今日も仕事に気合を入れすぎてしまった。
あまりの熱の入れように若干あきれられつつ、それでも皆、温かく受け入れてくれたけれど、家に帰って時間が経つと、また「あれ忘れた」「こうしたほうが良かったんじゃないか」という後悔の嵐が……。
完璧なんてあり得ないんだから、考えてもしょうがないのに。
なんだか自分の思惑ばかりを押し付けたような気がして、申し訳なくて。
自分がこんなにメンドクサイ人間だとは思わなかった。
さらに、最近若干鬱気味だった原因にも気づいてしまった。
それが本当にしょうもない、そして改善の見込みのないことで、自分自身呆れ果てて涙が出そうになりましたよ。
酒もタバコもクスリもやらないけど、それよりももっと強烈で中毒性の強い脳内麻薬に支えられてたんだってこと。
今更ながら思い知った。
四半世紀も依存していたものを、今更手放すことはできない。
若いころには冗談めかして言ってたけど、これは本気で心中するしかないのか……。
なんか今日は疲れたな……というか、いろいろ考えすぎた。
別に仕事がうまくいかなかったわけじゃないんだけど。
普段が地方予選なら、これはオリンピック位の気持ちで臨んだ仕事だったから、目標としてたハードルが高すぎて。
終わってから時間が経てば経つほど、そのハードルをぜんぜん超えられていなかったことに気づいて、反省と悔しさと情けなさでグルグルしてしまった。
やっぱり、ちょっと気合入れすぎたかな……。
舞台は違っても同じ仕事なんだから、いつも通り行ったほうがよかったかもしれない。
っていうか、本当は仕事によってそんなに意識を変えちゃいけないんだけど。
オリンピックならオリンピック、地方予選なら地方予選で、全部同じ気持ちでいかなきゃいけないんだけど。
人間は緩急がないと生きていけない生き物なので仕方がない。
さらに、そのあとの仕事では、仕事相手から「私、うつ病になりました」という衝撃の告白が。
聞いてみたら、3日間椅子に座りっぱなしで食事もできず、「これはおかしい」と思った旦那さんに病院に連れて行かれ、そういう診断が下ったらしい。
精神的に追い詰められていた理由は明白だけれど、そのストレスを自覚することも、悩むこともなかったのに、いつのまにか脳のバランスが狂っていたという話を聞いて、他人事じゃないなと思った。
この前も普通は一晩で終わる仕事が3日かかったり、さっきも3時間くらい何もしないでコタツでボーッとしてしまったり。
そのせいですこぶる仕事の効率が悪かったり、ちょっと出歩くとすぐ疲れてお茶しに入ったりするのって、もしかして何か心か体に問題があるんだろうか。
あんまり気にしないようにしてるけど。
変なところに負荷をかけすぎて自然に振舞えなかったり、代わりに気づくべきことに気づかなかったり。
最近ちょっとバランスがおかしい。
別に仕事がうまくいかなかったわけじゃないんだけど。
普段が地方予選なら、これはオリンピック位の気持ちで臨んだ仕事だったから、目標としてたハードルが高すぎて。
終わってから時間が経てば経つほど、そのハードルをぜんぜん超えられていなかったことに気づいて、反省と悔しさと情けなさでグルグルしてしまった。
やっぱり、ちょっと気合入れすぎたかな……。
舞台は違っても同じ仕事なんだから、いつも通り行ったほうがよかったかもしれない。
っていうか、本当は仕事によってそんなに意識を変えちゃいけないんだけど。
オリンピックならオリンピック、地方予選なら地方予選で、全部同じ気持ちでいかなきゃいけないんだけど。
人間は緩急がないと生きていけない生き物なので仕方がない。
さらに、そのあとの仕事では、仕事相手から「私、うつ病になりました」という衝撃の告白が。
聞いてみたら、3日間椅子に座りっぱなしで食事もできず、「これはおかしい」と思った旦那さんに病院に連れて行かれ、そういう診断が下ったらしい。
精神的に追い詰められていた理由は明白だけれど、そのストレスを自覚することも、悩むこともなかったのに、いつのまにか脳のバランスが狂っていたという話を聞いて、他人事じゃないなと思った。
