Mr. Short Storyです。
最終回最終篇を始めます。
中編では、主にルドルフとルドルフイズムを取り上げ、詳しく考察しました。
確かに彼は、史上最悪の暴君として文明と文化を破壊し、大勢の人を弾圧し粛清し、以後人類は500年に渡ってその傷跡に苦しみ、歴史は停滞し、社会は荒廃を極めました。
その影響は多岐に渡り、壊滅的な人口減少と度重なる戦乱、テクノロジーの衰退や枯渇を招き、ラインハルトやヤンが登場した頃には、銀河は正にポストアポカリプスの世界と化していました。
遺伝子こそが全てを決する。
彼の抱いた偏執的な信念は、13日戦争以後の文明を支配した唯物論の行きつく果てでした。
人類が宗教を放棄して以後、唯物論の暴走により、次第に精神文化はないがしろにされ、銀河連邦の衰退期には、ついに自然科学ですら進歩が止まってしまいました。
多くの文化遺産がロストしてしまった以上、人類救済と文明復興を望むルドルフには、もうお手本と呼ぶべきものが残っていなかったのです。
間違った診断の下外科手術が断行され、人類と言う瀕死の患者は、止まらぬ出血と癒えぬ苦痛に、何世代も苛まされる事になりました。
そして、どん底を極めた人類は、政治面ではラインハルトによる銀河統一、文化面ではヤンとユリアンによる歴史哲学や民主共和制思想の興隆により、ようやく復活の兆しが見えてきました。
しかし原作はラインハルトの死をもって終了しており、豊かな可能性が、実るか枯れるかは、まだ未知数だったのです。
※この記事の動画版
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歴史を左右する2人の未亡人
原作十巻落日篇の最後までに、皇帝ラインハルトの率いるローエングラム朝銀河帝国と、フレデリカ・グリーンヒル・ヤンを首班とするイゼルローン共和政府は、ユリアンの活躍により会談に漕ぎつけ、和平が実現。
これにより、民主共和勢力はイゼルローン要塞を帝国に返還する代わりに、旧自由惑星同盟首都ハイネセン(バーラト星系)の自治を認められます。
ここではこの政権を、バーラト自治政府と呼ぶ事にします。
これにより、人類宇宙を統一したローエングラム王朝と、民主共和制の種子の両方が、後世に残った事が確認できます。
皇帝ラインハルト死後、帝国の実権を握るのは摂政皇太后となったヒルダでしょう。
一方で、イゼルローン共和政府の政治的指導者は、ヤン未亡人のフレデリカでした。
彼女がそのままバーラト自治政府代表となったかは分かりませんが、仮にもしそうなったら、銀河の未来は決して暗くないと考えられます。
なぜなら、共に偉大な夫を持ち、そして早くに亡くした2人の未亡人が2大政体の頭となるので、意志の疎通や共有がはかりやすく、当然ながら、どちらも頭脳明晰で聡明な人物だからです。
そしてなにより、彼女達は、亡父の残した理想や遺産を守り抜きたいと念願していました。
なので、帝国とバーラト自治政府との間には、建設的かつ友好的な関係が期待出来、幾つもの歴史的変動や苦難を経て、その絆ないし信頼は、より深まる希望が十分にあると言えます。
案外早い段階で、両勢力は共に手を取り、帝国議会の成立と立憲制への移行が実現するかも知れません。
未発のアンチテーゼ
私は以前の記事で、ラインハルトの死後いずれかの時点で、ローエングラム王朝は立憲君主制に移行し、それを記念する歴史書として、銀河英雄伝説が著述されたと考察しました。
だとすると、歴史はより開明的な方向に加速し、人類はいよいよ、ルドルフの呪いから脱却する疾走を始める希望が見えてきます。
この流れを唯一掣肘出来る存在は、オーベルシュタインのみだったでしょう。
ゴールデンバウム王朝やルドルフイズムに対して並々ならぬ憎悪を抱き、その徹底的な破壊を熱望した彼は、その目的に置いて、程度の差こそあれ、ラインハルトやヤンと軌を一にしていました。
