私はなによりも家族が好きです。
愛しています。
27年間いろんな事があって今日がまた終わろうとしています。
世界にたった一つだけの、家族。
今離れて住んでいるからさらにその気持ちは倍増です。
両親にも私のように独身時代があり、私のように悩み、時間を過ごしてきたのかと思うとなんとゆうか、安心しますね。
完璧に見えてるけどその人にも私情はあるし、いっぱい間違いもしてきた。
それでも輝いて見えるのは自分と戦いながら、大好きな自分を信じて頑張っているから。
母はいつも笑っていて、元気で、前向きで、繊細な部分もあって、料理上手で、愛に満ち溢れていて、女の心よりも変わりやすい心を持ったお父さんと32年間共に生きています。
そんな母と話をしていたときに、
『私と似ているから腹が立つ』
と言いました。
その時の内容は、優柔不断な私が、優しすぎて色んな事に不安になり、心配になり、身動きがとれない状態のときに泣きながら話をしていた時です。
不安定な時期でしたね。
だから、お母さんのあの言葉にびっくりした。
私の中の母は強く、完璧で、ブレない。
でもこの言葉でハっとして。
お母さんも一人の人間なんだ。
私と同じように悩む、なれないくせに、完璧でいなければとゆう私の心がフっと軽くなりました。
いい意味でフラットな間柄とゆうか、もっともっと近づけた気がして嬉しかった。
反抗期のときは、この分かりにくい私の性格がさらに困難なものとなり、泣きながらお母さんは言いました。
『いくら親子とはいえ、言葉にしてくれないとわからないよ』
反抗期のときはずっとイライラしていて、優しささえもがうっとうしく感じる。
あの頃の私が目の前にいたら両手でビンタの紅葉マークつけてやりたいです。
今まで大切に育ててくれて、末っ子の私は姉よりも可愛がられ、甘やかしてもらってました。
恥ずかしがり、引っ込み思案だったから親が率先しないと何もできない子供だったのです。
だから私の気持ちを読み取って色々してくれていた。
そんな甘えがまだ残っていたのですね。
言わなくてもわかるでしょ!
とゆう空気を漂わす悪女でした。
それでも愛し続けてくれるたった一人の神様。
命をくれた私の神様。
同じような顔をした私の神様。
母を目標の人として、母の為に生きていく。
なにげない一言で、
『なにがあっても私のかわいい子供だし、犯罪してもなにしても、信じていてくれるのは家族だけ。』
って言ってた。
今でも涙がでます。
何かを見て感動したとき、おいしいものを食べたとき、幸せな気持ちを両親と一緒に分かち合いたいと脳が反応します。
こんなに素敵な両親の元で育ったから、幸せな姿をいっぱい見せたい。
やっぱり人は誰かの為に生きることが最大の幸せだと身にしみます。
誰かに誉めてもらいたい。
誰かに認めてもらいたい。
誰かに喜んでもらいたい。
誰かと一緒に幸せを分かち合いたい。
その誰かが家族でした。
身近すぎて、当たり前だと思っていて気付くのにちょっと時間かかったけど、気付いちゃったからにはおもいっきり!
あなたのそのかわいい笑顔が大好きだよーって、それを一回でも多くいってほしいが為に私はいっぱい笑います。