Mr. Short Storyです。
今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。
前回の記事では前編後編に分けて、ローエングラム朝や自由惑星同盟の人事的課題について論じました。
粒ぞろいの功臣に恵まれる反面、後に続く若手新興層に難のあった新銀河帝国。
硬直した学歴社会の弊害からか、士官学校卒の秀才達が暴走を極めていた自由惑星同盟。
人類社会を二分する両陣営が、共に若手による不祥事により頭を抱え、前者では容赦なき処断が繰り返され、後者に至っては国家の命運が絶たれてしまうのですから、かなり深刻な状態だったのが分かります。
さて、今回は再びラインハルトの組織運営について見てみましょう。
彼はリップシュタット戦役で貴族連合軍を壊滅させ、遂に帝国の実権を掌握する反面、キルヒアイスと言うかけがえのない存在を失っていました。
※この記事の動画版
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新時代の旗手
リップシュタット戦役で大貴族連合軍に勝利したラインハルトは、帝国軍最高司令官と帝国宰相を兼任し、遂に銀河帝国の政治・軍事の大権を手に入れ、位人臣を極めました。
更に、アムリッツァ星域会戦と救国軍事会議のクーデターにより、自由惑星同盟は壊滅的打撃を被っていました。
もしイゼルローンに拠るヤン艦隊がなければ、生まれ変わった帝国の前に、いつ滅ぼされてもおかしくなかったのです。
既に銀河の主導権を握ったラインハルトは、国政改革にまい進し、貴族特権の撤廃や農民金庫の創設など開明的な施策を断行。
カール・ブラッケらの開明派貴族を登用し、帝国臣民から圧倒的支持を得ます。
この様に、政治家としても辣腕を振るう彼は、500年に及ぶ弊風をあっという間に吹き飛ばし、後に玉座の革命家と呼ばれるようになります。
この状況の中で中立勢力フェザーンも、抜本的に戦略を変更します。
帝国、同盟二大勢力の間で仲介交易を営んでいた同国は、この際ラインハルトに同盟を滅ぼさせ、統一された銀河の中で経済面を独占する構想を抱き、そのために暗躍を始めます。
唐突な作戦案
そんな時、彼にとある作戦計画を持参する者がいました。
帝国軍科学技術総監シャフト技術大将は、放棄されているガイエスブルク要塞を用いて、イゼルローン要塞を攻略する案を提示し、ラインハルトの歓心を惹こうとします。
しかしながら、この出兵計画は、ラインハルトはともかく、彼の部下や高級幹部たちの間では芳しくありませんでした。
ミッターマイヤ―などははっきりと「無名の師」と批判しています。
にもかかわらず、ラインハルトはこの作戦を採用し、司令官の人選をオーベルシュタインに一任しました。
変動にさらされるラインハルト
さてここで、この時点におけるラインハルトとオーベルシュタインの関係性について見てみましょう。
ラインハルトは帝国の独裁者に上り詰め、最大の外敵自由惑星同盟もかつての力を失い、内外に敵なしの状態でした。
ゴールデンバウム王朝はまだ滅んでいませんが、皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世はまだ幼く、彼を輔弼すべき大貴族は一掃され、ラインハルトに逆らう力はありませんでした。
ですが、キルヒアイスを失い、姉のアンネローゼも隠棲し、かつての彼を支えていた人々も去っていました。
言わば彼が、天才児、野心家、ゴールデンバウム王朝に対する復讐者でいられた古い世界は過去のものとなっていたのです。
代わりに、銀河帝国の事実上の主権者、為政者、そして歴史を動かす存在としての、新たな世界が始まっていました。
この新旧両世界の交替、初めてタッチする政治、激増する業務に忙殺され、本来ならば戸惑い、混乱し、消耗していてもおかしくありません。
それら全てをラインハルトは完璧にこなし、少しの綻びも見せませんでした。
しかし彼も生身の人間であり、この時は環境の激変にさらされ、本調子ではなかったようです。
事実、この時期を扱う第三巻雌伏篇では、ラインハルトはいつもとは違い、受け身の姿勢が目立ち、周囲の群像に影響されやすく、あまつさえ、厳格を通り越して酷薄な言辞を一度ならず吐いています。
主導権を手に入れるオーベルシュタイン
次に、オーベルシュタインを見てみましょう。
彼自身はヴェスターラントとキルヒアイスの死について間接的ながら責任があり、ラインハルトや提督達にいつ排除されてもおかしくなかった事は、以前の記事で扱いました。
そして、その危機を彼は、時の帝国宰相リヒテンラーデ公にラインハルト暗殺未遂の嫌疑を着せ、始末する策を提案する事で切り抜けました。
これによりオーベルシュタインは、命を狙われかねない立場から、ラインハルト体制最大の功労者となり、宇宙艦隊総参謀長に帝国統帥本部総長代理を兼務し、階級も上級大将に進み、気づけばミッターマイヤー、ロイエンタールに匹敵する最高幹部に栄達していました。
