「諸君、私は戦争が好きだ」


かの少佐の言葉に感嘆したミリタリーマニアがどれほどいるか知らないが、少なくとも私はその一人。



「戦争映画とかね、そんなものは観ないですよ」


鋼の錬金術師の単行本に書かれてた、実際の戦争経験者へのインタビューの一言。


相反してるねー、ミリマニと経験者の感性ってやつは。



現在、戦争はコンテンツと化した。

戦争映画、戦争漫画、戦争ゲームetc。それらメディアの主題は「反戦」だったりするけど、結局はアクションシーンとかいって人がばかばか死ぬ様子を見てわくわくするのが私達の世代だ。


別におかしくはない。

銃はかっこいいし、戦争は命が失われないなら最高のゲームだ。マッド・デイモンが拳銃を握ってる姿は様になってるし、最新作のアジャストメントで銃を手放してる彼の姿はちょっと物足りないと思った。


我々日本人にとって、戦争はモニターの中のエンターテイメントとしてしか触れられない。触れる機会は戦後に全て撤廃され、21世紀になって中国が近海で軍事演習しててもニュースで大きく取り上げられないくらいには戦争は無視されている。少なくとも日本では。


戦争というのは自らの意志を相手に強要する政治的行為だ。その原点は闘争にあり、すなわち人間の本質である。

本質に闘争が備わっているなら、私達が闘争を奨励することに理由はない。戦争を止めようと叫ぶこと自体が遺伝子に逆らっているといえる。人間の歴史が闘争の歴史と呼ばれる所以だ。闘争こそが自然であったから、今まで世界中で剣が振られてきたわけだ。


じゃあ、今世界で「戦争を止めよう」と叫んでる人は何者なんだ。



何で今、日本は平和なんだろう。ちょっと前まで外国人の耳を切り落としたり、他国の村を襲撃してこっそり強姦したり、250kg爆薬を積んで米艦に肉薄戦を仕掛けていた日本人はどうしてしまったのだろう。山本五十六が死んだからか。


平和が訪れて既に幾十年、少々の小競り合いでナイフが首を切ったり腹を刺したりはしたけど大規模戦闘は日本のどこでも起こってない。世界はAKだらけだというのに。歴史の先頭だけが異常なのだ。



これは近代戦争の発展が戦争の形を変えたからだ。

メタルギアソリッド4でも言ってたけど、最近本当にそう思う。



歴史に描かれた戦争は剣と弓の射程の中での闘争だった。政治的な謀略や取引も戦争に介在しただろうし、偉い人の都合が兵士の命を右に左に振りまわすことはあったが、敵を殺して無力化するには少なくとも数十メートル以内に近づく必要があった。

これは敵勢力からの反撃のリスクを内包し、その回避は不可能であり、必ず双方が戦力を減少させることになる。また近接戦闘行為自体が別の戦闘を呼び起こし、戦争の規模は拡大するばかりで、相手が完全に打倒されない限り終結は望めなかった。ナポレオンのように。


この歴史の戦争と近代戦争の違いは、まず「射程」だ。

ミサイルのことだ。


制服やスーツを着た中年の親父が電話で一言、

「対象施設に攻撃」


何千キロも離れた基地から放たれたロケットは月ではなく他国の領土に第一宇宙速度未満で侵入し、数十数百の兵の集まる施設を瓦礫と炭素と蒸気に変化させる。


弓矢じゃこんな真似できない。


こっちがせいぜいAKにスコープつけてちまちま狙撃してるとき、頭上からミサイルが飛んできたら戦争どころじゃない。国家の戦闘意欲をばらばらにされるのだ。これまでの戦争の定義に達してすらいない。戦争しようと思う前に打倒されるのだ。


これだけの技術をもった国家が在るとするなら、なるほどその国家内では戦争を避けることができる。何しろ敵がいないのだから。敵がいるとしても、彼らはせいぜいテロで存在をアピールするくらいしかできない。そんなものでは大国は揺るがない。


日本はその大国に守ってもらっているから、同じ恩恵を受けながらテロの標的にはならないという破格の好待遇を実現できているというわけだ。小さな島国として最高の戦略だろう。


戦争を制限する憲法の存在。

大国の庇護。

テロの標的にならない。


知識がないのでよく知らないが、世界中探してもこんな国は無いのではないか。スイスやコスタリカには積極的な軍事力はないけど、軍隊の放棄だけで平和がやってくるなんて単純な世界ではないことくらいみんな知ってる。日本の置かれている条件は特異過ぎて、他国と比しての考察が難しい。


つまりだ。


人が変わったから戦争が変わったのではない。

戦争が変わったから人が変わったのである。


人が変われば戦争感も変化するということ。


平和ボケと呼ばれる日本人は、米国の大陸間弾道ミサイルなどの圧倒的戦闘火力が作り出した血の結晶というわけだ。


血は平和に変わり、平和は更なる戦争断絶を叫び、更なる戦争断絶は一体何をするのか。


一巡して血を呼び込んだりしないことを、私はコールオブデューティーでFAMASを撃ちながら、願う。




X-MEN:ファーストジェネレーションを観た。

「メタルギアソリッド」シリーズを手がける私の大好きな小島監督が面白いと言ってたから。6月11日はミュータント記念日。

というわけで先週末、観に行ってた。

【このブログはネタバレを含みません】


X-MENシリーズ最新作は、かのプロフェッサーXとマグニートーの若き日の始まりの物語。冷戦下の緊張状態にミュータントの存在が加わって巻き起こる、世界の確執とマグニートー自身の確執の生誕を描く。

