サッシーのLIVE PROOF
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 最初次のページへ >>

FEEL THE NATURAL AT THE FEAR

訳したら意味は違うかもしれないけど、自分の中の意味は「当たり前に感じる恐怖」だ。

やっと気づいた。俺に大切な事。

キレイ事抜きに何事も当たり前に感じたくないと本気で思っていた。

そして、自分では何事も当たり前に感じていないつもりだった。

周りは何事も当たり前にとらえて生きている。

変わったのは周りなんだと…そう思っていた。

でも環境が一新してやっとわかった。

変わったのは俺だったんだ。

当たり前に感じてたのは俺の方だったんだ。

今さらながら本当に申し訳ないとに思う。

今まで開けてしまったこの空白の時間(当たり前に感じていた時間)を俺が意地でも本気で埋めていくと決心した。

ありがとう。これからの俺を見てて下さい。

MOST THE WEAK

1ヶ月振りの日記更新。

今回の意味は「最も弱き者(最弱者)」だ。

俺の知ってるヤツにすぐ泣くヤツがいる。

もはや涙も枯れて出ていないご様子。いや、泣くと言う感覚が既にマヒしてるんだろう。

俺の知ってるヤツにすぐ泣かすヤツがいる。

おそらく卑劣にも自分を守る予防線を引いているんだろう。いや、泣かすと言う感覚が既にマヒしてるんだろう。

この双方のどちらが最弱者なのかを観てみる。

瞬間的に感じるのは泣いている方だろう。

あくまで俺の持論だけど人間の心理として、泣いてる人間を見れば弱き者として判断される。

泣かした人間は弱き者としての扱いはされずとも、人間としての底辺、つまり最低と判断される。

だが、泣いてる方が弱いと言う判断は幼少期に刷り込まれた物理的な感覚だろう。

ケンカで相手に殴られて泣いている。

敗者=弱者、先述した通りこの感覚から泣いた方が弱い者として幼少期は判断された。

だが大人なんてモノになると、その感覚は変わってくる。

どちらかと言えば判断基準はメンタル的な部分での要素が重要になる。

つまりこういう事。泣く理由、泣かす理由によっては、そのジャッジが逆転する場合もある。

内容は書かずとも、今回は?今回も?俺は泣かした方が悪いと思う。

泣かしたヤツは自分を守るために、予防線を引いているから。

つまり卑怯なんだ。

だけど、きれい事かもしれないけど予防線を引く事も時には必要。

繰り返すけど自分を守るためにも必要なんだ。

それは泣くヤツにも理解してもらえたら納得し合えるんじゃないか。

泣かしたヤツのエゴ目線のお話。

一つのストーリーを2人が違う目線から見るなら、ストーリーは2つになる。

気が向いたら泣くヤツの目線からも書いてみるか。

それじゃあ今日はこの辺で。

LOVE WEIGHT

今回の意味は「愛の重み」だ。

俺は愛の重みを知った。

計り知れない程の重みを知った。

その重圧に俺は押しつぶされた。

耐えられなかったのは俺の方なんだな。

ただ、得たものもあった。

厳密に言えば改めて確信した。

恋は好きだけじゃ絶対にやっていけない。

愛になれば、それは尚更。

教える立場の俺がそれを教わった。

本当に感謝している。

今までの事も。

今なら笑って終われると、そう感じて前を向いて進める気がした。

今までありがとう。

またいつかな。
1 | 2 | 3 | 4 | 最初次のページへ >>