Mr. Short Storyです。
今回も銀河英雄伝説に関して考察してみましょう。
前回は、本記事の前編として、銀河英雄伝説最大の戦いアムリッツァ会戦に至るまでの経緯と、その前哨戦について述べました。
ヤン・ウェンリーによる奇跡のイゼルローン攻略は、かえって同盟が無謀な軍事作戦を引き起こす呼び水となってしまい、史上最大の遠征は、悲劇的結末に終わりました。
けれども、原作を元に、改めてその流れを見ると、決戦場のアムリッツァ星域に集結した同盟軍の兵力は、意外にもまだ、帝国軍を上回っていたのです。
そしてそれは、身を挺して味方の撤退を援護したウランフ、ボロディン両提督の犠牲があったからと結論しました。
2人ともアレクサンドル・ビュコックやヤンが頼りにする名将だったので、兵力以上に彼等の喪失こそ、同盟軍に取って大きな痛手になったのは間違いないでしょう。
そして今回は、いよいよアムリッツァの決戦です。
原作の記述をてがかりに、出来るだけ忠実に再現してみましょう。
※この記事の動画版
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避けられぬ敗北
まだ負けてはいなかった
陣容の再現
恒久占領を狙っていた同盟軍
両軍の指導体制
入念な布石
守勢の優位に賭ける同盟軍
チャンスにかける同盟軍
両翼を固めるヤンとビュコック
第八艦隊壊滅
避けられぬ敗北
アムリッツァ会戦自体は、原作第一巻黎明編のクライマックスとなっていますが、史上最大の戦いにも関わらず、必ずしも詳細に描写されているわけではありません。
例えば、両軍の参加兵力、各艦隊の配置については不明な点が多いのです。
特に、同盟軍の艦隊が幾つ生き残っているかについては、これと言った言及がなく、推測するしかありません。
なので私たちは、新旧アニメ版を元に、圧倒的少数の同盟軍を、兵力優勢な帝国軍が、徹底的に蹂躙した。
もしくは、ヤンやビュコックの奮戦により局地的には戦果を挙げたが、勝敗は最初から決定的であり、それを覆すのは土台不可能であった。
この様な印象を抱き、同盟軍は勝ち目無き絶望的な戦いを演じたと考えて来ました。
確かに、この決戦により宇宙艦隊の大半を喪失した自由惑星同盟は、以後大勢を挽回する事は出来ず、滅亡への坂を転げ落ちる事になります。
だが、本当にそうだったのか?
まず、会戦に参加した両軍の兵力を出来るだけ正確に算出してみましょう。
まだ負けてはいなかった
まず、有力な証拠となるのが、原作第五巻風雲篇第四章にて、アムリッツァ会戦では同盟軍は2000万人以上を数え、対するラインハルトはその六割程度だった事が記述されています。
次に、原作第一巻アムリッツァ会戦に置いて、ラインハルトは戦闘終盤、10万隻の追撃戦は始めてみるなと言っています。
これ等の数字を元に考えると、同盟軍の兵力は約2000万人。
そして帝国軍は約1200万人だった事が分かります。
では次に、得られた人数を元に、両軍の艦定数を推測してみましょう。
帝国領侵攻時、自由惑星同盟軍の陣容は艦艇20万隻、将兵3000万人を擁していました。
アムリッツァ会戦時、将兵2000万とされていることから、前哨戦にて1000万人を失っている事がこれで分かります。
だとすると、全軍の三分の一が喪失された。
これを艦艇数に当てはめると遠征当初20万隻から、133300隻~133400隻の間になります。
ここでは比較を容易にするため、135000隻程度と仮定しましょう。
これに対し、帝国軍はその六割とされているので、将兵1200万人、艦艇数81000隻と言う事になります。
このデータを見る限り、前哨戦で大損害を出しながらも、同盟軍は大部分生き残っており、追撃する帝国軍よりも、まだ兵力で勝っていた。
意外な事実が見えてきます。
陣容の再現
しかし、これに他の情報を加えていくと、矛盾が生じます。
まず、アムリッツァでラインハルトはキルヒアイスに別動隊を委ね、原作第一巻第九章より、それは全軍の三割だと判明しています。
そして、絶対数に置いては同じ章で、三万隻を数える、とされています。
以上を踏まえると、キルヒアイス艦隊の戦力は三万隻で、全軍の三割を占める事から、帝国軍は10万隻の大艦隊だった事が判明します。
事実、上で触れた通り、ラインハルトは十万隻の追撃戦について話しているので、この数値はほぼ確定でしょう。
ではなぜ、同盟軍との兵力比較で矛盾が生まれているのか?
