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競艇で学ぶ

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例えば『水戸黄門』。さまざまな悪人が出てきて暗躍するが、ご隠居とその仲間がお忍びで何かとフォロー。最後は必ず印籠が出て締めくくる。

どんな演出があっても、このスタンスだけは絶対に崩せないし、崩したら苦情殺到だろう。『たまには印籠出なくたっていいじゃん!』のプロデューサーの言い分は、何の効果もないだろう。

そりゃあ、今の時代だから『面白い!』なんて言いながらニュー水戸黄門を見る人もいるかもしれない。

でも、何十年来のファンを切り捨ててまで踏み切る行為ではないと思う。

僕は、競艇業界は演出に迷いまくってる最中だと思っている。

昔は、後輩は先輩に逆らえなかった。若手はしばらくインに入れなかった。進入争いもいろいろな思惑があって、その思惑を読むのもファンは楽しみだった。

今は『若手だってイン取っていいじゃん!』『1枠なんだからイン取る権利あるじゃん!』『ルール違反してないからいいじゃん!』という感じ。

運営側も全員に枠番を均等に与えたり、センスを全く感じさせない企画レースを作ったり。

その度にファンは対応するが、正直、どうして消費者が対応しなければいけないのか首をかしげるばかりだ。

僕は、『水戸黄門』のようにお約束のストーリーがあっても構わないと思う。

確かに、目新しいファンは獲得できないだろうし、今の時代にはマッチしない保守的な考え方かもしれない。

それでも、僕は競艇にもっと秩序を求めたい。

枠なり進入は『秩序』ではなく『惰性』である。そういうことを言ってるのではなく、もっとしっかりと『定番の演出』を見せてほしいのだ。

インが得意な人は何枠でも深い進入になってもインを取る。スタートで先手を取った人は迷わず絞ってまくる。ピット離れで遅れたのに未練がましく内コースを取りにいかない、また取らせない。完全に着順が落ち着いてるのに無謀な突っ込みをしない、また突っ込まれるような甘いターンをしない。

すべて、ファンの舟券に関わる重大な秩序である。何をやっても尊重される時代。確かにいいことかもしれない。だからといって、何をやってもいいとは思わない。

競艇の秩序は、もう僕たちに興奮や感動を与えてはくれないのだろうか?