Mr. Short Storyです。
今回も銀河英雄伝説について考察したいと思います。
前回は、ヤン・ウェンリーがなぜ志半ばで倒れなければならなかったのかについて考察しました。
その上で、たった一人の英雄や偉人によって全てがなされるのは民主主義の本旨ではなく、ヤンが、そして彼とラインハルトのみで全ての未来を決めてしまっては、その理念は決して実現しないからこそ、彼が中途退場する必然性があったと結論しました。
本来なら主権者であるはずの市民たちが、自分たちからは何もせず、なんの主張もしないまま、どこからか偉人なり聖者なりが現れ、彼らの苦しみも責任も全て負ってくれ、代わりに決めてくれるのを期待するだけでは、民主主義における進歩はおろか、取り返しのつかない腐敗と後退を招く事になってしまう。
だからこそ銀河連邦はルドルフの独裁を招き、そして自由惑星同盟もラインハルトによって生まれ変わった帝国軍の前に滅んだのでした。
ヤンの死は甚大な損失でしたが、だからこそユリアン始め生き残った人々がその遺志を受け継ぎ、民主主義の火を守るべく戦い抜いた事実は、それ以上に大きな意義や価値を後世に伝える事になったのだろうと思います。
さて、自由惑星同盟にはヤンの他にも民主主義を守るべく奮闘した名将がもう一人いました。
同盟最後の宇宙艦隊司令官アレクサンドル・ビュコックです。
彼は末期の同盟においてヤン達とともに帝国軍と戦い、最後はマル・アデッタ星域で圧倒的な大軍を相手に奮戦の末戦死。
後々まで敵味方の称賛と尊敬を集める存在となります。
※このブログの動画版
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謎に満ちた決戦
しかしその反面、戦略的には同盟軍の勝利は絶望的であり、事実、この戦いに参加した200万人を数える同盟軍将兵の大半が戦死。
自由惑星同盟の滅亡を防ぐどころか、それを遅らせる事も出来ませんでした。
その事はビュコック自身良く分かっていた筈です。
にもかかわらず、勝てる見込みのない戦いを敢えて挑み、老練な用兵で敵を感嘆させこそしましたが、結果から言えば善戦したに留まります。
純軍事的に言えば、見るべき成果はあげられなかったのです。
それどころか、後世の歴史家から参加した将兵は犬死を強いられたと批判されるリスクは大いにあったでしょう。
ビュコックは同盟軍の中でも、ヤンとならび軍国的価値観に毒されていない人物であり、民主主義に対する理解も、彼に勝るとも劣らないものがありました。
確かに祖国に殉じる気持ちは強かったでしょう。
ですがそれ以上に、自らの死に大勢の若者を付き合わさせる愚行を敢えて彼が行うとも思えません。
その彼が、マル・アデッタで皇帝ラインハルトと正面から戦ったのはなぜか?
今回は彼の行動と死にまつわる謎について考察したいと思います。
ビュコック最後の戦い
アレクサンドル・ビュコックはバーラトの和平後、ヤンらと共に退役しており、しかも既に高齢でした。
もし帝国の進攻があったなら、本来迎撃の任に当たるのは彼より若いヤンのはずでした。
ですが同盟政府は、帝国の圧力をかわすため、ヤンを拘束し極秘裏に始末してしまおうと暴走を始め、彼らと決別したヤンは、部下達を率いてハイネセンを脱出。
一時行方不明となります。
この時点で、皇帝ラインハルトを迎え撃てるのはビュコックしかいなくなってしまいました。
彼は自ら現役復帰し、マル・アデッタ星域に艦艇約二万隻を集結させ、皇帝ラインハルトに決戦を挑み、そして敗れ、戦死しました。
帝国軍の降伏勧告に対し、彼は民主国家に生きる軍人としての矜持を示し、参謀長チェン・ウー・チェンらと共に散りました。
戦略か意地か
この戦いに対し批判的な見方をすれば、正面決戦では勝てる望みは無いのにあえてそれを挑んで、大勢の将兵を戦死させている、と言う事に尽きるでしょう。
確かに、民主主義を奉じた国家が危急存亡の秋に際し、誰も専制国家と戦わず、そして殉じもしないというのでは、敵味方、そして後世の人々から失望や軽蔑を招くのは間違いありません。
また、最後にビュコックが皇帝ラインハルト達に示したように、民主主義のために戦う気概や意地を、敵味方に見せつけたいとの思いもあったでしょう。
マル・アデッタにおけるビュコックの戦いぶりは、経験豊富な彼の戦術の集大成と言うべきであり、その柔軟かつ粘り強い戦いにより、一時同盟軍は、ラインハルトの本営を捕らえる寸前まで攻めています。
ビュコックは戦闘中、本気でラインハルトを倒すつもりだったのは間違いなく、少ない可能性に一縷の望みを託していたのは間違いありません。
ですが、元々ビュコックはヤンと同様、軍国主義の枠に囚われない柔軟な思考と広い視野の持ち主であり、目先の戦闘に全てを賭けるような人物ではありませんでした。
