初めてのブログで最初に何を題材にするか色々悩んだがやはり自分が語りたかったのは

「平成ウルトラセブン」

平成ウルトラセブンとはなんぞ?と思われる方も多いかもしれない。それもその筈でサブスクで視聴可能になったのは円谷イマジネーションが配信されてからだった。しかもサブスクでは「平成ウルトラセブン」ではなく「もう一つのウルトラセブン」となっている。そのため、平成ウルトラセブンという名称自体が「帰りマン」や「新マン」と同じ様に風化していくのもあり得る話かもしれない。今回はそんな平成ウルトラセブンを個人的に語っていく。


平成ウルトラセブンという作品

最初から結論を述べるとこの作品はウルトラセブンの正統な続編を掲げた作品だったのだが世間の評判は厳しく、その後の公式の扱いで冷遇されているというのが現状である。(筆者の偏見も入るが)

平成ウルトラセブンは主に4つのシリーズに区分される

•TVスペシャル二作

•ウルトラセブン誕生30周年記念3部作

•ウルトラセブン1999最終章6部作

•ウルトラセブン誕生35周年evolution5部作

この様にセブンの周年に合わせてビデオシリーズとして展開されて来た歴史を持つ。多分wikiの方が詳しいからそこら辺が気になった方はググってみて欲しい。そしてTVシリーズとは異なり約50分の長尺シリーズで展開され、その内ドラマパートが8割を占める。「セブンは大人向けの特撮なんだ!」といった世評をそのままフィードバックした様な作品というイメージである。ちなみにここが平成セブン批評の問題点であり後々触れたい部分でもある。


何故セブンの正統続編として認められなかったのか?

先に述べた様にこの作品は現在の円谷プロ公式では「もう一つのウルトラセブン」と表現されている。つまり正統続編を謳ったが結果的には外伝として扱われているといった形である。どうしてこの様な形になったのだろうか。筆者からの考察を踏まえつつ平成セブンを掘り下げていく。


娯楽性を欠いてしまったウルトラセブン

ウルトラセブンといえば「北へ還れ」や「狙われた街」、「第四惑星の悪魔」など大人が観ても面白いと評されるメッセージ性の高いドラマが印象的である事は間違いない。一方で全編を通してシリアスの塊というわけでもなく「マックス号応答せよ」「700キロを突っ走れ」などバラエティ豊かなエピソードが満載なのも魅力の一つである。

ところが平成セブンの場合はTVSP〜30周年記念までは明るいエピソードも存在するのだが、1999からはシリアスなエピソードしか存在しない。全体的にウルトラマンネクサスの様な雰囲気となってしまうのだ。これが先に述べた「セブンは大人向けの特撮なんだ!」という部分に繋がる。セブンという作品を神格化する余り、セブンのシリアスな部分だけを抜き取ってしまったのが平成セブンとも言える。バラエティ豊かなエピソードの数々は鳴りを潜めてしまい、1999年の独特なアングラな雰囲気が強いのが本作だ。平成セブンはあまりにも大人向けを意識し過ぎてしまった。故に視聴者の求めるニーズから離れてしまい正史から外れてしまったというのが筆者の個人的な考察であり感想である。


正史でなくても面白い平成セブンの魅力

ここまではネガティヴな話ばかりだった為「平成ウルトラセブンって駄作なんだ…」と思った方も多いかもしれない。しかし世間的には正史から外れた現在だからこそ熱く語りたいのが平成ウルトラセブンであると筆者は感じている。ここからは平成セブンの魅力を並べていく。


①ウルトラセブン(モロボシダン)の復活

何と言っても平成セブンの魅力の一つはウルトラセブンことモロボシダンの復活である。平成セブンは帰りマンから続いたM78星雲のウルトラ兄弟の設定は引き継がずにウルトラセブンは独立したストーリーであり、セブンが地球を飛び去った後もウルトラ警備隊を含めた人類が地球を守ってきたという設定である。そのため、フルハシ隊員はフルハシ隊長となり、新たなメンバーを加えた新生ウルトラ警備隊が人類を守っているのだ。そんな地球にウルトラセブンが落下してくる所から物語はスタートする。フルハシにとってはセブン(ダン)とは数十年ぶりの再会であり、そのシーンは涙をそそるものとなっている。その後のTVSP第二弾「地球星人の大地」ではダンも本格的に再登場し、正真正銘の風来坊として地球を再び守る事となる。この設定も賛否が分かられる部分ではあるが、個人的にはM78星雲を含めたウルトラシリーズから切り離した設定はセブンという作品を扱う上で特別感を与えるものになっていたと感じる。(セブン本編自体も最初からウルトラシリーズとして構想されていたわけではないだろうし)

