Mr. Short Storyです。
今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。
前回は、前、中、後3記事に分けてアムリッツァ会戦を取り上げました。
帝国、同盟双方の命運を決した史上最大の戦い。
小説版の記述やデータを検証し、出来得る限り忠実に再現してみた結果、幾つもの新事実が発覚しました。
特に、前哨戦においてウランフとボロディンは、味方の撤退を援護するため敢えて殿を引き受け、それが戦死につながってしまった事。
その甲斐もあって、アムリッツァで敵を上回る戦力を展開する事が出来た同盟軍は、まだ勝算を残していた事。
これらの事情を踏まえると、同盟軍総司令部がイゼルローン退却を認めず、会戦によって戦局挽回を図ったのも、相応の根拠があったのが分かります。
ですが、奮戦空しく同盟軍は大敗。
遠征軍3000万人の内、2000万人以上を喪失し、致命的な損失を負った同盟は、復興はおろか、滅亡を回避する事すら不可能になりました。
さて、この無謀な遠征、実は国防委員長ヨブ・トリューニヒトは反対を表明していました。
それが功を奏して、サンフォード政権総辞職後、彼は暫定政権首班に就任。
後に正式な同盟元首になります。
※この記事の動画版
YOUTUBE (3) 銀河英雄伝説解説動画第17回トリューニヒト悪玉論の真相【霊夢&魔理沙】 - YouTube
ニコニコ動画 銀河英雄伝説解説動画第17回トリューニヒト悪玉論の真相【霊夢&魔理沙】 - ニコニコ動画 (nicovideo.jp)
作中最大の悪玉
トリューニヒトと言えば、銀河英雄伝説でも1、2を争う悪玉とされています。
衆愚政治に陥った同盟の中で、洗練された容姿と若さ、輝かしい経歴、そしてなによりも、華麗なる弁舌により民衆の圧倒的支持を集めた彼は、しかし、自由惑星同盟滅亡の元凶として、作中多くの人物から忌み嫌われています。
確かに彼は、産軍複合体に太いパイプを持ち、利益誘導していた事が示唆されていますし、反戦、反国家的人物に対しては、憂国騎士団と言う実働部隊に弾圧行為をさせていた事は間違いないようです
彼を最も嫌ったのがヤン・ウェンリーでした。
そのヤンがイゼルローン方面軍司令官になると、力を持ちすぎないよう、トリューニヒトは査問会や人事権を用いて圧力を加えています。
反面、帝国より亡命した大貴族や幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世らを保護し、彼等が銀河帝国正当政府を樹立するのを支援。
これがラインハルトによる神々の黄昏作戦を誘発し、同盟滅亡を確定的にしてしまいます。
バーラトの和約後、元首を辞任したトリューニヒトは、帝国への亡命を申請。
のみならず、帝国内に置いても猟官運動を展開し、ラインハルト達の軽蔑や嫌悪を招いています。
極めつけは、旧同盟領を治める新領土総督府が設立されると、その高等参事官として、自ら滅ぼした祖国の土を踏み、帝国のために勤務するようになります。
総督となったロイエンタールは、彼を国家を枯れ死させる寄生木と評し、最後まで嫌い抜き警戒しました。
けれども、後に反乱を起こしたロイエンタールは、敗北してハイネセンに帰還すると、彼を呼びだし、自らの手で射殺しています。
こうして見ると、銀河英雄伝説最大の悪玉と言う評価に相応しい生涯だったと言えます。
華麗なる登場
ですが本当に、彼はただの悪玉だったのでしょうか?
確かに彼の代で自由惑星同盟は帝国に屈しました。
けれども、同盟滅亡の責任は、彼だけにあると断定できるのか?
