Mr. Short Storyです。
今回も銀河英雄伝説の考察をしてみたいと思います。
前回の記事で私は、オーベルシュタインはローエングラム王朝に置いて組織の論理を体現し、提督達のみならず、皇帝ラインハルトにさえ直言を憚らなかったと述べました。
また、いかなる非難や反発をも恐れず、そのために必要な施策や謀略を断行し、場合によっては、自らを犠牲にするのすら厭わなかった事も触れました。
その行動原理は一貫しており、一部の狂いもなく、だからこそ大勢に畏怖され敬遠されながらも、成立間もない未熟な新王朝に必要不可欠な人材として、最後まで処断される事はありませんでした。
もともとローエングラム王朝は軍事政権であり、しかも、皇帝個人の力量やカリスマに依存する専制体制であり、それに比べて各省庁、特に官僚の存在は明らかに影が薄いものでした。
中長期的には統治機構の整備とそれを支える官僚層の充実、更に、彼らの地位の確立と向上は必要であり、特に、全人類宇宙を統一する大帝国だからこそ、1人の個性に依存しない体制の実現は急務だったと言えるでしょう。
この事実を最も知悉していたのがオーベルシュタインであり、そうする事が統治下にある全人類の幸福につながるだろうと言う彼の論理は、皇帝個人を崇拝する提督達と真っ向から対立するのは火を見るよりも明らかだったのです。
※この記事の動画版
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オーベルシュタインに聖域無し
その義眼が見据えるもの
自らを粛清したのか?
この主君ありて
新王朝を巡って
失われる居場所
ヒルダVSオーベルシュタイン
私は危険な男だ
災いの根絶
冷酷非情な人道家
オーベルシュタインに聖域無し
しかし、オーベルシュタインの峻厳な論理は、自分自身にも向けられていたのではないかと思います。
いみじくもラインハルトが述べたように、彼は、主君でさえそれが王朝の永続や人類の幸福を損なう存在となれば、それを除くに容赦しない、そんな信念や覚悟を持っていた事でしょう。
少なくとも、彼はラインハルト相手でもその舌鋒を緩める事はありませんでした。
それどころか、ハイネセンで要人たちを人質にしてイゼルローン革命軍に降伏を迫ろうとしたときには、これまで皇帝が行って来た軍事行動を公然と非難し、同じ目的のためにより大勢の犠牲をあえて出すのは愚かであると厳しく断じています。
この考えには、例え皇帝でも帝国という組織を私物化すべきではない、そして、裏を返せば皇帝さえもその王朝や人類のために奉仕すべきであるという、強烈な信念に裏付けされた思想がうかがえます。
その義眼が見据えるもの
これによりビッテンフェルトは謹慎を命じられ、黒色槍騎兵艦隊はミュラーに預けられる事になりましたが、それでは彼の部下が納得しないとのミュラーの言葉に、オーベルシュタインは、彼等は提督達の私兵ではないと断言しています。
この発言からも、彼がいかに組織の論理を重要視していたのかが分かります。
逆から言えば、オーベルシュタイン自身も新帝国の繁栄と安定、それによる人類の幸福に奉仕すべきであり、もしその使命を終えた時、もしくは仮にそれに反するような時が来た時には自ら去らなければならない。
彼はただの謀略家や野心家に留まらない存在であり、その目は最悪の腐敗を極めていたゴールデンバウム王朝の打倒、そして、その悪政に苦しめられている国民を救い、百五十年に渡る分裂と戦乱を続けて来た人類宇宙の統一、そして、それを成し遂げる理想の新帝国の建設に見据えられていました。
彼に取って、皇帝ラインハルトやローエングラム王朝は、そのための作品とも言うべき存在でした。
これこそが、彼が他の提督達とは大きく違う理由であり、登場人物の中で体系的な思想を有する数少ない人物であるのは注目に値します。
それは、歴史のなかに民主主義の理念を残そうと奮闘したヤン・ウェンリーと、正反対ながら匹敵していたのではないかと思われます。
自らを粛清したのか?
そのオーベルシュタインは、皇帝ラインハルトの死期が迫ると、あえてその病状が好転したと偽情報を流し、地球教徒の残党をおびき寄せ殲滅しようと試みたのは、前回の記事で述べた通りです。
そして皮肉にも、皇帝を狙ったテロリストの爆弾により、彼は重傷を負い、ほどなく死んでしまいます。
これは作中でも謎多い箇所であり、その死は故意なのか偶然なのか、彼を知る人物たちの間でも意見が分かれています。
皇帝を囮にするという、臣下にあるまじき策を思いついたのはいかにも彼らしいのですが、この時点で地球教は壊滅状態にあり、事実、この最後の襲撃には残り僅かな実行部隊の全てが投入されていました。
ここまでしなくても、通常の取り締まりで早晩地球教団は滅んだと思われ、なぜこんな強引な手段を、緻密な思考の持ち主である彼が採用したのか大きな謎が残るのです。
しかも、オーベルシュタインを殺した地球教団員は、爆弾を投げ込んだのは皇帝の病室だと思いこんでおり、だとすると、皇帝の所在をめぐってミスリードがなされたのではないかとの疑惑が生まれます。
なので、この謎に満ちた行いは、他に理由があるのではないかと私は推測します。
オーベルシュタインは自らが皇帝ラインハルト亡き後、ローエングラム王朝にとって害になると確信していたから、主君の死と地球教団の殲滅と合わせて退場の道を選んだのではないのか?
