もうね、色んな意味で青い。ジャケは黄色い!

novaをかけた瞬間に空気が変わります。
velvet sunsetは光が見えてきます。

音がとんでもなくcheapなのに、この圧巻の空気感。これだから音楽は面白い!

あくまで音色は多用せずシンプルにトラックで勝負してる感じがたまらん!

誰もが持ってる心の奥底に眠ってるアレやソレか何かを蘇らせようと暗い闇に凄い勢いで光が射してきます。なのに蘇らずに、あくまで衝動で終わるのがまたいいんです。衝動。

…自分を探したくて独り海外に出て、言葉が通じなくて、ヘコんで、財布盗まれて、不安で、でも現地人が優しくて、空が青くて、色んな価値観に影響受けて結局何が自分なのかなんてどうでもよくなっちゃって、答えは出ないし出す必要もないって今更気が付いて。

大切なのはプロセスであって日々変わり続ける自分であって、そこにいる自分以外に答えはなくて。自分はなんぞや、わいはこれや、って自分を括ってしまうことは自分の限界を作ってしまっているようで美しくない。

幼い頃は誰もがいろんな者になりたかったはずだ。いつの間にか失敗を恐れるようになり、物事に優劣をつけて、自分の身を守るようにして、目の前の悪に目をつぶるようになる。


未来なんて誰にもわからないし、派手に転んだり、ぶつかったりして、それでもどうにか歩いていくから美しい。

内向きに塞いでいるよりも、外に向かってとんでもなくバカなことをするほうがよっぽど面白い!
あの無垢だった幼少期を思い出せ
イマジネーション!

みたいな衝動で終わる感じがまたいいんです。
相も変わらずにtha blue herbを聞く。

「北から陽が昇る事に慣れてないお前達は俺らの存在そのものに戸惑っているんだろう」

「今じゃ日本中がお前をbossと呼ぶ。俺は15年前からお前をそう呼ぶ。何にも変わってない俺達を誇りに思う」

「世渡りは他人の真似ばかりじゃ二番手にしかなれない安い芝居さ」


高校時代、先輩に薦められて俺が日本語hip hopを聞くようになったきっかけ。
当時、俺が尊敬する先輩がbossを尊敬してた。

今までのJ-HIPHOPのリリックは個人的な誹謗中傷が多く、その音楽シーンに立ち合わなければ楽しめないB-BOY(良くも悪くもアメリカ式)のものが多く、最近はPOPSにまで落とし込み、変わり映えのない気持ち悪い愛の殺し文句みたいなリリックになる風潮がある。(あくまでメインストリームの話)
そんな個人に矢印が向く飽き飽きしたmessageしか発信しない日本のシーンの中で、彼らはDISという形をクリエイティブに、かつ、より大きな物や人に対して発信している唯一無二のhiphopを踏んでいる。

「この素晴らしき人生が全て夢だとか無限だとかいう理論は役に立たない。俺もお前も死ぬために生きる。もうずっと俺は終わらせるためにここにいる」

社会や自分に対して否定し続ける事を止めない姿勢はニーチェの思想にも似ている。ぬるい理想論しか言わないラップからは何にも感じないけど、あくまで現実に立ち向かうBOSSのラップからは学ぶものが多い。

「揺らぐことない基礎に何年も費やす、スランプ口にするクラブラッパーとは違う。キャリアを口にする前に技を学びな」
愚直に自己成長を求めるmessage(生き方)が人の心を奮わせます。

独墳
「生まれた国や住んでる町やコネが勝敗を分ける事は何度もあるだろう。だがな覚えとけ、俺達は北の片隅で仲間を集めて愚痴を並べてそんな身の上を酒で流すような真似はしない。北の本物は言い訳や負け惜しみをこらえてやるべき事をやるんだよ」

まさにrepresentative HOKKAIDO

モチベーションが上がります。
久しぶりに書こうと思ったのは、最近自分について振り返ることが極端に少なくなったからです。
何かを得ようとすると何かを犠牲にしなくちゃならない。

夢中に何かを追うのはいいけど、視野が狭くなって何も残らないなと。

無我夢中で何かに没頭した結果、何かが残りましたってのが理想(それが理由でブログやめた)だけど、この1年何ができただろう。

いろんなもの(音楽や友達やバスケや旅行…時間)を捨てて得られたものって何だろう。

初心に戻って、目標への想いをポジティブに考えれるようにね。

そういうのを考えながら生きてかなきゃっていう機会にまたブログ復活します。

遠くに離れて行ったもの。

犠牲って言葉をさっきは使ったけど、俺の中では今も相変わらずに愛してます。

Takagi Masakatsu/Ophelia
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