イタリアのヴァル・ディ・フィエンメで開幕したノルディックスキー・世界選手権。間もなく、日本期待のジャンプ女子ノーマルヒル個人が始まる。優勝候補の筆頭は、既に今シーズンのワールドカップ(W杯)で、史上最年少での総合優勝を決めている、日本の16歳、高梨沙羅だ。競技の行われるプレダッツォのジャンプ台は、アプローチの傾斜が緩やかで、小柄で体重の軽い高梨は、踏み切り時にスピードが得にくく不利な条件だ。3日間行なわれた公式練習でも、W杯で圧倒的な力を見せているのと比べれば、良いジャンプと悪いジャンプのバラつきが出ている。しかし、技術や筋力のみならず、抜群の適応力持つ選手なので、きっと本番にはきっちり合わせてくるだろう。金メダル獲得の期待大だ。
これまで、あらゆる競技で日本人選手がずば抜けて強くなると、先駆者である欧米の国々(ノルディックスキーは、北欧ノルウェーが発祥の地)が、小柄で基礎体力の劣る日本人に不利になるようなルール改正を繰り返してきた。それを、一番露骨に行ってきたのがジャンプ競技だ。その中でも最悪だったのが、146%ルールだ。1990年代初頭から1998年の長野オリンピックまでの間、ノルディックスキーの世界では、日本勢が大活躍していた。勝者がキングオブスキーと言われ英雄視されるノルディック複合(ジャンプとクロスカントリーの合計で競う)で、荻原健司が、W杯総合3連覇を含む圧倒的強さを誇り、同時期に、団体戦の日本チーム(阿倍,河野,荻原兄弟他)がオリンピックと世界選手権を4連覇。ジャンプで日本チームの各選手が圧倒的な強さを見せ付けて、クロスカントリーの時間に換算して大量リードし、クロスカントリーの走力が劣っていても、余裕を持って逃げ切るという勝ちパターンを築き上げた。また、(純)ジャンプも、長野オリンピック個人ラージヒル金メダルの船木和喜をはじめ、原田,岡部,葛西ら選手が揃っていた。W杯総合王者こそ生まれなかったが、国別ではトップといってもいい実力を誇っていた。理由としては、日本選手が純ジャンプはもちろん、複合の選手までもがV字飛行を逸早くマスターし、試合で使いこなしていたことが大きい。だから、欧米の選手も慣れるのに時間がかかるだけで、ルール変更などしなくても良かったのだが、あろうことかFIS(国際スキー連盟)は、ジャンプ競技のスキー板の長さを決めるルールを、身長の低い日本人選手に不利になる様に変更する暴挙に出たのだ。具体的には、それまではスキー板の長さは、身長プラス80cmまで(最長で270cm)と決められていたのが、身長×1.46倍までに変更になった。このルール変更により、身長173~174cmよりも低い選手は板が短くなってしまう。この影響をもろに受けたのが、身長165cmの岡部孝信(長野五輪団体金メダルメンバーで、世界選手権ノーマルヒル個人でも優勝)だ。有望な若手の多くも、世界の舞台で花を咲かせる前に、飛距離を伸ばせなくなってしまった。逆に、身長の高い欧州勢は、板が長くなった分、浮力を得ることができ、ドイツのマルティン・シュミット等、飛距離を大幅に伸ばす選手も少なくなかった。当然、日本サイドは激しく抗議したが受け入れられるわけもなく、長野オリンピック以降、日本のノルディックスキーは金メダル争いには殆んど加わることができない程、急速に力を落としていった。
その流れに追い討ちをかけたのが、2000年代に現れたポーランドの英雄、アダム・マリシュの活躍だ。マリシュは、169cmと日本人と変わらないくらい小柄なのに、スキー板が短いことをものともせずに、W杯総合優勝4回,世界選手権で4つの金メダル,オリンピックでも金こそないが4つのメダルを獲得する歴史に残る選手となった。彼の登場で、板が短いことを遠くへ飛べない理由にできなくなり、日本勢の低迷は、より長く続くことになる。現在の日本男子ジャンプ陣のエース伊東大貴など、時折有望な選手が出てくるが、チームとして金メダル争いができるほど選手が揃うことはなく、全盛期の岡部のような小柄でも強い選手は出てこなかった。
そこへ、2010年代になって突如現れたのが、小さな女子中学生ジャンパーの高梨沙羅だ。彼女のジャンプをテレビで始めて見た瞬間、女マリシュだと思った。アプローチを低い姿勢ですべり、踏み切り(サッツ)では、上体を上げることなく、低く、鋭く、前に踏み切る。飛び出しのスピードが速く、その動作が直に完了するので、空中で浮力を得られる時間が他の選手より僅かに長い。この差が大きい。アダム・マリシュが連戦連勝だった頃、カンテ(踏み切り地点)から空中へ飛び出す姿は弾丸のように見えたが、大倉山のジャンプ台で、141メートル(女子のバッケンレコード=ジャンプ台記録)を飛んだ時の高梨はマリシュを彷彿とさせるのに十分だった。
女子ジャンプはW杯も始まり、オリンピックの正式種目にもなったので、このまま順調に伸びて欲しいものだと思ったが、10代前半で頭角を現したスポーツ選手に共通する心配もあった。この年代は、心身ともに一番成長する時期であり、身体の成長に合わせてアスリートとして鍛えこんでいかなければならない時期でもある。しかし、レベルが高ければ高いほど、技術と身体と心のバランスを取ることが難しくなってくる。10代半ばまでに頂点を極めても、身体の成長についていけずに、若くして一線から去っていく選手は数え切れない。あの、ナディア・コマネチが、オリンピックで10点満点を連発して世界中で喝采を浴びたのは14歳の時。しかし、その後は体重管理に苦労してトップ争いに加わることはなかった。バルセロナ五輪・水泳女子200m平泳ぎの金メダリスト岩崎恭子は、当時は華奢な14歳の中学生だった。あの体型と身体能力に、技術の伸びる時期が極限にマッチして、ピークとなった時がオリンピックだったのだ。正にシンデレラガールだ。運も実力の内、すばらしい金メダルだったけど、彼女もまた、その後は目立つ成績を残していない。ジャンプで言えば、フィンランドにトニ・ニエミネンという選手がいた。彼も、16歳にしてオリンピックで金メダル2個を取り、W杯ではつい最近まで史上最年少の総合チャンピオン獲得者だった。しかし、身体の成長に適応できず、長く低迷したまま引退している。