この前も普通は一晩で終わる仕事が3日かかったり、さっきも3時間くらい何もしないでコタツでボーッとしてしまったり。
そのせいですこぶる仕事の効率が悪かったり、ちょっと出歩くとすぐ疲れてお茶しに入ったりするのって、もしかして何か心か体に問題があるんだろうか。
あんまり気にしないようにしてるけど。
変なところに負荷をかけすぎて自然に振舞えなかったり、代わりに気づくべきことに気づかなかったり。
最近ちょっとバランスがおかしい。
妹とオリンピック女子フィギュアのフリーを見た。
見終えたあと、なんとも言えない気持ちになって、このモヤモヤは一体何だろう?と話し合った結果、「むなしさ」だという結論に到った。
怒りでもない。悔しさでも、悲しみでもない。
一番衝撃的だったのが、キスクラで点数が出たときの浅田選手の、あの表情!
まさに「茫然自失」を絵に描いたような……銀メダルを獲得して、あんな顔をしてる選手なんて見たことがない。
いくら自分が目指してきた金メダルが取れなかったとはいえ、間違いなく今季一番の内容で、200点超えして、パーソナル・ベストも出して。
普通の選手なら飛び上がって喜ぶべきところを、なぜあんな表情をしていたのか。
それは、今まで自分が信じてきたものが無残にも崩れ去ってゆく様を、まざまざと見せ付けられたからだと思う。
トリプルアクセル2回をフリーでクリーンに飛ぶことを至上命題にして、そうすれば金メダルが取れると周りに言われ続け、自分でも言い聞かせて。
それを見事にやってのけたのに負けた。しかもとんでもない大差で。
これが僅差での負けなら、自分のミスのせいだと自責するだけで済んだと思う。
けれども、あの点差を見て彼女は悟ったんじゃないかな。
自分がどんなに頑張っても、クリーンにジャンプを跳んでも、たとえライバルと同じ演技をしたところで勝てない。
個人の努力や技術ではどうすることもできない力の存在と、最初から用意されていたシナリオが自分だけに隠されていたんだってことを。
その力の存在は、真央ちゃんの一つ前に滑った彼女が演技を終えたとき、普段は絶対に見せない涙を見せたことが物語っていたと思う。
真央ちゃんとは比べ物にならないくらいのプレッシャーをかけられ、後押しを受けて。
もし金メダルが取れなかったらどれだけのバッシングを国で浴びるかも、彼女はわかっていたはずだから。
そんな中で見事に持てる力を発揮した彼女の精神力の強さには、素直に賞賛を贈りたい。
だけど。
どんなに頑張っても報われないことが、世の中にはたくさんある。
それは仕方のないことだけれど、「頑張れば報われる」と信じていなければ人間、生きていけないわけで。
そんな「希望」を大衆に与えるのも、スポーツの大きな役割だと思う。
それなのに、今回の試合からは、真逆のものしか感じなかった。
清々しさを与えてくれたのは、最終滑走者の溌剌とした演技と笑顔だけだった。
こんなものスポーツじゃない。
現実には綺麗事の通じない世界で、綺麗事を求め続けられてきた彼女の精神の糸は、今や断裂寸前なんじゃないだろうか。
こんなんじゃ「競技生活引退する」って言い出しても、仕方ないと思う。
こんな中で「戦え」と言われたって、これ以上どうしていいかわからないだろう。
長年アメリカに住んで、某国出身の友人もたくさんいて。
その性格や傾向も十分に熟知・受容し、帰国したときはライバル方の選手を賞賛していた妹が、試合を見終えて言った。
これじゃ、国自体に対しての印象も悪くなっちゃうよね……と。
頂点に立つためには、なりふり構ってはいられない。それは事実。
でも、スポーツの世界だけは、そうであってほしくなかった。
男子フィギュアの清々しさが、今はとても眩しい。
見終えたあと、なんとも言えない気持ちになって、このモヤモヤは一体何だろう?と話し合った結果、「むなしさ」だという結論に到った。
怒りでもない。悔しさでも、悲しみでもない。
一番衝撃的だったのが、キスクラで点数が出たときの浅田選手の、あの表情!
