書きたいことはたくさんあったが、ずいぶんと間が開いた。
前回は今月の初め。
そういえば校了と重なりそれどころではなくなって、書きたい気持ちが消えてしまった記憶がある。
ということでその話をしたい。
ここはお酒の席のこと、ということでひとつ。
その先生から聞いたケース。
あるダウン症児の会に、「ダウン症児を中絶した」女性がよく話を聞きに来ているのだという。
その女性、「癒されている」のだそうだ。
なぜ?
先生は、気持ちが全くわからない。と言い、私にもなぜだろうかと問いかけてきた。
私は少し考え、やはり後悔していて、自分がしてあげられなかったことを同じ境遇の子にしてあげていることで癒されるのではないかという無難な意見を出してみた。
それに対して、先生は納得したようなしていないような「うーん…」という返事のあと、「なんていうかね、嫌な考えだけどね…」と言い、黙ってしまった。その後、先生と私は頭に浮かんだ内容をボソボソと話した。
要約すると次のような内容になる。
非常に性格の悪い解釈だが、自分の選択が間違っていなかったと思うためだろうか。
やはり自分には育てられないと思い、ある意味未来予想図として見たとき、こうはなりたくなかったから、良かった。と思うということか。
この解釈はあまりにも悪意がありすぎるだろうか。
私は結局、「わからないですねぇ」などと言った。
もうひとつ聞いた。
あるテレビ番組で、民間の養子縁組団体を通してダウン症児を養子にした家族の話を放映したことがあったそうだ。
その後、どうなったかというと、その団体に養親を希望する登録者は減った。
代わって何倍も増えたのが、既にダウン症児を養育している親、乳児院等に入所させている親からの「養子に出したい」という問い合わせだという。
胎児異常を指摘されたり、出生後に告知されたりした親が養子縁組を検討する、というのはブログなどでもたまに見かける話である。
「でもね、実際はそんなにうまくいかないのよ、ダウン症とわかっている児の養親を希望する夫婦って、ほとんどいないからね」
どうやら、それが実際のようである。
しかし養子縁組に出すことを望む親には、その実際のところは伝わらないのであろうか。
私はテレビ番組を観ていないのでどのような作りであったかはわからないが、求めている養親が多いように感じられたのか。
あるいは…簡単ではないと分かっていても、唯一の救いのように思えたのか。
虐待リスクの高い児に、ベストな環境を整えることは容易なことではないと感じる。
と、以前に会った「出生前診断を受ける前に染色体異常のある子をもつ親の会とコンタクトを取った女性の話」を思い出した。
長い話ではないが、分けて書こう。
気が向いたら。