この主君ありて
皇帝ラインハルトは若くして亡くなりましたが、彼の死後、生まれたばかりの皇太子ジークフリードが後を継ぎ、皇太后ヒルダによる後見体制が出来る事が、作中最後の描写で判明しています。
そして、ここまで生き残った上級大将クラスの提督たちは、ラインハルトの遺言により全員元帥になり、ミッターマイヤーを含めて、ここに獅子の泉の七元帥が誕生します。
もし死ななければオーベルシュタインもその列に加えられた筈ですが、彼は地球教徒の凶弾により倒れています。
オーベルシュタインは強烈な個性と才能の持ち主であり、しかも、作中体系的な思想を有する稀有な人物であったのは先ほど述べました。
そんな彼を嫌いながらも使いこなせたのがラインハルトであり、実際、彼がその手腕を存分に振るえたのは、この主君の器量あればこそでしょう。
また、ラインハルトがいたからこそ、オーベルシュタインと他の提督達の確執も致命的な事態には至りませんでした。
ラインハルトはオーベルシュタインの考えとその本質を良く見抜き、だからこそ、その危険かつ暗い性格や過激な思想にもかかわらず最後まで処断、粛清しませんでした。
新王朝を巡って
ですが、その主君が崩御し、これからの帝国を統治するのは摂政皇太后となったヒルダと皇太子ジークフリードでした。
生まれたばかりのジークフリードはともかく、ヒルダもラインハルトに劣らぬ聡明な女性でしたが、もちろんその性格や方針が全く同じなわけがありません。
まして、オーベルシュタインに対し、先帝の様な寛容さを示してくれる望みはほぼないと言ってよいでしょう。
オーベルシュタインと、ラインハルトの死後実権を握るヒルダとの間には、今後の政策や方針について大きな隔たりが生じるのは間違いないでしょう。
このまま両者が並び立てば、抜き差しならぬ対立が生じるのも避けられないでしょう。
特に、二代皇帝となったジークフリードをどんな君主として育てるかについては、母親のヒルダと、帝王ですら、いえ、帝王だからこそ一切の私情を持たず、全体の利益のために奉仕すべしと言うオーベルシュタインとの考えが、一致するわけがありません。
もしオーベルシュタインに全権が与えられていれば、彼は人類世界の繁栄のため、より小さな犠牲や不条理を一切顧みないようジークフリードを教育したでしょう。
失われる居場所
それは、例えばヴェスターラント核攻撃のように、大多数の利益のためには、一部を見殺しにするのを是とする考えを叩き込む事であり、彼よりもはるかに人間らしさを重んじるであろうヒルダとは完全に相容れないわけです。
皇太后となったヒルダは、当然ながら明らかに理想が異なるオーベルシュタインを警戒し、場合によっては排除に乗り出す事も十分あり得ます。
また、ラインハルト亡き後最大の擁護者を失ったオーベルシュタインは、その政治力を一挙に喪失し、もしかしたら自分から官職を辞するかもしれません。
もしオーベルシュタインが引退すれば、ジークフリード=ヒルダ体制の下でローエングラム王朝は存続し、それは彼の理想とは違うながらも、少なくとも人類宇宙に統一と平和が訪れるわけです。
ですが、それだけではものたりないとオーベルシュタインは考えたのではないか?
