Hickey Addict.

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脳みその株分け


ポップコーン思考はどこまでも。
しょうもないことから哲学まで、常に私のイカれた脳みそはぐるぐる稼働している。
Amebaでブログを始めよう!

アメ限記事見返したら、なんか同じ事繰り返してた。とんだ茶番だね…

でも今回はいつもの掛け合いとは違ったの。
向こうからはっきりと縁を切られた。

おれおまえは切らないから ぜったい

などなど、ロマンチックな言葉もいくつか貰いましたねー…
5年分のメール、言葉、傷跡、写真、思い出。
君に繋がる物は全て手元に残してるのに。

まあ何週間か過ぎたことで少し落ち着いた。
確かにどんどん上へ登り詰めてる君の隣を歩くには、私は相応しくないね。

ただ、急にそうする決断をした理由が欲しかったなぁ。
そしたらもう少し納得しやすくて、私は私の人生をやり直す切り替えができたかもしれない。





過ぎたことだ。

今年は今まで以上にゆる~く生きる。
したくないことはしない、興味もったら何でもやってみる。
それが違ったり、向いてなくて挫折してもめげない、しょげない、泣いちゃダメー!いけいけガーンコちゃぁあああん

2階全域が私専用なので全部片付けて身辺整理。
いつもう限界ってなっても迷惑が減るように。

そのくらい、新年早々のこの別れは私から更に生きる気力を奪った出来事だった。




2014/8/31  14年間姉妹のように一緒に育ってきた愛猫がお空へ旅立った。
最期は歩くことも自力で水を飲むことも出来なかったけど、好きだった甘いお菓子を差し出したら最後の力を振り絞って食らいついてくれた。
その後は私は一緒に横になって、やせ細ってしまった手を握って、頭を撫で続けた。
彼女は眠そうな顔をして辺りを眼だけで見回し、声は出ていなかったけど一言鳴くと、そのまま深い眠りについた。
そして何も反応しなくなり、身体が冷たくなっていった。

常に他人と、ましてや家族とさえ上手く関係を保てない私にはこの子が本当に唯一無二の大事な存在だった。親友であり、妹であり、癒しであり、支えだった……

公園に汚なく狭い段ボールの中捨てられていたあの子と出会って、我が家に連れて来た日をよく覚えてる。
綺麗なブルーの瞳、ふわふわのクリーム色の毛並み、ピンクの愛らしい肉球、尻尾だけ茶トラの島縞模様。

我儘で高飛車で、私に似て猫友達も居なかったね。お互いに家族しか関わらない人生だった。
私が出てって帰ってきた時も忘れないでいてくれたね。
冬は一緒にぬくぬくの毛布に包まって眠って。
お前の為ならお金も時間も惜しくなかった。
もっといい病院に連れていくべきだったんだろうか?
もっと健康にいいご飯を小さい時からあげればこうはならなかったのか?
そもそもうちの子になって幸せだった?

失ってから沢山後悔や罪悪感、やり切れなさがどんどん襲ってきて。
お花を添えにお墓にいったよ、近くに感じたくて。


彼女が居なくなった今、何も上手くできない。
私も一緒にいきたいよ