「許し」「サレンダー」「受容」・・

 

表現はいろいろあって結論的には同じところに至るけれど

 

自分にとって一番しっくりくる表現はやはり

 

女性性の

 

 

 

 

 

「受け入れる」力だ

 

 

 

 

 

特に勇気が伴う大きな決断をする時

 

どうしても自分の中に抵抗が出てくる

 

現状を維持して安定を保とうと

 

自分の中の自我意識が暴れてしまう

 

けれども、それを無視して

 

男性性でムリやり勢いで押し切ろうとしても

 

抵抗は消えない

 

自分の中のモヤモヤが昇華されることはない

 

なぜならそれは

 

自分の大切なカケラを置き去りにして

 

「恐怖」に対して見てみぬふりをしているからだ

 

それを続けていると

 

目の前に現れる人が

 

「気づけ〜〜気づけ〜〜」と一生懸命に

 

自分の自我意識の恐怖を代弁してくるようになる

 

 

 

 

 

「逃げる」スタンスではなく
 

「受け入れる」スタンスであるかどうか

 

それで自分軸がはっきりしてくる

 

 

 

 

 

まずは観照意識になって

 

「怖かったんだね」と

 

自我の恐怖を「しっかり認識」してあげる

 

無視して突っ走ろうとしていたことに

 

自分にまた我慢をさせようとしていたことに

 

 

そして

 

 

魂の本当の望みに

 

 

気づく

 

 

 

そうしていくと

 

現実で何が起ころうとも

 

それは必要があって起きているのだと

 

どう転がっても

 

自分の人生設定はこうなっていたのだと

 

自分の運命を

 

「受け入れる」ことができる

 

 

 

 

 

「受け入れる」と

 

諦められる

 

「諦められる」と

 

抵抗が無くなる

 

ゼロポイントに戻る

 

自我意識が

 

ソースと同じ方向に向く

 

現実創造が可能な

 

三位一体の状態になる

 

 

 

 

 

それがわたしにとって一番適切な

 

「サレンダー」の感覚だ

 

 

 

 

 

最初から無理に「サレンダー」しようとして

 

モヤモヤをキレイに昇華できていなかったのは

 

自分の中で置き去りにしていたものがあったからだ

 

その状態で「サレンダー」しようとしても

 

現状が「嫌だから降参する」というような

 

何か「嫌なものを受け入れない」とか

 

「嫌なことから逃げる」とか

 

「拒否」のようなニュアンスが無意識に入ってしまっていた
 

 

「イヤよイヤよ」と逃げていては

 

いつまで経っても昇華できない

 

それでいては

 

心が楽にならないんだ

 

 

 

それは

 

大きな変化を受け入れるときのみならず

 

「抵抗を感じる」どのような場面においても

 

共通すること

 

 

 

 

 

恐れも含めてすべてを受け入れることができたら

 

そこには「愛」しか残らない

 

 

 

それが

 

わたしがずっと望んで止まなかった

 

「怖いものなし」の境地だ