禍は根から絶つ。
これまでの生き方からすれば彼がそう考え、実行するのは理の必然だと言えるでしょう。
ヒルダVSオーベルシュタイン
オーベルシュタインは理想の王朝の実現のために全生涯を捧げ、そのため敵味方にどれだけの犠牲を出しても悔いはありませんでした。
だからこその謀略であり、ローエングラム王朝の暗部を一手に引き受け、皇帝ラインハルトに憎悪が集中しないようあえて嫌われ役に徹したのも、ひとえにその目的があったからです。
そして、仮にラインハルトが死んでも、二代皇帝ジークフリードがいますから、彼は本心ではこの幼き後継者を育成し、理想の君主に仕立て上げ、新帝国の基盤固めのため、思う存分腕を振るいたかったでしょう。
ですが、その母ヒルダが皇太后としてジークフリードの後見者となる限り、彼の自由には行きません。
しかもヒルダは、ラインハルトが認めるほどの能力と見識があり、おまけにオーベルシュタインとは明らかに違う考えを持っています。
事実彼女は、ラインハルトの心に宿る繊細さや純粋さを愛し、彼に完璧な専制君主として振る舞う事を求めるオーベルシュタインと戦う決意を早くから決めています。
両者の対立が激化すれば、最終的には血で血を洗う内戦や権力抗争になりかねません。
そうなれば、獅子の泉の七元帥もそれに巻き込まれるのは避けられない。
ですが仮に両勢力が衝突しても、オーベルシュタインサイドに勝ち目は無かったでしょう。
彼は軍務尚書でしたが、実戦部隊を率いるのは提督達であり、頼みの憲兵隊も、それを掌握するのはケスラーであり、その彼は地球教徒の襲撃から身重のヒルダとアンネローゼを救った忠臣です。
なおかつ、ヒルダの父マリーンドルフ伯は国務尚書であり、なにより皇帝の姉、グリューネワルト大公妃ことアンネローゼが最強の後ろ盾になるのは確実です。
そして、オーベルシュタインはキルヒアイスの死に間接的ながらも影響を与えている以上、アンネローゼが彼に味方する理由は全くありません。
のみならず、宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤーは間違いなく王朝の守護者としてヒルダや新帝ジークフリードのために戦ってくれるでしょう。
仮にオーベルシュタインが派閥を持っていたとしても、短期間で彼等は王朝中枢から放逐され、在野に逼塞するのを余儀なくされたでしょう。
その反面、彼には謀略の才があり、それを用いて反撃を試みるかも知れません。
私は危険な男だ
そしてそれは、成立間もない新王朝の分裂・瓦解・長引く戦乱を誘発し、歴史の退行を引き起こしてしまう。
オーベルシュタインは内心そう危惧していたのではないのでしょうか。
それならば自分から退場し、余計な火種をまかない方が良い。
ここまでは分かります。
ですが、それを通り越して死んでしまったのはなぜなのか?
オーベルシュタインの行動原理は、人類全体の幸福のため、腐敗を極めたゴールデンバウム王朝を打倒し、ローエングラム朝と言う理想の帝国を建設し、その基盤確立にまい進する事にありました。
つまり彼が生きている限り、例え引退したとしても、一兵一艦も持たなくても、得意の謀略を駆使して、新帝国に害をなす力を持ち続ける事になる。
当然ながら皇太后のヒルダは警戒するでしょうし、元々仲の良くなかった獅子の泉の七元帥も、疑惑と不審の目を向けるでしょう。
のみならず、オーベルシュタインとしてはこう思ってたかもしれません。
自分が生きていれば、いつか必ず今の体制に不満を持ち、謀略等で帝国の災いとなってしまうのではないか?
災いの根絶
そうです。
オーベルシュタインと言う男は、自分自身にすら冷厳かつ容赦ない観察と分析を行い、彼自身が帝国に取って癌になると正確に予想していたのではないでしょうか。
と、言う事は、彼が生きている限りその危険は消えることなく、またもしそうなれば、帝国は再び内乱となり、せっかくの大統一も新王朝も、つまり、彼の理想は全て水の泡になってしまいます。
ですが、それ以上に本人は、そうなる危険を少しでも除きたかったのではないでしょうか?
それに、彼の理想は皇帝ラインハルトと、彼によって統治されるローエングラム朝銀河帝国にこそありました。
実際には、オーベルシュタインはそのラインハルトですら完璧ではないと考えており、出来れば幼少の主君に徹底的な帝王教育を施し、理想の皇帝にする事を望んでいたとされます。
しかし、それならなおの事、二代皇帝ジークフリードと、摂政皇太后ヒルダが実権を握るであろう帝国では、その理想を実現する望みは皆無である。
オーベルシュタインはそう考えたのではないでしょうか?
だからこその、皇帝ラインハルトを囮にしての地球教殲滅作戦であり、しかも、彼らの凶弾で自分が倒れるとともに、帝国に取って最後の危険分子である彼らにとどめを刺す計画を立てた。
冷酷非情な人道家
パウル・フォン・オーベルシュタインはこれまで述べて来たように、冷酷非情で隙が無く、得意の謀略とあわせて、敵のみならず味方からすらも恐れられ、畏怖されてきました。
それでいて、作中人物のなかでひと際大きな存在感と人気を誇り、意外なまでに読者たちの理解と共感を得ているのは、ただの陰謀家などではなく、純粋なまでの理想を持ち、その理想のためには己をすら犠牲にしても厭わぬと言う徹底ぶりにあるでしょう。
彼は残酷な進言を一度ならずしましたが、その全てが、より大きな犠牲を防ぐためと言う点では一貫していました。
皇帝ラインハルトや提督達の方が遥かに人間味があり分かりやすく、好感を抱く要素に恵まれている筈ですが、実は彼らの武断統治こそ、作中では敵味方により多くの犠牲を強いていたのは間違いありません。
無論、オーベルシュタインにより犠牲にされた人物は数多いましたが、ヴェスターラントを除けば、その牙にかけられたのは権力者や要人がほとんどで、民間レベルではより多くの命が救われた、少なくともそうしようとしていた事は、紛れもない事実なのです。
この強烈な信念と、それを裏付ける体系的な思想は、これまでにも取り上げましたが、匹敵するのはヤン・ウェンリーくらいしか思いつきません。
あるいは彼は、ベクトルは違えど、最終的に目指していたのはヤンと同じものだったのかも知れません。
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