以前 述べた個性派について述べてみよう
僕の言っている個性派とは
カッコウは勿論だが むしろ内面的な事だ
解りやすい言い方をすれば
浮いてる存在だ
カッコウが個性的ならまだ、なんとかなる
幼かった時よりも大人になるにつれ感覚も変わり徐々に変化してくる事だろう
だが いくら大人のカッコウをしていても
内面が問題だ
内面を変えるというのは、かなり苦労するだろう
どこからどう見ても25才は過ぎていると見られる人が
あまりにも利己主義的で常識の無い事を言っていると
間違いなく個性派のレッテルが貼られる
それでは、せっかく良いカッコウをしていても台無しになる
大半の個性派の人は内面が 何故かヒネクレているような
気がする
他人から頼まれ事をされても「なんで自分が」
っとか
他人がやっている事に対して「自分なら、もっとこうする」
何かあると「自分は悪くない」
っと大抵の確率で言う
何故か、すぐ他人のせいにする
それでは決して人は付いて来てくれないし孤立する一方だ
ビジネスの世界なら最悪、左遷または解雇になる
日本では典型的な縦割りの社会だからだ
プライベートなら付き合いにくい人とは距離を置くだろう
常識のある人なら利己主義な人は勘弁だ
付き合いきれないっと言うのが理由だろう
結果 個性派の人は交友関係が浅くなり行動範囲が極端に狭くなる
ビジネスもプライベートも上手く行かなくなるのは当然の結果
個性派の人も普通の感覚は持っているっと思う
自分自身をカッコよく見せたい カワイク見られたい
そしてモテたい
人間としてごく自然な事だし、当たり前の感覚だ
しかしヒネクレていたり 視野が広くないと
情報は無く視野も狭くなり結果モテなくなる
個性派は自分自身に問題がある
決して他人ではないだろう
この世の中、人ありきだ敵を作るよりも協力してくれる味方を作るべきだ
一個人が何かをするには限界が早い
しかし協力してくれる仲間がいる事で可能性は無限になる
そして人が人を呼んで新たな出会いがある
その輪が大きくなればなる程
その輪にいる人達は魅力的だ(決して群れるという意味ではない)
もしも自分自身が個性派だと思うなら
もしカッコよく見られたい カワイク見られたい モテたいっと思うなら
決して今からでも遅くはない
自分みずから変わる事が重要だ
そうすれば自ずと周囲っと環境が少しずつ変化してくるだろう
この世の中けっしてモテない人などいない
磨けば光る原石だ 磨いて輝くか
磨かず輝くこと無く終わるかは本人次第
ファションと美容は
外見=内面から
内面=外見からだ
必ず正比例している
どちらか、おろそかにしては意味を成さない
僕も日々、勉強だ
いつも思うがファションと美容はある意味その人の
人生を表しているような気がする