こんにちは!
ご訪問ありがとうございます
乳がんサバイバー
そして
健康軸
トレーナーの
MASUMI
です。
今回は
私の想いや
今までの経歴、どん底ストーリーなどを
ご紹介します!
興味ある方はお読みください![]()
人前で笑えなくなった始まりは8歳の時でした![]()
乳歯が抜けて大きな前歯が生えてきた頃![]()
「あれ?なんで私の歯、黒っぽいんだろう?」
それから1本また1本と永久歯が生えてきて、
次から次へと黒っぽい歯が多くなり
友達や先生の前で笑うとき、
手で口をおおうようになりました![]()
結論から言うと、
小児科で風邪をひいたときに処方されていた
テトラサイクリン系の抗生剤が
顎の中で成長している永久歯に影響を与え、
着色歯となって生えてきたことでした![]()
4歳から始めたクラシックバレエ
でした。
言葉で表現するのではなく、体で表現する
表情で表現するときも、笑みは歯を見せない。
体を動かす基本を日々のレッスンで習得し、
スポーツ大好き少女になりました。
小学5年生から子供会のバレーボール部に、
中学のクラブ活動でもバレーボール部に
入部し、
バレエ
と
バレーボール
漬けの毎日を過ごしていました。
厳しいトレーニングが続き、
骨折や脱臼と怪我に悩まされ![]()
左ひざを痛めてしまい、バレエを断念![]()
中学の部活はなんとか引退まで続けました。
しかし、医師から、
高校に進学後は運動クラブは禁止
週2回の体育の授業は良いが、
マラソンなどの長距離走は禁止と
告げられました。
悩んだあげく、
私は水泳部のマネージャーとして
部員のサポートをする毎日の
高校時代を過ごしました。
今まで自分のために運動をしてきましたが、
人のためにサポートすることで
ありがとうと言ってもらえる
喜びを知りました![]()
そして将来の進学を考えたとき、
ずっとコンプレックスだった自分の歯のこともあり
歯科衛生士という道を選びました。
歯科衛生士の国家試験に合格し、
私の着色歯について、
「あなたは何も悪くない。
ずっと歯に悩んでいたという経験が、
患者さんの立場になって
考えられる素敵な歯科衛生士になれるよ」と
言ってくださる
歯科医院に就職できました。
(結婚、出産をしても閉院するまで20年間
歯科衛生士として働かせてもらいました)
就職と同時にエアロビクスを始め
3年目を迎えた頃、
大好きなインストラクターの方から
インストラクター養成校を紹介して頂き
、
歯科衛生士とインストラクターという
2つの仕事がスタートしました。
そして、
長年のコンプレックスだった着色歯も、
治療をして歯を見せて
笑えるようになりました![]()
少し自分に自信が持てるようになった私は、
医療従事者としての知識と、
身体のこと、
筋肉のことを、
もっと知りたくて、
健康運動実践指導者の資格を取り、
5年ごとの切り替えも5回を数えます。
次女を出産してからは、
大阪市から介護予防事業の運動指導と
口腔指導の講師の依頼を
いただきました。
ちょうどその頃、
介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格も取得
40歳で歯科医院を退職してからは、
午前中は〇〇区、午後からは〇〇区と
ゆっくり昼食も食べられないほど走り回り
、
夕方からは主人が開業した
整骨院の受付と子育てと
忙しくも充実した毎日を送っていました。
自宅の1階を整骨院にしようと引っ越しが決まった
そんなある日、
突然、右胸に引きつりを発見![]()
気づいてすぐ乳腺外科を調べて
2日後に受診しました。
なんの症状も無かったから
本当に突然で怖かった
そしてやはり・・・
嫌な予感は的中しました![]()
乳がんの告知を受け、
右胸全摘手術で入院するまでの3週間は
、
引っ越しと仕事の引き継ぎで
落ち込んでいる暇もありませんでした。
抗がん剤治療は
2度の入院が必要な状態になり、
日常生活が全くできないほど
ひきこもっていました![]()
娘は中学1年と小学2年、
何もしてやれず心配ばかりかけている。
私がいなくなった方がいいんじゃないか
と思ったこともありました。
どうにもならない体と不安とで
夫に暴言を吐いたり・・・
(あの時はごめんなさい。![]()
そして吐け口になってくれてありがとう)
