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stockracerの雑記録

株・競馬から、スポーツ・時事問題まで。ジャンルに拘らず、ブログならではの自由な切り口で、何でも好き勝手に書いてしまおう!

 確かに、ギリシャの再選挙は、低迷する世界の金融市場が勢いを取り戻す為には、見過ごせない重要なイベントだった。オウム真理教の逃走犯の、逮捕から、その供述内容も、凶悪な殺人事件が絡んでいるだけに重要であることは間違いない。でも、このところの、いや、東日本・大震災以降のマスコミの報道姿勢には疑問と違和感しか感じない。

 昨日までに、大飯原発が、再稼働に向けて作業に入り、消費増税法案については、民自公で修正協議に合意した。いわば、後は着々と、作業或いは国会審議を進めるだけになった途端に(中には、このタイミングまで仕組まれているという人もいるが)、大手マスコミ、特にテレビの報道は、この2つの話題には、殆んど触れなくなってしまった。ギリシャとオウム一辺倒で、時々台風とエジプト大統領選。これで、いいのか?不自然ではないか。

 ステークホルダーに組み込まれたマスコミが、予定通りの結果に行き着いた項目については、報道する価値もないという事なのか。彼らには、真実を追究する気概は、もう残っていないのか。僕は、ほんの短い期間だけ、新聞記者に憧れた事がある(政治経済じゃなくて、スポーツ記者ですが)。だから、ジャーナリズムに係わる人達への幻想を抱いているのだろうか。

 諦めにも似た気持ちの中で、この数日の朝日新聞の署名入りコラムに、失われかけている、ブンヤ魂を見た気がした。それは、部長クラスの複数の記者の署名入りコラムだ。何れも、原発再稼働や消費増税法案についての、野田政権の強引な政治手法や、拙速な判断に疑問を投げかける内容を、上からの締め付けや、現状の様々な縛りの中で、でき得る限り表現してあるように見えた。さすが、大新聞の部長クラスだけあって、一度読んだだけで、気持ちが伝わってくる。心を揺さぶられるような、感動を覚える文章もあった。

 それに比べて、論説主幹クラスの署名入りコラムになると、批判の度合いが弱くなり、プラスの面だけを取り上げて強調するような論調になる。そして、以前の記事に書いた、主筆の署名入りコラムになると、現政権に迎合し、反対派を徹底的に糾弾する内容に変わってしまう。もちろん、これは僕個人の感想で、書き手の意図や他の読者の受け止め方は分からないが。

 これまで何度か書いてきたように、政官財+マスコミの癒着の構造の中に取り込まれたとしても、いわゆる美味しい思いをするのは、役員以上に限られる。だから、部長クラスの記者と、その上の階級の記者との論調が全く違っても不思議ではない。ただ、疑問に思うのは、wikipediaで、この主筆の経歴を調べると、権力に迎合するような記事を書く人物にはとても思えないのだ。癒着の構造の中に、どっぷり浸かってしまったのか、もっと上からの命令に逆らえない状況なのか、思想そのものが変わってしまったのか、そこまでは分からない。だが、生意気なことを言うが、あの先日の署名と肩書き入りのコラムからは、残念ながら、ブンヤ魂は微塵も伝わってこなかった。

 報道に求めたいのは、早くて正確な情報と、的確で分かりやすい解説だけだ。偏向報道はもっての外であるし、社説などで、社としての論調に拘るあまり、真実を伝えるという事を、疎かにしてもらっては困る。今、日本中の報道を見聞きする度に、信じていいのか、事実を捻じ曲げてはいないかと、一々疑心暗鬼になってしまう。こんな異常な状況が、一日でも早く終る事を、切に願う。

 では、また。