いやあ、落語っていいなあと最近になってつくづく思う。YouTubeで無料で見ることができるので、色々な演者のを見ているが、三遊亭圓生が一番好きだ。
彼の落語は渋い。圓生と言う人は芸は達者であるが、人望がなかったのらしい。まあ、それはさておいて、というか、その人の悪さが良い具合に落語に生かされている。
悪人とか、怠け者とか、卑怯な人間のふるまいになると、途端に精彩を帯びてくるのがいい。落語ってのは、明治時代の庶民の話なのであるが、彼が話すと、本当にリアリティがあるように感じる。リアリティといっても、その時代の人の生態など知りもしないが、どこかで繋がっているものを感じるのだ。
それと比べると、現代の落語家のは、笑わせりゃいい。みたいに感じることも確かであって、笑いってのは落語の魅力の一部であって、別に、笑わせる必要はないのかなあと思う。
例えば、「大山詣り」なんてものは、かなり強引な展開であるが、ここで楽しむべきは、オチよりも、旅情なのであり、近所の人たちと旅に行き、酒に酔って、熊公が他の人と喧嘩したりして、最後、驚きのオチになるのだが、その過程を楽しむものだろう。何だか、自分たちが旅をした気持ちになる。「三人旅」もそう。
「長屋の花見」も面白い。貧乏長屋の人たちが卵焼きの代わりに沢庵、お酒の代わりに番茶で花見をするという、惨めな話なのであるが、それがやけに楽しそうなのだ。あの祝福感、それがいいのであり、オチがどうのこうの、ギャグのクオリティーがどうのこうのではないだろう。
他にも「笠碁」なんてものも良かった。同じくらいのレベルの、ヘッポコ囲碁を楽しむ仲間と喧嘩した旦那が、彼と仲直りがしたい、彼とどんなに囲碁がしたいのか、切々と説くのは、ほろりとするのである。
「三方一両損」も同じで、お金を拾った江戸っ子と、落としたお金をどうしても受け取らない江戸っ子が喧嘩するのであるが、二人とも性格が爽やかなのである。その性格に、判定役の大神越前も惚れ込んだのだ。
というわけで、ジワジワ、落語百選を読破して行こうと思う。四冊あるし、あと、落語特選もあるんだよなあ。
もっと言うと、「古典落語」というシリーズもあってそれも楽しそうだ。編者によって、落語の細かいアプローチが全然違うからそこもいい。とにかく、人間愛に満ちいている。あ、フランク・キャプラの映画に近いものがあるかも。