そんな状況と副作用に
なんとか耐えることができたのは、
父(当時82歳)、母(当時75歳)より
先に死ねない
9ヶ月後に
仕事復帰を約束してくださった方々に、
また元気になって会いたい
そして、夫と一緒に
娘たちの成長を見届けたい
という思いでした。
私の場合、
あまり顔つきが良くないがん細胞だったようで、
転移・再発すると
厄介だからと先生に言われました。
「ガン細胞は取ったけれど、
潜んでいるかもしれないから、
抗がん剤で叩くよ」と。
抗がん剤治療は3週間ごとに4回、
それを2種類する予定でした。
入退院をしながらなんとか4回終えて、
2種類目の抗がん剤が点滴で体に入った途端、
身体中が熱くなり、
アレルギー反応が出てしまいました。
とても信頼できる主治医の先生なので
「先生が私にとって最善と思う治療は全てします。」
と伝えていました。
先生から
「抗がん剤は中止します。」
と言われた時は、
辛い抗がん剤治療が終わる喜びよりも、
不安でいっぱいでした。
「1種類目の抗がん剤を
あんな辛い思いをしてやり遂げたから、
大丈夫」
「ホルモン療法に切り替えるよ」
と言われ、先生を信じよう。
転移・再発するかしないか、
わからないことに
悩み続けるのはもったいないと
思うようになりました。
今、生きている![]()
さぁ、仕事復帰に向けて体力戻すよ!と思い
家から自転車で2分の
スポーツクラブに入会しました。
(カツラを被り、
レッスンが終わったら
汗びっしょりのまま
帰ってお風呂に入れるから)
そして
ZUMBA®︎・SALSATION®︎と出会い、
素敵な音楽が、
自分がまだ治療中だということも忘れて
夢中になれる時間になりました。
手術から9ヶ月後に念願の仕事復帰
介護予防の70代、80代の方から
「生命と健康はお金で買えないね」
「もっと若い頃に先生に出会いたかった」
と言われるようになりました。
膝の変形、
股関節の変形、
椎間板ヘルニア、
すべり症など
長時間立ってもいられない、
外を歩く時は杖を使っている方もおられます。
それから
介護予防運動指導員
ZUMBA®︎インストラクター
SALSATION®︎インストラクター
ヨガインストラクター
ピラティスインストラクター
トランポリンインストラクター
4dproバンジーインストラクター
と、さまざまな勉強と資格を取得
全て共通するのは【体幹】です。
インナーマッスルの
腹横筋を意識できれば
姿勢が良くなり、
膝、腰への負担も軽減する
乳がんサバイバーの私には
浮腫になるリスクが軽減する
高齢者の運動指導の経験と
自分の体を使って、
副作用の軽減と体力・筋力の回復を
実践しています。
乳がんサバイバー(乳がん経験者)になって、
辛い治療に耐えたのに
転移・再発の不安を
抱え続けることになるなんて
思いもしませんでした。
「もう5年過ぎてるから心配ないね」
「全摘して堂々とお風呂に入ってる人いてるよ」
と励まして言ってくれているのは
わかっているんだけど
心の底で
「私、まだ治療中だよ」
「大きいお風呂に入る気持ち良さより、
小さくてもひとりで入る
家のお風呂の方が落ち着くの」
と思っている私がいます。
少し落ち込んだり、
いや負けないよと頑張ったり
そういうことの繰り返しの中で
気づいたことは、
どれだけ頑張っても、
がんになる前の過去には戻れないということ
でも、
今、何をするかで未来は変われるということ
そして、私のミッション
①私と同じ乳がんサバイバーの方へ
ひとりで悩まないで、無理せず一緒に身体を
動かしましょう(リカバリー体操)
そのために仲間づくりを開始
②そろそろ身体の不調が出てきやすい
40代からの女性の方へ
きつい筋トレではなく、
腹圧ONの感覚を掴み
動き出しが楽になれば
動くことが楽しくなる。
お腹周りが引き締まって、
姿勢美人になると
身体の不調の改善も同時に叶えられます。
なんども言います![]()
頑張っても頑張っても過去には戻れません
やりたいことをやり続けられる体づくり
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オンラインレッスンもしていますので
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