Mr. Short Storyです。
今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。
前回は、このテーマの前編としてアスターテ会戦の顛末と、それにまつわる謎を取り上げました。
そしてその中で、帝国軍と同盟軍は互いに相手の情報を詳細に渡り入手していた事、そして、ラインハルトに至っては艦隊番号まで把握していた事を述べました。
ホームグラウンドの同盟軍は、その利点を生かして、早期に敵情を調べ上げる事は難しくなかったでしょう。
また、劇場版「新たなる戦いの序曲」によると、ラインハルトに反感を持つ門閥貴族が、フェザーンを通して同盟側に情報をリークしていた事になっています。
これを踏まえると、事前の情報収集においては、同盟サイドの方が有利だったのは間違いありません。
反面、敵地に侵攻したラインハルトが、会戦開始前に同盟軍に劣らぬ情報をそろえていたのは、流石戦争の天才と言うべきでしょう。
この戦いでは一見窮地に陥ったラインハルトが、包囲殲滅の危機を逆手に取り、時間差各個撃破戦法で鮮やかな逆転勝利を演じています。
しかしながら彼の本領は、十分な兵力と後方支援体制を整え、情報を集め、通信を円滑にし、戦う前に勝てる態勢を作る事にありました。
戦闘開始前に戦略的勝利を確保する。
これこそがラインハルトのドクトリンであり、事実、元帥府開設後はこの戦い方に徹し、貴族連合軍や自由惑星同盟軍等の強敵を撃ち滅ぼしています。
にもかかわらず、アスターテ会戦に限れば、一見奇策で大勝利を収めた。
総司令官としてフリーハンドを振るえた筈なのに、敵に包囲されるまで、なんらかの対応を講じた形跡がない。
まだまだ大きな謎が横たわっているのです。
※この記事の動画版
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前哨戦
密集隊形で進軍する帝国軍に、それを三方向から包囲する同盟軍。
物語のアスターテ会戦はこの状況からスタートしています。
ですが、この時点まで両軍が何の作戦行動も取らなかったとは考えにくいでしょう。
とりわけ、両軍とも、既に敵に関して十分な情報を入手しているので、偵察や前哨戦は行われていた筈です。
偵察機や監視衛星を放ち、小部隊による威力偵察を行い、一部隊を割いて陽動や牽制、もしくは欺瞞行動を行わせる。
事実、銀河英雄伝説の世界では、大会戦の前には必ずこの様な前哨戦が展開されています。
だとすると、帝国軍と同盟軍はアスターテ星系に進出してから、この様な前哨戦を展開していたと考えるべきでしょう。
相手の戦力や意図も分からぬまま、いたずらに艦隊を突進させたら、それこそダゴンの殲滅戦の様な惨事を招いてしまうからです。
帝国軍密集隊形で前進
前回の記事でも触れましたが、ここで重要なのが、帝国軍がある時点で全軍密集隊形を取り、ひとかたまりになって進軍し、これを同盟軍が察知している事です。
だからこそ、彼等は3個艦隊全軍を挙げて、帝国軍を包囲殲滅する方針を立て、3方向から接近を図っているのです。
もしこの時、帝国軍が一部の兵力を分派し、遊撃ないし伏兵として用いれば、危機に陥るのは同盟軍の方です。
最悪包囲しているつもりが、前後から挟撃を受け、または進軍中に側背から奇襲を喰らい、大きな損害をこうむる事は必定だからです。
だからこそこの時点で、同盟軍は帝国軍が全兵力で行軍している事を正確に知ってる事になります。
誘い水
さて、ここで重要になって来るのが、帝国軍の行動は意図されての物か、それとも偶然なのか?と言う事です。
なぜかと言うと、敵の包囲を許している時点で、帝国艦隊は敵に大きな隙を見せているからです。
だからこそ、敵軍接近の報に大慌てして、5人の提督達が総旗艦ブリュンヒルトに訪れ、早期撤退を具申しているのです。
つまり、常識で考えれば、不意を突かれたのは帝国軍で、同盟軍は格好のチャンスを捕え襲い掛かる形勢にある。
確かにラインハルトは時間差各個撃破戦法でこれを打ち破りました。
ですが、彼の説く必勝の態勢を、居並ぶ提督達は全く理解できていない所からも、ラインハルトの天才あってこそ成就する戦法だったと言えるでしょう。
そして彼は、己の天才を最大限に利用しつつ、それに依存せず戦略で勝つドクトリンを追及していた事は、これまでに触れて来たとおりです。
罠を仕掛けるラインハルト
戦う前に勝てる態勢を確立する。
これはラインハルトとヤン、時代を代表する2人の天才戦略家が共有していた軍略の原則です。