この謎を解き明かすため、まず、作中における彼の行動を検証してみましょう。
ヨブ・トリューニヒトが最も早く登場するのは、外伝第四巻、宇宙歴七八八年、元730年マフィアだったアルフレッド・ローザス退役大将の軍部葬においてでした。
弔問に訪れた彼は、この時国防委員に就任したばかりでしたが、早くも若手代議士のホープとして名望を集めていました。
そんな彼を、その場に居合わせたヤンが目撃し、舞台俳優みたいな印象を受けています。
その後、宇宙歴七九五年、第三次ティアマト会戦が発生しますが、この時35,400隻で攻めて来た帝国軍に対し、国防委員会は5個艦隊の動員を約束。
実際に戦場に到着したのは3個艦隊33,900隻でしたが、この事から、国防委員会は敵より多くの兵力を用意するつもりだったのが分かります。
トリューニヒトが国防委員長として姿を現すのは、翌七九六年からですが、既に就任していた可能性も十分あります。
いずれにしても、初登場から相当な年数を経ているので、国防族議員としてかなりの力を持っていたでしょう。
また彼は、後の言動から軍事においては必ずしも無能ではない事が明らかになっているので、今回の動員計画で、彼がイニシアチブを取っていても決しておかしくはありません。
出来る男
そして、アスターテ会戦です。
この戦いでは帝国軍2万隻に対し、同盟軍は4万隻の大軍を動員し、必勝を期しています。
同盟では艦隊の動員と、その規模については国防委員会が権限を握っていました。
なので、この決定を下したのは、言うまでも無くトリューニヒトでした。
そのイメージとは裏腹に、敵より多くの兵力を用意している当たり、彼には一定の軍事的常識が備わっているのが分かります。
にもかかわらず、同盟軍は、ラインハルトの時間差各個撃破戦法に対応しきれず、硬直した作戦指導で惨敗しますが、作戦は統合作戦本部、実戦は宇宙艦隊司令部の仕事なので、むしろ、失態を演じたのは軍部の方になります。
後の帝国領侵攻では、最高評議会でトリューニヒトは反対票を投じ、それを周囲に公言しています。
その反面、この作戦では艦艇20万隻、将兵3000万人もの大部隊が準備されました。
私たちはその結末から、トリューニヒトの判断が正しかった事を知っています。
しかし彼は反対を表明しつつ、出来得る限りの兵力を動員しているのです。
ラインハルトは確かに焦土作戦で同盟軍を追い詰めました。
ですが、本来ならこの戦法を予測し、対処すべきだったのは軍事の専門家、つまり職業軍人組の仕事だった筈です。
無気力な総司令官ロボス元帥。
暗躍するフォーク准将。
大鉈を振るえないグリーンヒル参謀長。
そして、戦況ひっ迫にもかかわらず、撤退を口にできないサンフォード政権の面々。
彼等と比べれば、反対を唱えつつも職務を忠実に果たしたトリューニヒトの方が、遥かにまともに見えます。
クーデターの裏事情
確かにトリューニヒトは、元首就任後間もなく発生した、救国軍事会議のクーデターに際し遁走。
地球教徒の支援の下、ヤン艦隊がハイネセンを解放するまで潜伏生活を送っていました。
これだけを見ると、ヤンに全てを押し付けて、安全な所でぬくぬくしていた印象を受けます。
ですが実は、ヤンは前々からラインハルトの謀略を予測していました。
ラインハルトが大貴族と戦う間、同盟を封じ込めるため、交換される捕虜に工作員を潜入させ、クーデター計画を持ち込ませる。
本来なら真っ先に政府に知らせ、警告すべき所を、ヤンは宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック大将のみに打ち明け、内部調査を依頼するに留めています。
もし、この情報を得ていたら、トリューニヒトはもっと適切な対応が取れたでしょう。
にもかかわらず、ヤンは政府、とりわけトリューニヒトを信用してなかったので、この重大情報を彼等に知らせようとはせず、クーデター発生を防げなかったのです。
確かにトリューニヒトは潜伏し、身の安全を図りました。
ですが、もしも彼が救国軍事会議に拘束されれば、彼等はトリューニヒトを傀儡にして、よりスムースに同盟を掌握する事が出来たでしょう。
場合によってはヤンを国賊に仕立て上げる事も出来てしまうのです。
だとすると、この悲劇は、ヤンが個人的理由から政府に通知する事を避けた事も、少なからず関与していたのが分かります。
軍部VS文民政府
クーデター鎮圧後、トリューニヒト政権は軍部を、とりわけイゼルローン方面軍を預かるヤンへの監視と圧力を強化し、要所を自派で固め、ビュコックら良識派軍人は、孤立化してしまいます。
そしてヤンをハイネセンに召喚し、査問会でねちねちいたぶりますが、同時期帝国によるイゼルローン侵攻が開始され、国家存亡の危機を迎えてしまいます。
これだけを見ると、トリューニヒトは私利私欲の赴くまま振る舞い、利敵行為すら犯している様に思えてきます。
ですが、元をただせば連年に及ぶ敗北、そして救国軍事会議のクーデターで、信用を失墜しているのは、むしろ軍部の方だったでしょう。
まして、ヤンはラインハルトの謀略について政府には警告せず、しかも理由は、トリューニヒトをはじめとした政治家が大嫌いだからと言うものでした。
以上の事情を踏まえると、政府筋が軍部に対する不信感に陥り、文民統制の原則を回復しようと躍起になっていたとしてもおかしくはありません。
確かにヤンは国防のため全力を尽くしました。
ですが同時に、その文民政府と良好な関係を保ち連携する努力をしていたとは言い切れません。
それどころか、元首のトリューニヒトが嫌いと言う理由だけで、政府を敬遠し批判するのみならず、国防に関わる情報や分析を積極的に伝えていないのですから、その軍閥化もしくは反抗を文民政権が恐れたとしても、責められるものでは無かったと思います。
だとするとこの事態は、控えめに言っても、半分ほどはヤンが招いたものと言えます。
正統政府は愚策か
では銀河帝国正当政府の件はどうでしょうか?