役職も勘案すれば、実際にはミッターマイヤー達よりも格上だったとも言えます。
そしてより重要なのが、ナンバー2もしくは第2のリーダーになりかけたキルヒアイスが死んだことで、彼の持論や行動を阻害する存在はいなくなっていた事です。
ましてや、主君ラインハルトは政治軍事にまたがる激務に忙殺され、本来の調子を取り戻し切れていません。
つまり、彼の理想、組織主義を実現する大きなチャンスが訪れていたのです。
疑惑の人選
以上の様な事情があって、ラインハルトは司令官の人選をオーベルシュタインに諮問したのでしょう。
これに対し、オーベルシュタインはケンプを総司令官、ミュラーを副司令官にするよう上申しています。
ガイエスブルク要塞と2個艦隊を用いた大規模作戦。
本来ならこれを指揮するのは、帝国軍の双璧ことミッターマイヤー、ロイエンタール両上級大将になるだろうと衆目は一致していました。
にもかかわらず、彼らより格下の2人が選ばれた裏には、またしてもオーベルシュタインのナンバー2不要論がありました。
ラインハルトは位人臣を極めていましたが、位階は帝国元帥であり、もしミッターマイヤー達が新たに功績を挙げると、彼らも同じ階級に進んでしまう。
そうなると、今度は彼らが第二第三のキルヒアイスになりかねない。
故に、大勢いる大将組より人選を行い、彼らに武勲を挙げさせ、ナンバー3を多くする事で組織内のバランスを保つべきである。
これは、オーベルシュタインの参謀、フェルナ―大佐の意見でした。
オーベルシュタインもこの進言を是とし、最終回答をラインハルトに提出。
この案は認められます。
撃墜王とルーキー
総司令官に擬せられたカール・グスタフ・ケンプは、かつては撃墜王として名をはせ、後軍艦乗りに転向。
アムリッツァ会戦の前哨戦でヤン・ウェンリーの第13艦隊と交戦し、これを撤退させています。
ヤンが戦いを長引かせないよう戦略的撤退を選んだのは事実でした。
しかし、ケンプが同盟最高の智将相手に戦術的勝利を収めたのも、紛れもない事実なのです。
しかし、リップシュタット戦役後、彼の部下がイゼルローン回廊方面でヤンの部下ダスティ・アッテンボロー少将の艦隊と衝突。
途中までは同盟軍を押していましたが、ヤン艦隊主力の来援により退却を余儀なくされています。
しかし、ヤン艦隊相手に1勝1敗の戦歴は、ローエングラム陣営の中においてアピールするには十分で、かなりの期待と注目を浴びた筈です。
ナイトハルト・ミュラーは、ラインハルト麾下の名将集団の中では最年少で、アムリッツァ会戦で彼の名は見かけません。
後発組だったのは間違いないでしょう。
以上の経緯もあって、白羽の矢が立った彼らは、当然ながらやる気と意欲を燃やして任務に当たりました。
未曽有の大敗北
しかしながら、この遠征は最悪の結果をもって終わります。
帝国軍はガイエスブルク要塞にワープエンジンを備え付け、16000隻の艦隊で出撃しましたが、生還したのはわずかに700隻でした。
遠征軍の内、実に15000隻以上の艦艇と180万人以上の将兵を失っているのです。
ガイエスブルク要塞は完全破壊。
司令官のケンプは戦死し、ミュラーも重傷を負い、病床から撤退の指揮を取っています。
ミッターマイヤーとロイエンタールが増援に来て、追撃に来た同盟軍を撃破し一矢報いていますが、これは、ラインハルトの生涯最大の敗北であり、損失率九割は、あのバーミリオン会戦をすら上回る惨状でした。
敗戦の報を聞いてラインハルトは激怒し、生還したミュラーをも厳罰に処してやろうと思案しましたが、キルヒアイスを思い起こし、その責を問わず、ねぎらいの言葉までかけています。
しかし、キルヒアイスの存在がなければ、危うくラインハルトは将来の名将1人を怒りのまま処断していたかも知れません。
雌伏とパワーゲーム
しかし、この作戦を持ち込んだシャフト技術大将までは許さず、ラインハルトは別件で彼を逮捕。
また、司令官の人選を提案したオーベルシュタインは、自ら責任を認めましたが、罪を問われる事はなく、引き続き要職を占めています。
雌伏篇の名の通り、この時期のラインハルトは強大な権力を手に入れた一方で、軍事的、もしくは個人的には振るわない状態だったのです。
これまでの流れを見ると、ラインハルトが一時的不調に陥り、それに軍事作戦の失敗や、腐敗した人物の接近、オーベルシュタインやフェザーンの暗躍が折り重なった観があります。
ですが実際には、水面下では抜き差しならぬパワーゲームが行われていたのではないか?
そしてケンプとミュラーはその犠牲になった。
事実、今回の件でロイエンタールはラインハルトに対する深刻な不信を口にしています。
そのパワーゲームの当事者は、そうです。
ラインハルトとオーベルシュタインの両者でした。
次回後編でこのパワーゲームを軸に、疑惑に満ちた人事について考察して行きましょう。