そして、その引き換えに、より開明的で、人々が抑圧や理不尽な迫害から解放される世の中を求めていたのも同じでした。
ですが、方法論においては、ラインハルトはともかく、ヤンやユリアンとは真逆でした。
オーベルシュタインは理想の帝国と、全人類に奉仕する完全無欠の帝王こそが解決策だと結論しました。
目的は同じだが、方法論は相容れない。
ですが、彼はラインハルトの死に合わせる様に命を落し、それは自らを粛清したのだと、私は以前の記事で論じました。
ある意味、ラインハルト死後、ローエングラム王朝の民主化、そしてバーラト自治政府最大の脅威として立ちはだかったのは、このオーベルシュタインだったかも知れません。
彼の退場と後継者の不在により、銀河は別ルートの可能性と、そして少なからぬ危険を未然に喪失していたのです。
差し込む光
本記事中篇において、長らく精神文化と無縁であった人類は、ヤンが積み上げユリアンが継承した思想体系の発生により、ようやくボタンの掛け違いから脱却するチャンスを得られるだろうと述べました。
もし順調に行けば、ローエングラム王朝は民主化し、ヤン思想の学習と研究が進み、人々は唯物論や思考の貧困から解放され、新たなルネサンスが興隆するかも知れません。
仮にそうなれば、例えいつの日にかローエングラム王朝が滅んでも、再び文化を手にした人類は、より豊かで多様な選択肢を持つ事が出来、少なくとも、ルドルフイズムの呪縛からは自由になれるでしょう。
無論、まだまだ予断は許されず、仮に順調に進んでも、中途には幾多の困難や障害が存在するのは間違いありません。
幼帝アレクサンデルを抱えるローエングラム王朝で、早くも権力闘争や内戦が勃発する可能性は十分あります。
同時に、獅子の泉の七元帥の誰かが軍閥化し、独立勢力を形成し、新銀河帝国が分裂するリスクも否定出来ません。
銀河が統一され、宇宙が平和を迎えるのと引き換えに、軍備は縮小され、大勢の軍人が整理されるのは確定路線となります。
だとすると、旧同盟の軍人も含めて大勢が失業し、少なくとも彼等の一部が一般社会に溶け込めぬまま、海賊行為に走る事は避けられないでしょう。
そうなると、不満を抱えた軍人により、明治時代の西南戦争みたいな反乱が発生するかも知れません。
事実、元貴族連合軍の大佐だったレオポルド・シューマッハは、後にローエングラム王朝に帰順しますが、宇宙海賊との戦闘中に行方不明となっています。
なので新帝国の前途には、失業軍人(旧同盟を含む)や遺族への対策と、活発化する宇宙海賊への対応と言う深刻な問題が、早速立ち塞がりそうな形勢だったのです。
ですが、ヤンやユリアンやラインハルトがいない世界線と比べれば、彼等の遺産を活用出来る分、人類は同じ愚行の輪廻からようやく脱却出来る、大きな力を与えられているのです。
なので、本編終了後の世界は、大きな不安と緊張を伴いながらも、それ以上の可能性と期待に満ち溢れた歴史を歩む事になるでしょう。
英雄達の活躍と死は、決して無駄にならないのです。
存在を賭けた抵抗
さて、最後にもう一つ、人類の未来が明るくなる根拠を示して、本解説シリーズの締めくくりとしましょう。
ラインハルトは原因不明の膠原病に冒され、若くして命を落した事は良く知られています。
ですが、彼の見舞いに訪れた姉アンネローゼの顔色を見て、皇妃ヒルダが密かに心配する描写が挿入されているのは、何らかの符号を示してるのかも知れません。
ヒルダはそれまで何度かアンネローゼと会っていますが、この時、彼女の頬が無機質で白く、なおかつ生気が不足している様に感じ取っていました。
原作では、アンネローゼの体調に関してこれ以上述べられておらず、少なくとも彼女が病床に伏す様な事はありませんでした。
ですがもし、これが病気に由来するものであり、彼女までが、若くして倒れる様な事になったらどうなるでしょうか?