まさに「茫然自失」を絵に描いたような……銀メダルを獲得して、あんな顔をしてる選手なんて見たことがない。
いくら自分が目指してきた金メダルが取れなかったとはいえ、間違いなく今季一番の内容で、200点超えして、パーソナル・ベストも出して。
普通の選手なら飛び上がって喜ぶべきところを、なぜあんな表情をしていたのか。
それは、今まで自分が信じてきたものが無残にも崩れ去ってゆく様を、まざまざと見せ付けられたからだと思う。
トリプルアクセル2回をフリーでクリーンに飛ぶことを至上命題にして、そうすれば金メダルが取れると周りに言われ続け、自分でも言い聞かせて。
それを見事にやってのけたのに負けた。しかもとんでもない大差で。
これが僅差での負けなら、自分のミスのせいだと自責するだけで済んだと思う。
けれども、あの点差を見て彼女は悟ったんじゃないかな。
自分がどんなに頑張っても、クリーンにジャンプを跳んでも、たとえライバルと同じ演技をしたところで勝てない。
個人の努力や技術ではどうすることもできない力の存在と、最初から用意されていたシナリオが自分だけに隠されていたんだってことを。
その力の存在は、真央ちゃんの一つ前に滑った彼女が演技を終えたとき、普段は絶対に見せない涙を見せたことが物語っていたと思う。
真央ちゃんとは比べ物にならないくらいのプレッシャーをかけられ、後押しを受けて。
もし金メダルが取れなかったらどれだけのバッシングを国で浴びるかも、彼女はわかっていたはずだから。
そんな中で見事に持てる力を発揮した彼女の精神力の強さには、素直に賞賛を贈りたい。
だけど。
どんなに頑張っても報われないことが、世の中にはたくさんある。
それは仕方のないことだけれど、「頑張れば報われる」と信じていなければ人間、生きていけないわけで。
そんな「希望」を大衆に与えるのも、スポーツの大きな役割だと思う。
それなのに、今回の試合からは、真逆のものしか感じなかった。
清々しさを与えてくれたのは、最終滑走者の溌剌とした演技と笑顔だけだった。
こんなものスポーツじゃない。
現実には綺麗事の通じない世界で、綺麗事を求め続けられてきた彼女の精神の糸は、今や断裂寸前なんじゃないだろうか。
こんなんじゃ「競技生活引退する」って言い出しても、仕方ないと思う。
こんな中で「戦え」と言われたって、これ以上どうしていいかわからないだろう。
長年アメリカに住んで、某国出身の友人もたくさんいて。
その性格や傾向も十分に熟知・受容し、帰国したときはライバル方の選手を賞賛していた妹が、試合を見終えて言った。
これじゃ、国自体に対しての印象も悪くなっちゃうよね……と。
頂点に立つためには、なりふり構ってはいられない。それは事実。
でも、スポーツの世界だけは、そうであってほしくなかった。
男子フィギュアの清々しさが、今はとても眩しい。
最近、家の中でいろんな物が姿を消す。
例えばブーツ。
探しても探しても二足見つからない。
見つからないうちに春になってしまう。
例えば仕事で書き溜めてきたノート。
箱の中に入れてたと思っていたのに、開けてみたら空だった。
次元の歪みにでも落ちたのか、誰かが持ち去ったor片付けたのか。
一番怖いのが、自分で片付けておきながら、その事実や場所をすっかり忘れているというパターン。
……でも、その可能性が一番高い。
テレビでブタペストのカフェ見てたら、ウィーンに行きたくなった。
そういえばもう四年くらい、ヨーロッパに行ってないなあ。
また、そういう仕事舞い込まないかなあ。
