宝塚音楽学校
当院の患者さんは昨年高校を卒業し、その後宝塚音楽学校へ進まれました。
今月、彼女より本科生に進んだとの報告を兼ねた葉書を戴きました。
高校在学中は音楽学校に合格すべく必死にレッスンを受けておられ、受験のプレッシャー等も重なり痩せたなと私は感じておりました。
定期検診に来院された際にカレンダーを戴きましたが、下の方に 宝塚音楽学校 と記載があるのは レア と伺いました。
本科生になっても厳しい毎日のようで、歌や踊りレッスンだけでなく一般教養そして躾についても厳しく勉強されている様でした。
女優として映画やテレビで活躍されている宝塚出身の方は数多くいらっしゃいますが、経済情報誌等で企業経営者の奥様として公私の活動を紹介されている記事も良く拝見します。
将来、彼女が掲載されたカレンダーを診療室に置ける日を心待ちにしながら劇場でも応援させていただく予定です。
東北太平洋沖地震
地震直後より電話は通じなくなり、両親の安否は分からなくなり、悲惨な被害状況を報道で知り大変不安になりました。
姉が翌日田舎へ向かい実家の状態をそれから聞き、1週間してからやっと電話も通じその後電気・ガス等のインフラも復旧しました。
住民の約半数が行方不明と報道された宮城県南三陸町で診療していた大学の同級生の阿部君の避難所での診療活動を知ったのは3月21日の春分の日でした。
彼の行動に大変感心し、勇気つけられた次第です。
今月5月の連休は、姉と長男の3人で実家へ帰りその途中阿部君とも再会できました。
地震直後は患者さんやスタッフの皆さんを直ぐに帰して、彼も診療室より着の身着のまま逃げたそうです。
直後は500mlのペットボトルの支給を受けたそうですが、車中はとても寒く水も食料も少なく風呂にも10日間以上入れず今は落ち着いているけど大変だったと伺いました。
その後、実家のある岩手の釜石へ向かいましたが少年時代華やかだった街は瓦礫が通りにつまれ、近くの広場には仮設住宅の建設がされておりました。
仮設住宅の建設資金は一戸あたり約500万円とのこと、入居できるのは家族のいる方が優先され5月10日過ぎには生活が可能との事でしたので新しい生活が始まっていると思います。
私の診療に関しても矯正材料の T 社 は福島に工場があり、地震による原発事故のため工場の再開のめどが立たず製品の供給不能と先週材料を発注の際に知りました。
福島の原発は非常に深刻な問題でこれが収束してくれないことには日本の復興はあり得ません。