そして、ラインハルトは、撤退を具申する提督達に、我が軍は敵より圧倒的に有利な態勢にあると断言しています。
根拠なき勝利を認めない彼にして、これだけの自信を見せている以上、やはり敵の動きを予測して、そうなるべく仕組んでいたと考えるのが自然でしょう。
つまり、ラインハルトは意図的に全軍密集隊形で、恐らくは目立つよう進軍し、敵に隙を見せつけた。
そして、この罠にかかった同盟軍は、彼の狙い通り包囲殲滅を図って3方向から接近を図った。
時間差各個撃破戦法と言えば聞こえが良いですが、実行するには一瞬の戦機を読み取る戦場眼と、何よりも情報が必要です。
タイミングを誤れば、もしくは各個撃破のペースが少しでも遅ければ、同盟軍の重囲下に陥り、彼等の目論見通り、殲滅の危機に陥るのは帝国軍の方だったでしょう。
第四艦隊が帝国軍の急襲を受けた時、ヤンの進言を退けて、パエッタ中将は当初の路線を変えようとしなかったのも、相応の根拠があったと言う事になります。
しかし、ラインハルトはこの時点で同盟軍をコントロール下に置き、自分の予測宙域に彼等を招き寄せる事に成功しているのです。
既に相手の行動が分かっているのだから、最適なタイミングをつかむのは容易である。
事実、キルヒアイスが報告に来たときには、同盟軍3個艦隊の艦隊ナンバーや戦力と位置、そして予想会敵時間までもが彼等の知る所となっていました。
その心を攻める
各個撃破に乗り出した帝国軍に対し同盟軍は翻弄され続け、事実、ラインハルト達に無能呼ばわりされています。
ですが、早い段階からラインハルトは主導権を手に入れ、彼等を掌の上に載せていたのですから、同盟軍各提督がどれだけ有能でも、対処のしようはなかったでしょう。
実際、後日同盟軍同士で闘われたドーリア星域会戦でも、クーデター派に参加した第11艦隊は、その位置と作戦をヤンに見抜かれ先手を取られた段階で、ほぼ敗北が決定しています。
司令官ルグランジュの勇猛さ、第11艦隊将兵の熱狂的な奮戦をもってしても、予想よりもヤン艦隊を手こずらせた留まり、戦局逆転は不可能でした。
つまり、この会戦はラインハルトの作戦勝ちであり、これまでの様な、とっさの機転や奇策で得たものではありませんでした。
表面上の鮮やかさの裏に、入念に仕組まれた心理戦があったのです。
孫子は、兵は詭道なりと論じましたが、まさにその戦略をラインハルトは忠実に実行した。
奇跡的大勝利に見えるが、実は戦略の基本に乗っ取った用兵だったのです。
だからこそラインハルトは、戦う前から勝利のイメージを完璧につかんでいたのでしょう。
ダゴンの呪縛
ですが、まだ謎が残ります。
まず、仮に同盟軍がラインハルトの誘いに乗っていたとしても、わざわざ3個艦隊で3方向から包囲する戦法を取ってくれるのか?
ですがこれについては、原作に大きな根拠があります。
ダゴン星域会戦についてはこれまで何度か触れて来ましたが、自由惑星同盟と銀河帝国最初の大規模衝突で、侵攻する帝国の大軍を、同盟の名将リン・パオ、ユースフ・トパロウル達が包囲壊滅した歴史的な戦いでした。
そして、帝国でも同盟でもこの戦いは鮮烈に記憶され、シュターデン中将もラインハルトに撤退を促す時、この戦例を引いています。
故に、好機を捕えた同盟軍が過去の勝利の再現を狙って包囲殲滅に出て来ると言うのは、容易に予測出来たのでしょう。
仮に同盟軍が4万隻を集中運用して帝国軍に相対したら、ラインハルトもここまで派手な勝利は得られなかった筈です。
欲張りなラインハルト
今1つの謎は、ラインハルトが敵3個艦隊全ての撃滅を図っている事です。
確かに戦闘は彼の思惑通り進みはしましたが、それが度重なれば、兵の消耗や弾薬の不足を招きます。
事実、第三次ティアマト会戦で、同盟軍第十一艦隊は芸術的艦隊運動で帝国軍を翻弄しましたが、約4時間暴れまわった末、遂にエネルギーの枯渇を来し、動きが止まった所を後衛のラインハルト艦隊に狙い打たれ、司令官ホ―ランド中将は戦死しています。
この様な実例を知っているにもかかわらず、前代未聞の三連戦を企図したラインハルトは、かなり欲張っていると言えるかもしれません。
事実、第二艦隊との戦闘で膠着状態に陥ると、これ以上望むのはいささか欲が深いとキルヒアイスにたしなめられ、彼は撤退を決断しています。
ラインハルトが最初に攻撃した第四艦隊は12000隻、次に撃破した第六艦隊は13000隻でしたが、最後まで残った第二艦隊は15000隻を擁していました。
