「付き合う」の定義
ブログネタ:「付き合う」の定義 参加中




私自身付き合うということに対しての敷居は低い方です


ただその分、付き合うという覚悟や決意みたいなものは皆無に等しいですp(´⌒`q)


付き合ってるということは

お互いを大事に思い
一途に向き合う覚悟があり
二人で楽しい時間を歩んでく

ということ。



なんてことを考えているのだとしたら…


あたしはムリ!!




だってそんなんは結婚してからで十分でしょ?



そうゆう覚悟って簡単に出来るもんじゃないから
あたしがその定義に基づいて誰かと歩む決意をするならば
それは結婚する時かな…



じゃなきゃ


付き合う人,全員そんな覚悟しなきゃいけないってなったら
男子なんか特に,付き合うなんてコトバ言わなくなるよ(笑)




だって重っくるしいもん(笑)







付き合うってコトは




目下の恋人。




ってくらいでいいと想う。






今はあなたといたいから




今日という日,今という瞬間は私たちは恋人だけど




明日もそうであるかはわからない。




目下の恋人。





そうゆう刹那的な部分や

瞬間的な燃え上がりがあるから



例え結婚してても



恋をしちゃう人がいるんだよ





そう。


永遠のないモノが恋



だから



付き合うという定義こそが





曖昧であることが真理で




全ての恋する男女は




目下の恋人なのだ。




自分が誰かの特別になる




またはなったりしたことある?



もしくは




特別だと信じていたのに




実は違かった…自分じゃない…



なんて辛い事実に遭遇したことある?





過去を振り替えれば




その頃の相手にとって自分が




どんな存在だったかわかるのに



現在進行形の恋の最中には



どれだけ悩んでも全くわからないし気づかないよね(∋_∈)






私の過去はきっと後者ばかりだと想う。




その反面、前者であろう恋ではあたしは今でも彼の中で特別であり続けているんじゃないかと密かに想ってる。






実際は願望が八割強だけど(笑)






だれかの記憶の中ででもいい






多少美化されてても構わない






それで今も私が何処かで






誰かのスペシャルであったなら







もしそんなことがあるのなら









生きてきてよかったな―









ってほんのちょっぴり




前向きになれるかも
大切な一人が出来たとき




特別な一人になれたとき




失いたくない人ができたとき




私が誰かにとっての居場所になれたとき














愛のカタチは今までと変わるのかな…?






はぁと







I am ME …-SN3J0133.jpg








このガラスに描いたはぁとのように




全てのはぁとが透明だったら




一体どうなってたかな?




疚しいキモチや醜い感情


見たくないって目を背けたくなっちゃうかな…?





それとも





いつも上手く言えない感謝のキモチや好きのキモチが


たくさんの人に伝わってみんながハッピーなキモチになれたりするのかな?







はぁと




真っ赤なはぁと




なんだか少し考えさせられますp(´⌒`q)