しかし私はこのシリーズを過去にひとつも観てなかったので。
X-MENには時系列に沿った形で触れることになったわけである。

そんな新参の私の思う不安要素は、
・ストーリーは理解できるか
・X-MEN1などのネタバレを含むのでは
・ていうか面白いのか

というところだった。
うん、全部解決しました。

面白かったです。

金属を自由に操れるミュータント。
人の心に侵入できるミュータント。
ヤミヤミの実みたいに吸ったり出したりできるミュータント。
ジャンパーよりかっこよくテレポして戦うミュータント。

この少年漫画にありそうな能力の行使を最新技術を用いて描ききり、さすがに無理があるのでは?といったツッコミを圧倒的な説得力を含む映像で吹き飛ばす。

能力の根源は非科学的だが、その使用感は現実そのものだった。ミュータントの力が軍事力に対しどの位置になりえるのか、どれだけの脅威になりえるのか。

それは「金属を自由に操れればどこまでいけるか」という疑問に対する答えと同等となる。よくは知らないが、ミュータントにはエネルギーの枯渇、つまり戦闘継続力の限界がない(ようにしか見えない)。それは言い換えれば「何発ミサイルが飛んできても平気」であるということだ。

そんなミュータントの存在が世界に及ぼす影響を大真面目に描ききった作品だったと思う。いや、X-MENシリーズ観たのはこれが初めてだから、これまでもそうだったのかはわからないけど。とにかくファーストジェネレーションの脚本には驚かされたわけで。


映画評などというものは不完全なもので、眼に訴えかけるメディアたる映画を文字で表せと言われてもこちらが言えることは要するに「面白いか否か」に集約される。未視聴の読者がレビュアーに求める点はそれのみである。だから自信を持って宣言する。


「X-MENの映画は観るべき!」



小島監督も言ってたしねー。

【予告編】

「平和が俺に何をした?」


(予告編観てたらまた胸が熱くなってきた。ちなみに現在、シリーズコンプ中)

寒い。

身体が寒い。



大学内の生徒らはまず、出会いがしらに気温の低さへ抗議する。


「今日さみ~」


「マジでマジで」


「死ぬよな」


「マジやべぇ」


「そんな貴方にご紹介しましょう!」


「えっ」


「本場インディアンから学んだ越冬術が記された、トム・ブラウン著の『トラッカー』!

これを読めば貴方も寒さとお友達になれるっ」


「そんなことよりスタバ入らね」


「ええー」


「その本ってコーヒーより暖かいの」


「いや常温だけど」


「ス・タ・バ!」


「イエス!」



というわけでさっきまで電車で読んでたこの本。

寒さに耐えるためのコツみたいのが書かれてた。

 

スニーキング・ウルフと呼ばれ尊敬されるインディアンの師父が言うには

自然の寒さに無理に逆らわず、我慢とかするな・・・ということらしい。


でさっそく帰り道、宇宙服のようにびっちり隙間を埋めた外装をわざわざ開いて

風を引き入れ、自然とやらを受け入れてみた。


寒いじゃないか。

まず背筋に悪寒を感じた。私はいつも背中から寒さを感じるので、ああ来たな、

こりゃ失敗のようだ、と思った。でもジャケットのボタンを外して身体を冷たくした

以上、いまさら遅い。続けるしかない。


とりあえず、寒さに対して無意識に行う「我慢」をしないようにしてみた。

寒さとやらを受け入れてみようとしたわけだ。意外にも子供の頃からこうした

実践をした経験はあまりなく、いつも強張らせていた身体にまっすぐ吹き込んでくる風

というものを感じるのは初めてだったと思う。


結果、5分ほど続けていたら寒さは消えた。


普段は指の先まで縮こまるところだが、今回は手袋の中もポカポカとして、

まるでまあまあ暖かい室内にいるようだった。嘘みたい。



これでファッ○ン・ウィンターも怖くないね!

トラッカー―インディアンの聖なるサバイバル術/ジュニア,トム ブラウン
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まあ師父が言いたいのはこんなことじゃないんだろけど。


夜25時、唐突にブログをはじめようと思い立った。


Googleの検索バーにブログとだけ入力し、一番上に表示されたAmebaさんのサーバーをお借りした。

難しい設定は皆無で、いつの間にやら第一稿を書いていた。


やるね、あんたすごいよAmebaさん。

人なのか企業なのか微生物なのかその正体は知ったこっちゃないが礼を言っておく。



本ブログの方向性はまだまったく決まっていない。

いや、決まっているわけがない。企業のプレゼンも企画も経ていない矮小な個人が勝手気ままに創った作品に、あらかじめこうあるべきなどという指針が含まれるはずもない。そんなものはこれから考える。


おそらく映画やアニメ、漫画に小説ちょこっと日常について書くことになると思う。

まあ、それってやはり方向性皆無ということかね。




というわけで。

明日終わってもおかしくない、タイトルすら(仮)の小さなブログ、

はじめるよ。