去年のジャンプシーズンが終った時、スポーツテレビ観戦オタクとしては、高梨が、この難しい関門を何とか上手くクリアしてくれればと願わずにはいられなかった。しかし、その心配は杞憂に終った。今シーズンの開幕当初から、世界のトップとして勝利を重ねている高梨は、小柄ながら(152cm)一回り大きくなり、アスリートらしい姿に成長していた。テレビ中継されている映像を見ると、踏み切って前に飛び出すスピードは、女子の中では群を抜いている。着地でテレマーク姿勢が入らない欠点(テレマークが入らないと、ジャンプ1本につき、無条件で6点減点される)も、徐々に解消されつつある。先日のW杯の試合では、高梨一人だけ、スタートゲートを一段下げ、助走路を短くしても、2本とも最長不倒距離を記録し、バンクーバー・オリンピックで個人2冠のシモン・アマン(五輪金メダルを4つ獲得。まだゲートファクターのルールがないバンクーバー五輪で、僕の記憶では、個人ノーマルヒル・ラージヒルの計4本のジャンプ全てで、他の選手より一段低いゲートからスタートしたにもかかわらず、2試合とも圧勝した)張りの貫禄を見せ付けた。筋力も技術も、まだまだ伸び盛りだと思う。とても高校生とは思えない落ち着いたマスコミ対応や、穏やかで物怖じしない人柄を見ても、新たな高梨が出現しない限り、向こう7~8年は女子ジャンプ界に君臨し続けるくらいのポテンシャルがありそうだ。
こうなると、今度は高梨に不利になるようなルール改正が行なわれるのではないかと懸念する声があるが、僕はその点はあまり心配していない。なぜなら、上記のように、今のジャンプ競技は、既に高梨のような小柄な選手にとっては圧倒的に不利なルールになっているからだ。また、今シーズンから、適用されたルールが3つあるが、それを見ると、全ての選手が同じ条件で競技ができるようにしようとする、FISのこれまでとは違った姿勢が見て取れる。具体的には、所謂ダボダボなジャンプスーツを着て、不正に浮力を稼ぐことが禁止された事や、コーチや選手の判断でスタートゲートを下げることができるようになり、アプローチが短くなる分加点されるゲートファクターの採用。追い風・向かい風による有利不利を解消するために、有利とされる向かい風の時は減点し、反対に追い風なら加点するウインドファクターも採用された。ジャンプスーツのレギュレーション改正は、小柄な高梨には有利に働くだろうし、ゲートファクターも、飛びすぎてテレマークが入れ難いという不利を防ぐことができ、好都合だろう。ウインドファクターにしても、不利な風で飛距離を伸ばせずに取りこぼすことがなくなるのはいい。他にも、2004年から適用されているBMI指数(体重÷身長)に関係するルールがある。簡単に言えば、ジャンプは長身で体重の軽い選手ほど、長い距離を飛ぶのに適している。そこで、無理な減量をして試合に臨む選手が続出したので、BMI指数の基準を設けて、やせすぎの選手のスキー板を短くするペナルティーを科すことにした。現在のルールではBMI指数が、21.0の選手が一番有利になるという。この21.0という数字は、標準的な体型と評価される中でもど真ん中の数字だ。ということは、アスリートとして成長を続けている高梨に不利になるとは思えない。FISがまた心変わりして、146%ルールを150%にしたり、BMI指数が25の選手が有利になるような改正を行なえば別だが、そこまではできまい。
女マリシュ・高梨沙羅は、きっと伝説の鳥人になる。これからも、スポーツテレビ観戦オタクとして、長く応援していきたい選手だ。先ずは、世界選手権の結果は如何に。金メダルへのジャンプとなるか!
今日の一曲は、「虹と雪のバラード」 トワ・エ・モア 1972年
札幌オリンピックをリアルタイムで見たことがあるのは、僕と同世代が下限でしょうか?
今日は、ジャンプの高梨選手の記事だったので、この曲です。
笠谷、金野、青地の3選手が表彰台を独占した70m級(現在のノーマルヒル)ジャンプは、幼いながらも、手に汗握って応援していた覚えがあります。
たしか、1本目が終った時点では、4位までを日本人選手が独占していたはずですが、2本目で、笠谷のライバルのドイツ人選手に抜かれてしまったんですよね。
それでも、日の丸が3本揚がった時は、訳も分からず興奮していたなぁ。
そのドイツ人選手が、笠谷を肩車して祝福していたんじゃなかったかなぁ。
あの感動が、僕がスポーツテレビ観戦オタクになったきっかけです。
同じ年のミュンヘンオリンピックでは、深夜のラジオで平泳ぎの田口選手のレースを聴き、バレーボールの決勝戦は、男女ともに早朝に起こしてもらい見てましたから。
懐かしいですね。
これからも、日本人選手が活躍するところを、沢山見たいですね。
いやぁ、長くなってしまいました。
何せ、この分野に関しては、僕はオタクですから、書き始めたら、あれもこれもとなって、とまらない、とまらない。
最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
では、また。