アパートとの交渉にあたって、まずは自治体の助けを借りようとした。私が住んでいたデービス市では、大家と揉めたときに相談に乗ってくれる係員がいる。相談を申し込むと対応してくれることになったが、実際に来てくれるまで一カ月くらいかかった。こちらは一刻も早く不潔な環境をなんとかしたいと思っているのに、一カ月も間を置くなど、なんとも頼りない限りである。相談者の気を挫くために、時間をおいているのではないかと思われるほどであった。その間、匂いの源付近にテレビなどの物を置いて、とりあえず凌いだと記憶している。
やがて約束の日に、市の職員が現れた。職員といってもかなりカジュアルな身なりをしたおじさんである。正規の職員というより契約社員のような雰囲気であった。私が部屋に通して匂いの源を案内しても、ふんふんと聞いているだけで、特に感想もない。次に私を外して、管理人とヒソヒソ話始めた。少しして私のところに戻ってきて、結果、どうすることもできない、とのことだった。一体何のために来たのか。そもそも、この大家と揉めた時に相談に乗ってくれるという市のシステムはどうなっているのか。とりあえずシステムだけはあるが、全く目に見える結果を出しそうな雰囲気がしなかった。
この職員の唯一のアドバイスは、「気に入らないならサッサとアパートを出てしまえ」であった。半年以内の退去は違約であるが、「勝手に出てしまえば違約金を払えと追いかけられることもなかろう」とのことだった。管理人のおばさんも「嫌なら早く退去してしまえばいいのよ」と言っているようだった。とはいえ、引っ越し先は見つかっていないし、こちらが不潔な環境で暮らしたことへの補償がゼロであるのは、どうしても納得がいかない。
次に、大学の弁護士に相談した。これはお金のない学生に法務的なアドバイスを提供してくれるという、大学のサービスの一環で、基本的にはあらゆるテーマについて相談に乗ってくれる。面談の予約をすると、2-3日後には会ってくれることになったが、大家は法的に守られる傾向にあり、仮に裁判を起こしても勝てる見込みはないだろう、ということだった。ここまで2カ月ほど画策したが、さすがにあきらめることにした。どうしようもなさそうということもあったが、これ以上、時間を割くことはできないと思ったし、自分や同居人の奥さんの気分を害することに関わり続けるのは得策でないと感じた。
市の職員を呼んだり、大学の弁護士と相談している間に、新たな引っ越し先も探したが、こちらも不調だった。匂いの源に物を置いて、なんとか「臭いものに蓋をする」ことができている状態でもあるし、いったんはそれで良しとすることにした。かなり納得がいかなかったが、受け容れるしかなさそうだった。敗北感だけが残った。
結局デービスのアパートには9カ月ほど住んで、サクラメントに引っ越した。
(つづく)