ですがこれも、原作に答えがあります。
原作で比較されているのは将兵の数なので、それに限れば同盟軍10:帝国軍6の比率で間違いないのです。
その反面、艦艇数の比較まではなされていないので、この様な齟齬が生まれる余地が出て来た。
ですが、同盟軍が兵力の3分の1を喪失しているのは間違いないので、これを艦艇の損耗率にあてはめれば、おおよそ135000隻と言う数値で間違いはない事になります。
そして、帝国軍側の記述を総合すれば、ラインハルトが率いた艦艇数は約10万、そのうち3万隻を割いてキルヒアイスに与えた事が確定できます。
すると、両軍の正確な兵力は
同盟軍 艦艇数135000隻 将兵2000万人
帝国軍 艦艇数100000隻 将兵1200万人
と言う事になります。
多少の誤差があるとしても、これでかなり真相に迫る事が出来ました。
恒久占領を狙っていた同盟軍
同盟軍の将兵が割増しになっている原因は、そう難しいものではありません。
同盟軍は敵地に遠征し、幾つもの星系を占領。
更に住民を軍政下に置いているので、膨大な数の陸戦部隊やエンジニア、事務員等を連れていく必要がありました。
反面、帝国軍は侵攻した同盟軍を追い返すだけで良いので、そのほとんどが艦艇クルーで占められていたのは容易に推察できます。
事実、原作を見ると、同盟は占領政策を見据えて、多種多様な兵科を動員しているのが分かるのです。
これこそが、両軍における将兵数の開きを形成していました。
とは言え、数的には帝国軍が劣勢だったのは間違いありません。
両軍の指導体制
次に、両軍の指導体制について考察してみましょう。
どちらも10万隻を超える陣容であり、多数の制式艦隊から成り立っていました。
帝国軍も同盟軍も、これ程の大軍を運用した経験は無かった筈です。
アムリッツァ以前で最大の動員が行われたのは、第二次ティアマト会戦で、この時同盟軍の名将ブルース・アッシュビーを倒すべく、帝国軍は55000~56000隻の艦隊を動員しました。
これに、ダゴン星域会戦の帝国軍52600隻、第五次イゼルローン攻防戦の同盟軍51400隻等が続きますが、これらを見ても、いかにアムリッツア会戦が空前の規模で行われたのかが分かります。
帝国軍は総司令官ラインハルト元帥が全軍を統括し、キルヒアイスが別動隊の将を務めています。
これに対し、同盟軍の総司令官はロボス元帥でしたが、彼は遥か後方のイゼルローン要塞に留まり、前線で指揮を執る者が誰なのか判明していません。
同盟軍では同格の司令官が並んだ場合、最先任の者が指揮を統括する習慣がありました。
なので、第五艦隊司令官ビュコック中将がその任に当たったと考えて良いでしょう。
入念な布石
ですが同盟軍でも帝国軍でも、同格の指揮官が並ぶと互いに張り合う傾向があり、事実ビュコックですら、第三次ティアマト会戦で反発するホ―ランドをコントロールする事が出来ませんでした。
こうして見ると、全軍の指揮統率に関しては、明らかに帝国軍の方が効率的であり、彼等に軍配が上がるのは間違いないでしょう。
反面同盟軍は、なまじ兵力が多い分、有機的な連携は難しく、各艦隊単位で対処を余儀なくされていただろう事が、これらの情報から見えてきます。
更に、ラインハルトがキルヒアイスに別動隊を与える事で、本隊をコンパクト化し、遊兵が出来ないよう工夫していた可能性があります。
本体と別動隊に分ける事で、帝国軍ではより複雑な戦術を行いやすくなり、リスクヘッジにもなる。
この辺りからも、戦争の天才ラインハルトが、いかに必勝を期すため考え抜いていたのかが分かります。
守勢の優位に賭ける同盟軍
これに対し、同盟軍では誰が作戦を立てていたのでしょう?
フォークが倒れた後実権を取り戻したグリーンヒル参謀長でしょうか?
