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stockracerの雑記録

株・競馬から、スポーツ・時事問題まで。ジャンルに拘らず、ブログならではの自由な切り口で、何でも好き勝手に書いてしまおう!

 あの日から、丸2年が過ぎた。復旧・復興はままならず、多くの人が、未だに避難生活を続けている。私見だが、永田町では安倍政権が、見せ掛けにしか見えない円安株高の成果を強調し、政官財の癒着の構造に回帰した、金持ちと既得権益者だけが面白おかしく暮らす階級社会を作り出すために、数に物を言わせて何から何まで変えようとしている。法律や教育の改悪、脱原発から原発推進へ、更には国の仕組みそのものまで。一方で、仮設住宅に住む避難民には退去の期限が迫り、支援の縮小・打ち切りが容赦なく進み、被災者はより一層苦しい状況に追い込まれつつある。

 そんな政策は間違っている、支援の打ち切りなどとんでもない話だ、政府は金の使い方を根本から間違えている、活断層の上の原発を動かすなんて正気の沙汰じゃないと、言い続けることは必要で重要なことだが、その安倍政権を選挙で選んだのは有権者であり、僕もその一人だ。このような状況を招いた責任は、たとえ自民党に投票していなくても僕にもある。大震災と原発事故の後、復旧・復興と被災者支援のために、一人ひとりが今自分にできることをやるというのが、一貫したテーマになってきた。振り返って、僕はこの2年間で、いったい何をしたのだろう?

 大震災から、1ヶ月あまり経った2年前の4月に、あるブログを読んだことをきっかけに、いつかは誰かを励ましたり勇気付けるようなものを書きたいと思い、アメブロを始めた。これまで自分のしてきた事を振り返る為にも、ブログ2日目と、去年の3月11日の記事から一部を転載したい。


 ※2011年4月20日のブログ記事より

僕は、被災地・東北から遠く離れているにもかかわらず、強い衝撃を受け、何をすればいいのか分からなくなっていた。
最初の10日間は、被害の深刻さが明らかになる度に、何もできない自分への苛立ちを覚えた。
2週間が過ぎて、あるブログに書かれていた言葉をきっかけにして、今、自分にできることをすればいいと気付いた。
それから、1カ月近くたって、それだけでは足りないと、思い始めている。
まだ他に、やるべき事があるのではないか?
自分自身の無力さを噛みしめながらも、次の一歩を踏み出さなくてはならないと、考えずにはいられない。
ボランティアでも、仕事でも、他の何かでも。
大震災から40日目の夜に、今できることをやりながら、次にどうすればいいのかを、探し続けなければならないと思った。


 ※2012年3月11日のブログ記事より

あれから、1年が過ぎた。
もうとか、まだとか、簡単には言えない。
自分が何をしてきたか、これから何ができるかを語るのも、言葉が軽くなりそうで、ためらわれる。
1年経っても、お世辞にも進んだとはいえない、復旧・復興。
操作される情報、開き直る加害者、追い込まれる被災者。
言いたいことは、山ほどある。
たとえ、僕自身がどんな状況にあっても、発信し続けなければ、ブログをやってる意味はない。
でも、今日は、誰かを責めるのは止めよう。
宮城県・仙台市は、亡くなった母のふるさとだ。
今夜は静かに、犠牲者の無念さを想い、哀悼の意を捧げたい。


 こうして振り返り、自戒を込めて言えば、被災地・被災者の為になるようなことは、全く、何もできていないのだ。気持ちはあっても、残念ながら行動が伴っていない。理由は簡単だ。誰かを助ける前に、自分の生活を立て直さなければならない。今はまだ、その途中だからだ。だから、せめて、おかしいことはおかしいと、言い続けなければならない。お前はどこの誰なんだ、そんな偉そうな事を言える立場かと、批判されてもかまわない。1年前にも書いた通り、発信し続けることが重要なのだ。時には過激に、或いは脱線しながら、言いたい事を言っていく。もちろん、自分の生活を取り戻し、本当の被災者支援が早くできるように、加速度をつけて、前に進まなければならないと思っている。それが、今僕にできることなのだ。


 今日の一曲は、「ハナミズキ」  一青窈  2004年  



 今日の記事を書き終わったとき、なぜかこの曲のこのフレーズが浮かびました。
「君と好きな人が、百年続きますように」


 では、また。