また、時間がある分彼等は敵に備える余裕があった筈です。
なので、仮にパエッタ中将が負傷してヤンが指揮権を預からなくても、次第に疲労と欠乏を来した帝国軍は攻めあぐね、戦闘は膠着化し、どの道帝国軍は撤退していたかも知れません。
巧みな心理戦を仕掛ける冷静さと、1回の会戦で3個艦隊全滅を狙う向こう見ずさ。
この辺りラインハルトはしたたかな戦略家であると共に、野心に燃え気負い立つ若者もしっかりやっていたと言う事でしょうか。
無論、これには理由があり、帝国元帥として元帥府を開き、己の野望を一歩前進させる。
そのチャンスを得るため、より大きな戦果を求めていたのは間違いありません。
ですが、2個艦隊撃破の時点で大勝利なのは間違いなく、そこで帰還しても、彼の昇進を阻害するものはなにもなかったでしょう。
魔術師になり損ねたヤン
最後に、この会戦でラインハルトと初めて直接対決したヤン・ウェンリーについて見てみましょう。
彼は戦闘の最終局面でパエッタ中将より指揮権を預かり、同盟軍を全滅から救います。
ですが、彼は戦闘前より独自の作戦案を持っており、パエッタに提出していますが、却下されています。
それによると、同盟軍3個艦隊は、敵の攻撃を受けたらそれぞれ軽く戦いつつ後退。
それにあわせて残る艦隊は敵の後背を攻撃。
敵が反転して攻撃して来たら、最初に攻撃されていた艦隊がその背後を突く。
この流れを繰り返し、次第に敵の消耗を誘い、それから包囲殲滅のタームに入る。
包囲殲滅戦の構想はそのままに、より柔軟に時間をかけて、着実に勝利を収める狙いなのが分かります。
さて、この時点で同盟軍は、帝国艦隊を率いるのがラインハルト・フォン・ローエングラムである事を知っています。
また、ヤンの能力をもってすれば、ラインハルトが隙だらけの進軍をして、こちらを誘っている事に気付いていたでしょう。
これ等を踏まえると、ヤンは敵の誘いに乗ったふりをして、今度は逆に罠にはめるつもりだったのが見えてきます。
事実ヤンは指揮権を引き継いだ後、ラインハルトが中央突破を図ると、それを許す振りを演じつつ、艦隊に戦術コンピューターへのリンクを命じ、素早く左右に分かれさせ、相手の後ろを取っています。
兵は詭道なり
だとすると、もしヤンの作戦が採用された場合、今度危機に陥るのはラインハルトの方になります。
同盟軍は何も知らないまま3方向から接近している。
そう思い込んだラインハルトは急速前進し、第四艦隊を攻撃するでしょう。
しかし、予想に反して第四艦隊は守りを固めつつゆっくりと後退。
時間の浪費に焦る帝国軍の背後に、第二、第六両艦隊が接近して来ます。
第四艦隊に戦う意思なしと判断したラインハルトは、この2個艦隊に鉾先を向けますが、今度は背後からその第四艦隊が迫ります。
慌ててラインハルトは反転した上全力で第四艦隊を撃滅し、兵力差を埋めようと図るでしょう。
ですが、この展開を予測して第二、第六艦隊は猛追撃を開始。
前後から挟撃された帝国軍は、ラインハルトの卓越した指揮の元秩序を維持し、同盟軍にかなりの損害を与えるかも知れません。
ですが、兵力で勝る同盟軍の連携はそれをも上回り、遂にラインハルトは退却を決意
苦渋に満ちながら帝都オーディンに帰還します。
もしこうなれば、ラインハルトは善戦したが、勝てなかったとして元帥号は授与されず、引き換えに大貴族が蠢動し、彼を引きずり下ろす陰謀を企てたでしょう。
変わる勝者止まらぬ歴史
以上、アスターテ会戦を、よりスパンを大きくして検証してみました。
原作で触れられていない箇所も多数ありましたが、銀河英雄伝説の戦争形式や戦略、そしてラインハルトの用兵方針から類推する事で、新しい視点や解釈が出来たと思います。
また同時に、ヤンが提出した作戦案についても、これまでとは違う知見が得られました。
もし彼の提案が採用され、同盟軍が勝利を収めていれば、ラインハルトの昇進は遅れ、史実よりも早く、艦隊司令官になったヤンとの直接対決が見られたかもしれません。
この様な分岐ルートを考えてみるのも、銀河英雄伝説の楽しみ方の1つでしょう。
しかし、低迷を極める自由惑星同盟は、アスターテの勝利を十分活かし切れぬまま、捲土重来を期したラインハルトの再侵攻を受けて、より大きな敗戦を被っていた公算が大きいでしょう。
ラインハルトの真価は、腐敗するゴールデンバウム王朝を打倒し、分裂と混乱の最中にある人類宇宙を統一する事にありますから、1度や2度の敗戦も、彼は必ず次なる勝利への糧にしたに違いありません。