例えばブーツ。
探しても探しても二足見つからない。
見つからないうちに春になってしまう。
例えば仕事で書き溜めてきたノート。
箱の中に入れてたと思っていたのに、開けてみたら空だった。
次元の歪みにでも落ちたのか、誰かが持ち去ったor片付けたのか。
一番怖いのが、自分で片付けておきながら、その事実や場所をすっかり忘れているというパターン。
……でも、その可能性が一番高い。
テレビでブタペストのカフェ見てたら、ウィーンに行きたくなった。
そういえばもう四年くらい、ヨーロッパに行ってないなあ。
また、そういう仕事舞い込まないかなあ。
藤田まことさんが亡くなった。
そのことを知って感じたショックの大きさに、自分でもビックリしてしまった。
思い返せば小学生の私にとって、毎週金曜の夜に布団の中から「必殺仕事人」を観るのが、週末のささやかな贅沢であり楽しみだった。
「婿殿!」と叱責される中村主水に笑いながら、殺陣のシーンのカッコよさに見惚れ、中条きよし、三田村邦彦、京本政樹、村上弘明らの仕事人の妖しさや美しい手さばきにウットリして。
人間の裏と表……今風に言うとギャップ萌え(笑)の魅力とか、大きな意味で私の中にある「美学」の形成に、あの番組が大きく寄与していることは間違いない。
だから、その中心人物であり、必要不可欠な存在である中村主水がいなくなってしまうことが、とても信じられないし、信じたくない。
こうやって幼いころから親しんだ、いて「当たり前」だった人がいなくなっていくという事実は、肉親を失うのとはまた違った意味で切ない。
止められない時間の流れを感じて、人は死ぬために生きてるんだという現実を、今一度思い知らされるから。
それは決してネガティヴなことじゃないし、終わりを意識しながら生きるからこそ輝けるんだってことは重々わかっているのに、頭で理解できていても、やっぱり心が俯きがちになる。
不惑の境地までは、まだまだ遠いなぁ……。
藤田まことさん、江戸の夜を往く凛としたあなたの姿は、いつまでも私の中で憧れです。
心から、ご冥福をお祈り申し上げます。
そのことを知って感じたショックの大きさに、自分でもビックリしてしまった。
思い返せば小学生の私にとって、毎週金曜の夜に布団の中から「必殺仕事人」を観るのが、週末のささやかな贅沢であり楽しみだった。
「婿殿!」と叱責される中村主水に笑いながら、殺陣のシーンのカッコよさに見惚れ、中条きよし、三田村邦彦、京本政樹、村上弘明らの仕事人の妖しさや美しい手さばきにウットリして。
人間の裏と表……今風に言うとギャップ萌え(笑)の魅力とか、大きな意味で私の中にある「美学」の形成に、あの番組が大きく寄与していることは間違いない。
だから、その中心人物であり、必要不可欠な存在である中村主水がいなくなってしまうことが、とても信じられないし、信じたくない。
こうやって幼いころから親しんだ、いて「当たり前」だった人がいなくなっていくという事実は、肉親を失うのとはまた違った意味で切ない。
止められない時間の流れを感じて、人は死ぬために生きてるんだという現実を、今一度思い知らされるから。
それは決してネガティヴなことじゃないし、終わりを意識しながら生きるからこそ輝けるんだってことは重々わかっているのに、頭で理解できていても、やっぱり心が俯きがちになる。
不惑の境地までは、まだまだ遠いなぁ……。
藤田まことさん、江戸の夜を往く凛としたあなたの姿は、いつまでも私の中で憧れです。
心から、ご冥福をお祈り申し上げます。