ここでラインハルトと言う人物を、改めて定義してみましょう。
彼は時代に冠絶する天才であり、そして人類宇宙を統一した偉大な皇帝であり、少なくとも旧帝国250億臣民に取っては、解放者であり改革者でした。
そして同時に、原因不明の疾患で早逝を余儀なくされましたが、これがもし、遺伝子由来だとしたら、ゴールデンバウム王朝では迫害対象になってしまいます。
もしアンネローゼまでもが同じ膠原病を患う事になれば、彼等の血筋自体が、当局により劣悪遺伝子所有者と見なされてしまいます。
劣悪遺伝子排除法を有名無実化したマクシミリアン・ヨーゼフ二世以前の時代ならば、間違いなく排除されていたでしょう。
ここに、とんでもない可能性が見えてきます。
ラインハルトは、人類最高クラスの天才であるとともに、ルドルフイズムにおいてはアウトカーストである。
アンネローゼは皇帝の愛を独占する絶世の美女であったにも関わらず、もしラインハルトと同じ疾患を持っていれば、劣等種扱いされ、存在すら否定されかねない。
つまり、ラインハルト姉弟は、存在そのものがルドルフイズムの敵だった、と言う事になります。
ルドルフの死
姉も弟も人類の歴史に大きな変革をもたらした巨大な存在。
それでいて、姉弟そろって難病持ち。
もし本当にそうだったとしたら、ラインハルト姉弟は、存在そのものがゴールデンバウム王朝、そしてルドルフイズムに対するアンチテーゼだった事になります。
そしてここから、ローエングラム王朝では社会ダーヴィニズムが一掃され、弱者や難病者に対する救済や医療政策が、大幅に充実される事が見えてきます。
事実ラインハルトは、即位後民政省(厚生労働省)を設置し、旧王朝では一顧だにされなかった福祉や社会保障政策の復興を図っています。
ラインハルトは無能を激しく嫌いましたが、例えば先天性代謝異常により、余命いくばくもないキュンメル男爵に同情し、彼に暗殺されかけても不問に処しました。
これに留まらず、ラインハルトは享年に近付くにつれて、弱者に対する慈悲や労りを見せているのは興味深い事実です。
銀河英雄伝説後世の歴史書説で考えてみれば、ローエングラム王朝が福祉や社会保障政策に力を入れる伏線として、編纂に当たり、これらのエピソードが取り上げられたのかも知れません。
この仮説が正しければ、人類は遂にルドルフの亡霊を倒せた事になります。
死後500年を経てなお社会を蝕み、文明を荒廃させ続けた彼の呪縛は解け、その亡霊は退散し、ようやく人々は傷跡を癒し、正気を回復する事が出来るのです。
見えて来た本道
そして、ここで全てがつながります。
皇帝ラインハルトは全銀河を統一し、150年に及ぶ戦乱に終止符を打ちました。
彼のライバル、ヤン・ウェンリーとユリアン・ミンツは、強大な帝国軍から民主主義の種子を守り抜き、遂に皇帝ラインハルトの同意を取り付け、バーラト自治政府を樹立。
ここが新たな民主主義と精神文化の総本山として、唯物論で崩壊寸前に陥った文明再興のコアとなります。
更に、将来いつの日にか、そのローエングラム王朝とバーラト自治政府が手を結び、帝国は立憲化。
開明的な憲法と議会が制定され、言論や表現、思想信条の自由を完全に保証された人々は、ヤン思想をよりどころに、文芸復興を始めます。
そして、偉大な帝国の開祖が、原因不明の膠原病で亡くなり、もしかしたら、彼の姉までもが同じ疾患を持っていたかも知れない。
この事実が、遂にルドルフとルドルフイズムの亡霊を完全消滅させ、以後人々は、人類の繁栄と文明の興隆を、社会ダーヴィニズムにではなく、健全な文化とテクノロジーの発展に賭けるようになる。
銀河連邦の滅亡から500年。
いえ、13日戦争から数えれば1600年に及ぶ根本的な過ちが遂に償われ、気の遠くなる年月と多大な犠牲を出しながらも、人類は遂に、混迷から自らを救い上げ、歴史の本道に復帰する。
正に伝説から歴史へ、悪夢の千年紀から至福と栄光の千年紀に、時代は移行するでしょう。
無論、以後も人々は過ちや愚行を繰り返し、時にはルドルフ出現に匹敵する危機も味わう事でしょう。
ですが、いみじくもヤンが言ったように、その都度人々は立ち止まり、互いに議論し、戦いながらも少しずつ前進し、誤りを修正し、成果と改善を蓄積し、絶え間ない批判と検証を続け、やがて銀河連邦の黄金時代を凌駕する文明を築きあげる。
100%ではないにしろ、この作品で活躍した数多の英雄達の遺産ある限り、その希望は十分にあると言えるでしょう。
これにて銀河英雄伝説解説は終了です。
またいずれ、新たな考察が得られたら、書いてみたいと思います。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
無論、当ブログはテーマを変えて、今後も続きます。
次回以降のシリーズもご愛顧いただければ幸いです。
Mr. Short Story