また、民主主義に対する理解の深さは前に述べた通りであり、同盟と言う国家に対しても、独裁国家として存続するくらいなら民主国家として滅んだ方が良いと発言するなど、冷静かつ相対的に見る事が出来ました。
正面決戦は愚行か
その彼が、ただ同盟と言う国家を一時的に存続させるためだけに絶望的な抵抗を行うとは考え難く、まして、それに大勢の将兵を付き合わせるとは想像がつきません。
確かに民主主義を守る戦いではありました。
ですが、なけなしの戦力を一カ所に集めて正面決戦を挑めば、圧倒的な大軍の前に短期間でせん滅されてしまうリスクは極めて高く、最悪足止めにすらなりません。
だからこそビュコックは、マル・アデッタを決戦場に選び、複雑な地形を最大限活かし、大兵力を誇る帝国軍と出来得る限り有利な態勢で対決しようとしたのでしょう。
とはいえ、やはり短期間で同盟軍は撃破されており、ビュコックの狙いは硫黄島のような長期持久戦ではなかったのは明らかです。
彼はラインハルトの本営を突く事にこだわりました。
もしこの積極策がなかったら、同盟軍はもうしばらく持ちこたえる事が出来たでしょう。
残る勝算
昨年行われたランテマリオ会戦でも、圧倒的な帝国軍相手にビュコックは劣勢な兵力で対決しますが、この時同盟はまだ帝国に降伏しておらず、ランテマリオより先にある有人星系を守るためにも引き下がるわけにはいきませんでした。
ですがマル・アデッタの時は、すでに同盟は一度帝国に降伏した後であり、ラインハルトの侵略に抵抗する必要はあっても、正面決戦に固執する必要はなかったはずです。
むしろ領内奥深くに引きずり込み、ゲリラ戦で敵の補給線、連絡線を切断し、その行動を妨害した方が、長期に渡り戦う事が出来たでしょう。
事実、ランテマリオ会戦以前にもこの作戦は検討され、もしイゼルローンを放棄したヤン艦隊が間に合えば、敵が疲弊しきった所を前後から挟撃すると言う、理想的な展開も望めたのです。
この時は、戦略よりも政治的な理由のため断念せざるを得ませんでしたが、マル・アデッタの時はその制約も、また余裕もなくなっていたのです。
にもかかわらず、ビュコック達は皇帝ラインハルトの本隊に戦いを挑み、短期間で敗れ去った。
ビュコック達はこの戦いに年齢制限を設け、30歳以下の将兵の参加を許しませんでした。
彼の副官スーン・スールなども離脱を命じられています。
このように考察すればするほど、ビュコック、もしくはビュコックに付き従ったチュン・ウー・チェンなどの行動には謎が残るのです。
チュン・ウー・チェンの深謀遠慮
バーラトの和平を経て、ビュコックが退役した後宇宙艦隊司令長官代理になっていたチュン・ウー・チェンは、ヤン艦隊の幹部であったムライ、フィッシャー、パトリチェフ達に五千隻を超える艦隊を譲渡し、ヤンと合流させるよう手配しています。
既に帝国軍の大進攻が迫りつつあるこの時期、本来なら一隻でもそろえたい艦艇を大量に割くこの措置は、利敵行為と受け取られる危険が十分ありました。
それにヤン艦隊の幹部、特に艦隊運用の名人であるフィッシャーなどは、決戦を控える宇宙艦隊司令部からすれば、喉から出が出るほど欲しい人材であったはずです。
彼のこの行動を、しかし、復帰したビュコックは責めませんでした。
この時点でヤンの行方は分からないままであり、彼の来援を期待できる当てがないのは言うまでもありません。
なのでこの措置は、チェン・ウー・チェンが主体的に行ったのは間違いないでしょう。
チュン・ウー・チェンは一参謀に留まらない幅広い識見を持つ人物であり、復帰したビュコックを支えつつ、元首ジョアン・レベロの諮問にもしばしば応じています。
第一次神々の黄昏作戦時には、帝国軍別動隊と交戦中のヤンを、イゼルローンから呼び戻すよう提案したのは彼でした。
帝国軍再度の大侵攻に際して、彼が取った一連の行動は、同盟滅亡を見越して、将来に少しでも希望をつなごうとの試みだったのは確かでしょう。
そしてビュコックもその考えに賛成、もしくは同意していたのも間違いないでしょう。
老将多くは語らず
さて、ここまで経緯を述べましたが、ここからは仮定の話になります。
ビュコックがもし、チュン・ウー・チェンの考えをそれとなく認めるだけではなく、実はより積極的に加担していたとしたら?
もっと言えば、実はマル・アデッタ自体が、ヤンとラインハルトと言う当代最高の天才たちを騙すための壮大な罠だったとしたら?
ビュコックはこの戦いで死ぬことも、同盟が敗れて滅亡する事も確信していたでしょう。
その上で、戦術家として皇帝ラインハルトの首級を挙げる可能性に一縷の望みを託した。
ですが、だからといって、二百万もの将兵を、何の目的もなく道連れにするような人物であるとはやはり思えません。
実はこれは緻密な計算と連携のもとなされた作戦だったとしたら?
次回の記事でこの点について考察したいと思います。
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