの寄せ書きが書かれたノートを片手に焦りながらチケットを買い、改札を超えたところで父親に挨拶をと振り返ると何と記念写真撮影。妹と一緒に写る。

55分の列車に乗り横浜駅へ向かう。ラッシュの中20kgのザック&旅行パンフレット(整理する時間がなく全部持って行くはめに)を入れたビニール袋はつらい。横浜駅に着くや否や親切なおじさんに方角を教えてもらいながらも、ダッシュでJR駅へ。猛ダッシュのせいで破れてしまったビニール袋を小脇に抱えてさらにダッシュ。妹とも別れ一人走ること数分。どうにか726の成田エクスプレスに乗車。川崎辺りで眠りにつき目覚めると成田。早いものだ。

空港第二ビル駅で下車しHISのカウンターで航空券を入手し、タイ航空のカウンターへ。荷物チェックで自炊用の燃料のガスボンベを没収される。別にテロの影響でチェックが厳重になっていた訳でなく、飛行機に乗るなら当然なのに全く間抜けな話だ。時間もあったので友人に手紙を書く。ウィーンにいる彼女の友人に会うための連絡先を控えておかねばならなかったのに、時間がなくてメモを探しきれなかったのだ。自宅に最後の電話をして出国手続き。小腹が減ったので搭乗ゲート前で一人ソフトクリームをなめる。怪しいかなあ。いい年の男が。

機内は二人席の窓側。隣は若い女の子、とはいっても20代前半か。彼女から話し掛けてきたので少々会話。タイのチェンマイにいる友人と会った後にヨーロッパへ留学先を探しに行くらしい。私も旅の予定を簡単に話すが、会話が途切れたところで新聞を読み始めさっさと寝てしまう。後は曝睡。目覚めると目の前に魚料理が。たいしたこともないし眠いので適当に残して食事終了。面倒なので(失礼)隣と話すこともしない。食事も終わり本でも読むつもりがまた眠りにつき目覚めたのはほとんど到着前。彼女の持っていたタイのガイドブックを見せてもらっていると話の流れでバンコク中心街まで一緒に行くことになる。まあガイドブックのお返しだ。結局成田11時出発でバンコク16時着。時差を考えると実質7時間といったところか。

空港で少し迷うも近くの駅へ。バンコクの強い日差しとむっとする暑さが嬉しい。バンコクの中心駅、ファランポーン駅行きの列車を待つこと30分、10THBのチケットをホームで購入し乗り込む。空港の両替所では1,000THB札を渡されたが要求して小さな額面に換えておいたので助かった。列車は現地の人々と一緒の三等車。彼女に席を勧めた後で空いた席に座ると私は一人曝睡。どこでも眠れるものだ。

駅に着いて、彼女のチケット購入になんとなくつきあうことに。時刻表は案内所で簡単に入手できたが、購入に30分程かかり18:30。しかし22時出発の彼女を捨て置くのも忍びないのでムエタイに誘う。前回訪れた時には見る時間がなかったし。あまり下心は無い。駅を出る前に構内を見渡すと四年前に訪れたときよりずいぶん綺麗になっている。我々を大トラブルに巻き込んだ悪徳旅行代理店もその姿を消しているようだ。懐かしいなあ。

まずカオサン通りへ宿探しに行く。通りに入って150mぐらいのところにレストラン並設の大き目のホテルがあったので速攻チェックイン。本当に人の良さそうなボーイ(サル顔)が荷物まで持ってくれる。三階の部屋。さほど古くはないし居心地も悪くない。水シャワーだが値段も280THBと想像以上に安い。インターネット設備も一階にある。バックパッカーがたくさんいるのが優良な証拠だろうという判断で決定。

荷物をベッドに括りつけたところで外に出て、タクシーでルンピニスタジアムへ。降りるよりも早く代理店の客引きが声をかけてくる。誰から買っても値段は変わらないようなのでついて行く。当然リングサイドで見るべく話をしていると連れの彼女は「高ーい、もっと安いと思った」と言っている。やむを得まい。「僕はリングサイドで見るから」と冷たく言い放つと彼女は一人で二階席へ。私は1,000THBを払い中へ。しかし、この選択にはガイドブックの「二階、三階は現地人がギャンブルをしているので危険、外国人観光客はリングサイドへ」というコメントが影響していたかもしれない。彼女を置き去りにしたことと自分の選択の安易さに少し気分は沈む。もう試合が始まっている、という焦りもあったのだろう。それに、せっかくの個人旅行なのだから現地の人と同じところで盛りあがるのもよかったかも、と反省。

試合は既に始まっている。少年?が蹴りあっているがほとんどクリンチ状態での膝蹴りの戦い。しばらくして気付いたが、脇腹等へのキックのときは「オイッ」、大きなキックが決まると「オーウィィッツ」と後ろの現地席が非常に盛りあがっている。これが賭事ならではの盛り上がりなのだろうなあと思いつつ結局3時間程見ていた。KOこそ無かったがパンチとともに汗が飛び散る場面なんかは迫力があったなあ。

彼女はチェンマイ行きの列車の時間が近づいたので先に帰ってしまった。最後の試合まで見ていた私は宿に戻ると大して腹も減ってなかったがせっかくタイに来たのだからと一階のレストランでレッドカレーとビールの遅い夕食をとり、疲れも溜まっているはずとシャワーだけ浴びて寝る。(9/21 ストックホルム行き機内にて)