これこそがトリューニヒト最大の愚策と言う意見もあります。
実際これにより、ローエングラム陣営と自由惑星同盟との和解は絶望的になり、ゴールデンバウム王朝と大貴族の圧政に苦しんで来た帝国臣民は、熱狂的にラインハルトを支持します。
同盟はゴールデンバウム王朝の旧勢力と手を組んだため、ラインハルト率いる強大な国民軍を相手にする事になってしまった。
しかし、これには先例があります。
かつて幼少時、同盟で亡命生活を送っていたマンフレート二世が銀河帝国皇帝に即位すると、和平と改革の機運が一気に盛り上がった時代がありました。
彼自身はすぐに暗殺されてしまいますが、歴史が動くチャンスだったのです。
また、トリューニヒトは交換条件として、銀河帝国正当政府が帝国に復帰したら、帝国の民主化を進める事を約束させていました。
無論、先方が守るかどうかは分かりません。
ですが、少なくとも理念においては、トリューニヒトは帝国の民主化と和平を求めていた事になり、彼が愚劣な理由で亡命政権受け入れを決めたとは断定できないのです。
また、仮に正当政府を認めなかったとしても、人道的理由から強制送還するわけにもいかず、銀河統一の野心に燃えるラインハルトの攻撃を避ける事は出来なかったでしょう。
耐えがたきを耐え
神々の黄昏作戦が開始され、フェザーンを占領した帝国軍が大挙して同盟領に侵攻すると、トリューニヒトは雲隠れし、積極的な対策を打ちませんでした。
この行いは弁護の余地がありません。
増して、バーミリオンでヤンがほとんど勝っていたのに、トリューニヒトは反対を押さえて、無条件停戦命令を発します。
これにより、ラインハルトを倒す唯一のチャンスは永遠に失われ、バーラトの和平で自由惑星同盟は、事実上帝国の保護国となってしまいます。
これこそ、トリューニヒトが無能かつ卑劣な扇動政治家である格好の実例とされて来ました。
ですが、彼が降伏を決断した時、惑星ハイネセンは帝国軍の大艦隊に攻め込まれ、統合作戦本部にミサイルまで撃ち込まれていました。
帝国軍は無差別攻撃を言明しており、ハイネセン10億市民の命がかかっていたのです。
この時、国防委員長のアイランズは言葉で、宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコックに至っては実力で、この無条件停戦を阻止しようとしました。
ですが、彼等にこれと言った代案もなく、あってもヤン頼みであり、ハイネセン市民10億人の命運に至っては、全く考慮に入っていない様子でした。
なので結果論で言えば、この時最も民間人の命を守ろうとしていたのは、皮肉な事にトリューニヒトだったと言うことにすらなります。
降伏を決める際、トリューニヒトは、ヤンがアルテミスの首飾りを残らず破壊した事を非難しました。
それは、救国軍事会議からハイネセンを解放し、民主主義を守るためではありました。
しかし、首都を守る戦闘衛星の、少なくとも半分くらい残っていれば、一定時間帝国艦隊を防ぐ希望はあったでしょう。
市民を守るため、耐えがたきを耐える。
事実、後にヤン自身が、トリューニヒトの行いで、これだけは良かったと評しているのです。
確かに実際にはヒルダの提案で、降伏すれば最高責任者の罪は問わないと、帝国軍は伝えてきていました。
しかし、少なくとも表際、トリューニヒトがこれに飛びついた様子は確認できません。
それにこの段階では、敵軍が本当に約束を守るかどうかも分からない状態であり、流石の彼でも、この条件を容易に信じる事は難しかったでしょう。
忍びがたきを忍ぶ
ですが、バーラトの和平後、トリューニヒトは帝国領への亡命を要請しています。
元首だったにもかかわらず、あっけなく祖国を棄て、あまつさえかつての敵の慈悲にすがる。
これこそトリューニヒトが卑劣漢、無節操である最大の証拠とされて来ました。
しかしながら、彼の後を継いだジョアン・レベロは、帝国の圧力から国を守るためとは言え、ヤンを拘束し、密かに始末してしまおうと企み、あまつさえそれを実行してしまいます。
トリューニヒトですら民主国家としての建前を、表際にしろ守るポーズは示して来た筈です。
それが事もあろうに、レベロに至っては、清廉かつ良識派と言う評判をかなぐり捨てて、自らやすやすと踏みにじっているのです。
確かにトリューニヒトは帝国に官職を求め、醜態を晒しています。
これに対し、皇帝ラインハルトは新領土総督府高等参事官の職を与え、辱めてやろうとします。
しかし、そのラインハルトの思惑は外れ、トリューニヒトは断るどころか旧同盟領に帰還し、帝国の手先として、かつての同胞を統治する任務に就きます。
正に悪徳政治家ここに極まれりな印象を受けます。
ですが、本当にそれだけだったのでしょうか?
