Q.
『魔に掬われた?』
最近そんな風に思う人が
いるのですが…
どうしたら良いですか?

A.
私の見解としては…
まずは自分は何故そう思うのか?
を良く見ると良いと思います。

例えば…
気が合わなくなった
気に入らない
その意見が好きじゃない
自分の信じる意見考えと違う
とかならば
それは私の勝手な主観で
相手の問題じゃ無いですよね。

むしろ自分が魔に掬われてないか?
も見れると良いです。(笑)
じゃないなら
私が今の相手と合わないだけ。

ではなくて
明らかに…明らかに…
相手が変だなぁと言う場合は
静かに距離を取りましょう。

今魔に掬われてそうなってるだけで
まあ、ある意味
それもその人の陰の本質が
出ているだけなんだけども
一時的なものかもしれないから
そっと、害の及ばない距離で
生ぬるく見守ってあげましょう。

人間は弱いから
欲に負ける時もあれば
何かしら事情があるかもだしね。

反面教師みたいな感覚で
自分がそうならないように
戒めで見せてくれている
姿かもしれないしね。

コミュニティや仲間内が
出来ていると
抜けたら…と不安になるかもですが
あなたが抜けて
あなたをとやかく言うなら
そんな場所にいて
同じ穴の狢でいるほうが
私はマイナスだと思うから
離れと良しと思います。
言わせとけばいい。

静かに刺激せずに
距離を取りましょう。🙇


成長すればする程
言うことも変わる。

変わらない部分も
勿論あるが
経験し体験し
考察し理解し肚に落ちる度
解釈が変わるのだから
明晰度が上がり
言うことが変わるのは
当然の事なんだよね。

スピリチュアリスト自身が
スピリチュアル沼に
落ちてることもよくあるわけ。

私自身も落ちてたし(笑)

誰かを参考にしてる限り
沼からは這い上がれない。

『私と言うスピリチュアリティ』を
信頼してはじめて
沼から這い上がれる。

しかし、一つ注意しなければならない

必ず隣に
自分に対して一番厳しくて
一番客観的に律する自分を
置いておくことが大切だ。

でなければ
スピリチュアリスト程
魔に掬われやすい者は居ないからだ。

これからまた一時的に
『スピリチュアリストになって稼ぎたい人達』と
『スピリチュアリストになれると言って稼ぎたい人達』が
増えるだろう。

さっきも言ったが
スピリチュアリスト程
魔に掬われやすい者は居ない。
(占い師やヨガティーチャーや
自然療法士やヒーラーとか
セラピストとか整体師とか…
スピリチュアリスト以外にもね。)

魔に掬われた者を見分ける方法がある

それはね
『使命感』と『聖人意識』

魔は魔の姿では現れない。
魔を制することが出きるのは
己の魔を良く知る者だけ。

魔は外から来るだけではなく
魔は外から揺らし
内から湧き出すもの。

魔に飲み込まれたことに
自分では気付けない。

魔についての講座でもやろうかしら(笑

宇宙や、神様からのメッセージを
疑わずに聞く人間は
簡単に魔に掬われます。

周波数を見分けれない人間も。

有名なスピリチュアリストも
しっかりと魔に掬われてる時代
見分けるのは難しいだろうけど。

『光と闇』『二極化』
『前世』『カルマ』
『陰謀』『偏った視点』
『敵と味方が解れるような話』
『メリットしか話さない』
『スピリチュアル選民思想』
『日本の結界』
『神様に遣われている』
『龍に遣われている』
(遣われてるんじゃなく
なにかに取りつかれてるだけ)
『お祓い』
(すぐ生き霊だの死霊だの
お祓いすれば運気が上がるとか)
この辺りはもう
だいぶやってんなって感じよね。

魔に掬われやすいからこそ
気を付けようねって話で
悪いって話じゃなくね。

自分自身をアップロードしてかないと
簡単に魔の隙入る隙を作るよ~って話

あと、仲間を作りたがる人も
ピラミッド型なのか
平たい円なのかを良く見てね。

以上
スピリチュアルに厳しい
スピリチュアリストかんのさんの
危惧でした(笑)

まあ、産休入るし
あとは知ったこっちゃない。


もうかれこれ…5年以上前の話。

過去の経験や体験からの
色んな思いから解放されたくて
あれやこれやと色々やり尽くした。

やり尽くしてもなお
時折ひょっこり顔を出しては
私をとても不快にして
これだけやっても変わらない事に
なんだか絶望すら感じていた。

その日は誕生日。

朝のほんの些細なことで
私はまた過去を思い返し
不安や心配や
怒りや悲しみに
凄い勢いで飲み込まれ
床にジタバタともがきながら
泣きじゃくっていた。

苦しい苦しい
何でなんだぁ~って。

そしたらサポートの声がした。

『お前、まだそれやりたい?』

私は答えた。

『もう嫌だ、もう沢山だ…もう苦しい』

サポートが言った。

『じゃあやめればいい。
今この瞬間からもう
切り離して終わりにすればいい。
良しにして忘れればいい。』

えっ…⁉️拍子抜けした。

『そ…そんなんでいいの?』

『いいに決まってるさ。
もう嫌なんだろ?沢山なんだろ?
ならばもう今この瞬間から
切り離して終わりにすればいい。
そして今と未来を向いていけばいい』

その時、本当に肚に落ちた。

あぁ、過去に苦しめられて
いたのではなく
過去を使って苦しんでいたかったんだ
握りしめていたかったのは
自分だったんだ…。

それから嘘のように
過去の経験や体験からの色々に
苦しむことがなくなった。
時折ひょっこり顔を出しても
ただの記憶として
感情を揺らされることも無くなった。

過去と今と未来は
一本の縦軸だ。

癒すでもなく許すでもなく
味わい尽くしやり尽くした先に
本当の癒しと許しがやって来る。

もう嫌だ、もう沢山だ…
そう思えたらやっと手放せる。

スピリチュアルの薄っぺらい知識で
癒そう許そうと
奥に奥に押し込んでごまかして
腐らせるぐらいなら
癒えていない自分
許せない自分を
とことんやりきり表に出したら
もう沢山だと手放して
笑える日が必ず来る。

かわいそうな自分
だから癒さなきゃ無いのだ
かわいそうな自分
だから許さなきゃ無いのだ

ねぇ、果たして今のあなたは
かわいそうな私がいいの?
かわいそうな私をやりたいの?
かわいそうな私で何を成したいの?
強く握りしめている理由は?

癒しも許しも
勝手に起こるものなんだよ。