同盟軍は恒星アムリッツァ付近に布陣。
後背に4000万個もの機雷を敷設して、帝国軍が回り込むのを阻止します。
これにより、同盟軍は正面砲戦に専念できる。
兵力の優位を活かせば、勝つ事も不可能ではありません。
この大会戦で、ヤンは全体の作戦について進言した形跡はありません。
ただし、単純にして無理のない、身の丈に合った戦法は、老練なビュコックの関与を想像できます。
事実、彼が前線を統括する公算が高いので、その意見や構想が取り入れられたのは間違いないでしょう。
全軍の有機的かつ緊密な連携が難しい以上、正面砲戦に専念し、数の多さを活かす。
彼はランテマリオやマル・アデッタでも、途中から負けない戦法で粘り強く戦っているので、守勢の優位を活かす事は得意だったのでしょう。
もしくは、アムリッツァの経験を活かし、絶望的な戦局の中でも、指揮統率を失わず抵抗を継続するノウハウを編み出していた事も考えられます。
以上を踏まえると、アムリッツァにおける同盟軍の作戦は、ビュコックとグリーンヒルが協議し、ロボスが決済を下した公算が高いと言えます。
チャンスに賭ける同盟軍
しかし、開戦当初守勢に回るべきなのは帝国軍でした。
元々兵力劣勢な上、全軍の三割までも別動隊に割いているのです。
なので、戦線正面では、同盟軍135000隻に対し、ラインハルトは半分強の70000隻で闘わなければならなかった。
逆に同盟軍に取って、これはチャンスであった。
キルヒアイス艦隊が後背に回り込むまでは、兵力でラインハルトの本隊を圧倒する事が出来る。
もし、別動隊が来るまでに帝国軍本隊を倒せば、逆転勝利も夢ではない。
また、この事から、イゼルローンの総司令部がアムリッツァ決戦にこだわった理由が見えてきます。
戦い方次第で、まだ戦局を挽回する余地は残っていたのです。
同時にこれは、帝国軍本隊は当面厳しい戦いを強いられる事を意味します。
事実、開戦劈頭、同盟軍第十三艦隊は猛攻を開始。
ターゲットにされたミッターマイヤー艦隊はかなりの打撃を受け、旗艦まで被弾する程苦戦しています。
両翼を固めるヤンとビュコック
しかし実際には、帝国軍本隊は激しい攻撃を同盟軍に浴びせていました。
ラインハルトの作戦構想、キルヒアイス艦隊を敵の背後に回り込ませる事を、同盟軍に気付かせるわけにはいかなかったのが理由です。
同時に、味方本隊の層が薄い事を隠す意図もあったでしょう。
本来なら無暗な攻勢は控え、ビュコックの様に負けない戦い方をした方が合理的ですが、これあるがゆえに、倍近い兵力差があるにも関わらず、ラインハルトは積極策を採用たのです。
そして、その尖兵となったのが、ビッテンフェルト率いる黒色槍騎兵艦隊でした。
ここで、両軍の布陣を推測してみましょう。
同盟軍は、背後を機雷源に守られているとは言え、艦列の右側と左側がウイークポイントになっています。
この方面に側面から攻撃を受ければ、その艦隊は事実上半包囲に置かれてしまうのです。
なので当然、ここには最精鋭を配置していたはずです。
恐らくビュコックとヤンの両艦隊がここを担当し、自軍の右翼と左翼を固めた事でしょう。
ここから考えると、第十三艦隊が急速前進し、ミッターマイヤー艦隊を叩いた理由が見えてきます。
機動力を誇るミッターマイヤーを封じる事で、第十三艦隊は、自らの、そして同盟全軍の側面を守る意図があったのではないでしょうか?
また、この事から第十三艦隊とミッターマイヤー艦隊はお互いほぼ正面に布陣していた事が分かります。
ここでは便宜上、ヤンが同盟軍右翼を、ビュコックが左翼を担当していたと仮定します。
また第13艦隊は、恒星アムリッツァの燃え盛る炎の影を利用して、ミッターマイヤー艦隊に不意打ちを食らわせています。
そして、同盟軍の他の艦隊は、一見有望なこの戦法を用いていない事から、アムリッツァの太陽に最も近かったのが第13艦隊であり、ここを最右翼として直角に艦隊を並べ、背後を機雷源で守らせた可能性が高いと言えます。
また、後の展開により、艦列中央はアップルトン中将の第八艦隊が守っていたと考えられます。
第八艦隊壊滅
ラインハルトの積極策に乗っ取り猪突猛進を開始した黒色槍騎兵艦隊は、まず、ミッターマイヤー艦隊を叩いた直後の第十三艦隊を襲撃します。
これに対し、ヤンは戦艦で壁を作り、その後ろから砲艦とミサイル艦で砲撃させて対抗。
この壁を突き崩せなかったビッテンフェルトは鉾先を変え、今度は同盟軍第八艦隊を狙います。
その猛攻は凄まじく、支え切れなくなった第八艦隊は壊滅。
黒色槍騎兵艦隊はD4宙域とよばれるポイントを制圧し、これにより勝敗はほぼ決しました。
原作では、同盟軍は分断されたかに見えたと書かれているので、これにより、第八艦隊は艦列中央を守っていた事が分かります。
135000隻もの大軍が、中央で分断され、左右の連絡も取れない。
ビュコックやヤンがいかに名将でも、この状況では自分の艦隊を守る事で精一杯だったでしょう。
そして、ラインハルトもヤンも、ほぼ同時期に帝国軍の勝利と同盟軍の敗北を確信したのでした。
次回後編では、アムリッツァ会戦のクライマックス、キルヒアイス艦隊の到着と同盟軍の崩壊、そして歴史に与えた影響について解説します。