野心と忍耐
実は彼は、帝国領に移住後、猟官運動と共に、とある事業を推進していました。
銀河帝国に議会と憲法を導入し、自らその宰相になる。
この途方もない野望を実現するため、彼は帝国政財界を熱心に飛び回り、フェザーンの旧自治領主アドリアン・ルビンスキーとも提携し、じわじわとその影響力を拡大していた事が後に判明します。
彼は高等参事官として旧同盟領に帰還し、帝国の犬になり下がったように見えます。
ですがその割には、最も卑劣な仕事、かつての同胞を敵に売り渡す様な行為は一切記述されていません。
ロイエンタール統治下の総督府は、ハイネセン市民との武力衝突も演じましたが、そこにトリューニヒトの姿はありませんでした。
とは言え、ヤンに劣らず彼を警戒していたロイエンタールは、彼を侮辱する事を厭わず、反乱を起こした際には、イゼルローン共和政府に身柄を売り渡そうとするなど、人間扱いしませんでした。
そして、敗戦を経て死期が迫ったロイエンタールの手により、トリューニヒトの命は絶たれます。
剥がされるヒールの仮面
トリューニヒトは華麗なる詭弁家、扇動政治家、そして祖国を枯れ死させる寄生木等、散々な評価を受けています。
しかし、その割には、彼の能力や道義心が特別劣悪だった証拠は乏しく、むしろ腐敗と低迷を極める同盟にあって、少なくとも一定の手腕ないし見識を示している事が分かります。
確かに彼は地球教と手を組んでいました。
しかし、帝国亡命後彼等を売り飛ばした所から、彼等の思惑や狂気に支配されてない事が分かります。
またヤン達は、トリューニヒトが兵役時後方勤務を志願し、前線に出なかった噂話をして悦に浸りましたが、彼等自身あくまであり得る事、と語っており、確証はありません。
更に言えば、彼が兵役を務めていない噂は全く出ていません。
むしろ、同盟の議員や富裕層の子弟が兵役逃れをしている事が社会問題になっており、前線に赴いたのはわずか1%に満たない事が判明しています。
だとすると、例え後方勤務でも、兵役に応じたトリューニヒトは、まだしも誠実な部類に属していたとさえ言えます。
事実、国防委員長として、そして元首として、彼が軍事的にムチャな命令を出した事は一度もありません。
むしろ、せっかく彼が十分な艦隊や兵力を用意してやっても、肝心の軍部がその都度ポカを犯し、台無しにしてるケースが余りにも多過ぎると言えます。
例えばフォークは、帝国に対する大侵攻プランを、時の元首サンフォードに持ち込んでいます。
本来なら統合作戦本部長や国防委員長に回すべき所を、なぜ彼が回避してるのか?
トリューニヒトは最高評議会でこの案に反対票を投じている事から、もしかしたらフォークは先に彼に作戦を提示しましたが、相手にされなかった可能性さえ出てきます。
事実、これまでの事績から、トリューニヒトには最低限の軍事的常識が備わっている様なので、単なる政治的パフォーマンスだけではなく、結構真面目に帝国領侵攻を否定していたのかも知れません。
案外真面目に国防を考え、そのための勉強を怠らなかった可能性も十分ある事になります。
むしろ、帝国領出兵を強行に主張した情報交通委員長ウィンザー夫人や、仕事をしないロボス元帥、幼稚な秀才フォーク准将や、良識派政治家の名声を自ら踏みにじったジョアン・レベロの方が、遥かに下劣で悪辣な選択を取り、同盟の命運を縮めています。
しかし、だとするとなぜトリューニヒトはこれ程にも嫌われ、大悪党として扱われているのか?
次回中編でこの謎に迫ります。