後年のウルトラマンメビウスや数々の劇場版を視聴された方からするとモロボシダンの復活はさほど珍しいものではなくなってしまったかもしれないが、セブンという世界観を独立させた上でモロボシダンとしてセブンが地球に再び赴いたという部分に強い価値があるのだ。(この気持ち伝わってくれぇ)

こうした設定面からまず魅力が沢山ある作品である。

②数々の名エピソード

これも賛否両論はあるかもしれないが僕としてはシリアス一辺倒になってしまった1999版も名作揃いと感じている。特に印象的なのは1999 6部作の「空飛ぶ大鉄塊」「模造された男」「私は地球人」である。タイトルから既に「何が始まるんです?」といった想像力を掻き立てる事もさることながら本編のエピソードも非常に印象深い。

空飛ぶ大鉄塊では「空飛ぶ大鉄塊」という本が存在し、本の内容を通して物語が進行していくのが特徴的である。新生ウルトラ警備隊のヒロインであるサトミ隊員のメイン回でもあり、コスモスでも印象的だったベリル星人(オヤジ星人)を演じられた赤星昇一郎さんも大鉄塊の作者である辺見芳哉を演じられている。この辺見のおじちゃんがとても独特な雰囲気を出しており、一度視聴すると脳裏に焼きつくのだ。最後のシーンからのEDである「ウルトラセブンのバラード」はとても心に染みるものがあった。

続く5番目のエピソード「模造された男」ではなんとセブンを苦しめたキングジョーが復活する。キングジョーとセブンの再戦が見られるのだ。キングジョーのデザインも昨今のニュージェネウルトラマンが昔懐かしい雰囲気を残したキングジョーのスーツだとすれば平成セブンのキングジョーはまさに鉄の塊といったデザインになっている。着ぐるみ感がなくなり、どっしりとした重厚感溢れるデザインが絶望感を増す形となっているのだ。キングジョーIIと呼ばれるこのデザインはキングジョーのリメイクの中でベストだと個人的には感じている。ストーリーに関してはキングジョーが関わった割にこじんまりとしている印象は否めないがムー大陸とキングジョーという摩訶不思議なお話となっている。そしてとにかく特撮シーンが熱い。キングジョーII戦だけでも観る価値はあると言っても過言ではないかもしれない。この話だけでもサブスクでチラ見して欲しいと思う。

(実際列伝で扱われたのはこの話だけとか)

そして1999ラストのエピソード「私は地球人」

これも詳しいネタバレは避けるがこのエピソードが一番の賛否両論点かもしれない。というのもウルトラセブンの本編にも影響する正義の前提を覆す大きな物語が展開されるのだ。セブンのとある1エピソードをフォーカスし、人類と宇宙人、セブンはどの様な決断を下すのかといったお話となっている。個人的にはこの作品は大好きだ。「私は地球人」というタイトル、そもそも基本的に地球に住んでいる人々は普通の人類であり、地球の人々を「地球人」とは中々表現しないものである。そこで敢えて地球人という表現を取っている本作のタイトル。この私とは誰なのか?何故地球人と表現をされているのか。全てが分かった時、僕はとても感動したのを覚えている。ダンの強い覚悟と共に物語はクライマックスへと向かっていく。

(ここで終わっておくべきだったのでは…)

evolution5部作

うんこれはね…正直なところ反応に困った作品である。1999版で完璧に終わっていたはずなのだが無理矢理続けてしまった感が否めない。EP2「パーフェクトワールド」は特撮シーンが一切存在しないにも関わらず名作なのだがそれ以外が…といった所。予算も明らかに下がっており個人的には解釈違いといった気持ちも否めない。円谷イマジネーションが存在する前は入手困難であったが、現在はサブスクで簡単に観られる為、とりあえず1エピソードだけ観て判断しても良いかもしれないと感じる。個人的には蛇足と思ってしまうのが5部作だろうか…

最後に

長々と取り留めのない文章になってしまった。(すみません🙇‍♂️)

世間的には外伝として扱われた本作だが今回触れたエピソードだけでなく数々名エピソードも存在するのが平成セブンの魅力である。今観るとCGがチープとか話がお説教過ぎるとか色々あるかもしれない。しかし、なんでも「駄作!」「残念!」と一言で片付けられてしまう昨今だからこそじっくりと観て自分の判断で評価を決めて欲しい作品と感じる。百聞は一見にしかずである。是非時間がある時にキングジョー戦だけでも観て欲しい。そして僕も本作を愛し続けるだろう。