建築に欠かせないもの、それが土地。我が家にとって土地の価値はなんぞやという話。

 

以前購入したマンションは駅から徒歩1分でというとてつもない好立地。今の賃貸にしても駅がすぐ目の前だし、なんならアメリカでMBA留学していた時のアパートメントも徒歩3分くらいだった。

都市で暮らす以上、駅から離れるということは、通勤時間が長くなる、家にいる時間が短くなる、遊びに来てもらいづらくなる、等々、数え切れないほどのデメリットがある。だから、我が家は駅まで歩いて10分、ターミナル駅まで30分以内で行ける、というのが絶対条件だった。

 

正直なところ、山の上の50坪超は驚くほど安かったし、周りも新しく住み始める人ばかりだったから、古臭い町内会とか近所の地主とか気にせず住めるところはとてもメリットに思えた。

が、毎日通勤することを考えれば、雨の日にギュウギュウ詰のバスに乗ることもなければ、終バスを逃して駅から軽い山登りをする必要もない。

 

つまるところ、土地や建物にお金をかけないということは、新居での暮らしを想像できていないか、あるいはわかっていても目を背けて、「アァ、いい家ができた。駅近じゃないけど、その分キッチン(二級品)や高断熱・高気密(HMのマーケティング戦略)にお金を回せたから、全く後悔はしていません」なんてことになる。住み始めると、家から駅は遠いけど、空気は綺麗だし、周りも新しい家ばかりで楽しいし、ショッピングモールは近くて便利なんて言い始める。自分が年寄りになり、人口が減って、車の運転もおぼつかなくなり、造成した土地がハザードマップに載って、土地が売るに売れなくなって初めて、「あの時駅近にしていればなあ・・・」なんて、言いだす始末。そんなものに高い金を払うのはあまりにもバカらしいのだが、世間に蔓延する「家信仰」と「ニュータウンでの新しい生活」はそんな現実すら覆い隠してしまっている。

 

投資の格言で「靴磨きが株の投資を始めるとバブルの終わりも近い」(だったか)、という言葉があるが、「中卒やフリーターが家を買い始めたら住宅バブルの終わりも近い」のかも知れない…。