『It’s All Fiction!!』

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基本的に自分の日常や、
好きな音楽や、漫画、アニメなどの
趣味について書いていきます。



若干偏った内容ですが悪しからず。

Amebaでブログを始めよう!

 

気づけば、また更新が滞っていた。。。

 

 

また、ぼちぼち更新していきたいですね。

 

 

 

 

 

今回、思い出話ということで、自分のスポーツ歴を

振り返ってみようと思います。

 

 

今でこそ、アニメ見たり、歴史の文献読んだり、ライブに行ったりと、

文化的な趣味が多いのですが、野球が好きだったりします。

 

プロ野球では、阪神タイガースを応援してます。

そこそこのトラキチって感じですw

 

 

 

 

 

 

 

そこで、自分の野球経歴を書いていこうと思います。

小学4年生(?)で、ソフトボールを始めました。

野球は、小さい頃から好きだったので、やりたいな、と思っていたのと

当時、肥満児だったので始めました。

 

地域の少年団に、野球がなくて、ソフトボールでした。

 

肩が強かったので、最初は外野手だったのですが、

足が遅すぎたのと、あんまり試合に集中しないので(笑)、

捕手にコンバート

 

守備は、残念でしたが、盗塁阻止と打撃でチームに貢献

4番・捕手として、県大会に出場しましたが、

1回戦敗退

 

中学では、野球部に入部

1年夏からベンチに入り、主に雑用メインでしたが、

ちょこちょこ試合に出場して、県大会出場

県大会は、ベンチ外にて応援

 

3年生が多い、2年生が少ない、1年生が多い

っていう感じで、ベンチに1年生入れないと埋まらなかったのと、

後続の育成という観点でベンチ入りしました

たしか、一緒に入ったのが同級生のピッチャーだったので

バッテリーからみたいな

 

県大会の時は、同級生の打撃が一番の奴と

ショートの子が入っていたと思います

 

 

1年秋から、2年生の投手が怪我で離脱したので、

長身を買われて、投手も兼任

 

2年の途中まで、二刀流的な感じでしたが、

上記の先輩投手が完全に投手をやめたので、

投手一本に

 

他にも、打撃不振、同級生投手との争いで勝ったことも

要因だったのかなと思います

 

2・3年時は県大会予選で敗退

 

3年生の時は、市総体にてベスト16か8

 

3年生の時は、一応背番号1でしたが、エースという訳では

なかったと思います

他の投手が、怪我やら不振やらで微妙だったから、

とりあえずの1みたいな(笑)

 

ただ、県大会前に肩・肘・膝とボロボロでした

結果、市総体、つまり、3年最後の大会は、

リリーフで2試合したものの、最後の試合は投げさせてもらえませんでした。

 

高校では、野球を続けるか迷ったものの、

引退後に手術した膝が、完治していなかったことと、

肩・肘もあまり状態がよくなかったので、野球はやめました

 

以上が、私の経歴です

 

 

 

 

選手のタイプとしては、

バッターとしては、外角に強く、内角に弱い

典型的な、ドアスイングの選手でした

 

ピッチャーとしては、軟投派

コントロールと変化球で抑えるタイプでした

最初は、速球で抑えるタイプだったのですが、

肩を痛めたので、力を入れすぎないスタイルにシフト

 

変化球は、カーブが横と縦、ツーシーム

あと、たまにフォークとシュートも使いました

 

シュートは、ツーシームが大きく曲がった時が

そんな感じだったというだけですねw

 

フォークは、落ちる日と、落ちない日の差が激しいww

ので、落ちる日だけ使いました

良かった日は、13奪三振

これは、僕の1試合での奪三振最多記録です

 

ノーヒット・ノーランは2回達成しました

相手は、どこも県大会出場校

まぁ、どの記録も練習試合なんですがね

 

 

 

まぁ、あらためて思い返してみると、怪我ばっかりだったなと思います

特に、膝がひどかったですね

1年生の冬に、捕手として1バウンドを止めるをかなりやり込んだんですよ

課題だったのでね

 

ただ、それが原因だったのかなと

そっから、時折膝が痛かったのですが、

無理をして、続けていました

 

3年生の時にピークになって、結果、両膝手術となりましたね

 

他には、ツーシームを投げていたのは、

結構先駆的だったのかなと思います

 

 

1年生の時に、一緒にベンチ入りした投手の子(足が速かったので外野にコンバート)が、

メジャーリーグが好きで、ツーシームのことを教えてくれたのが

きっかけだったと思います

 

それに、パワプロにも追加された時期が一緒だったのも大きいですかね

 

結果、コースが甘くても打ち取れるので球数が少なくて省エネ

 

中学軟式は、7回までなのですが、50~60球、もしくはもうちょっと

少ないペースで投げることが出来たのがよかったです

 

 

 

 

 

 

久々に昔を思い出しましたが、中々運のいい野球人生だったかなと

思いますね

捕手だったら、間違いなく3年生でもベンチでしたねw

というより、ベンチに入れたかも怪しいwww

 

 

唯一、運がなかったのは、監督の交代くらいですかね

1年生の時の監督さんには、気に入ってもらえれたのですが、

2年生からの監督さんには、好かれてはなかったですね。

 

スポーツ万能系の選手が好きだったみたいなので

褒められたことは、ありますが期待はされていませんでしたね

そのくせ、お気に入りの投手の尻拭いや、登板回避は

僕に押し付ける

 

役目を果たしても、さほど評価されない

ちょっと辛かったですが、いい思い出ですね

 

 

長くなりましたが、ではこのへんで。

 

 

 

 

お久しぶりです、みどりーどです。

 

 

 

今回は、ふと思ったことを、自分の中でまとめるために

書いてみようと思いました。

 

 

そのテーマとは、、、

 

 

 

 

 

「運命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漫画やアニメ、小説等の中で、よく登場する言葉ですよね。

 

「運命的な出会い」、「運命は変えられる!」みたいな。

 

 

 

 

しかし、そもそもに運命とは何か?

 

運命とは、人の意思や想いをこえて、人に幸・不幸を与える力。

(出典:Wikipedia「運命」2016/10/25 AM4:45)

 

 

実際に調べてみるまで、なんとなくでしか意味を知らなかったので、少しびっくりです。

 

 

自分の中では、運命とは、不変なものであり、人との人生に例えるのであれば、

始点を誕生だとすれば、終点である死亡まで、全て一直線であると考えていました。

 

解釈的には同じなのかもしれませんが、「与える力」と表現されると、

すごくピンポイントで発揮されるイメージがあり、線というよりは点なのかなと感じました。

 

 

 

 

 

まぁ、僕の感じた運命のイメージは、一旦おいて、

 

運命にはおおよそ2種類の考え方があるようです。

 

①不変なもの

②不変的なもの

 

 

 

 

同じ言葉に思われるかもしれませんが、

要は、断定されているか、変革の余地があるか、ということです。

 

 

①は、完全に断定されたものですね。私の解釈もこっちです。

 

 

 

②は、ある程度任意で、分岐選択ができるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

例えるならば、①は小説で、②はギャルゲー。

 

 

 

 

 

結果的に、シナリオは決まっているものの、オチの方向性は

人の人生でいうと、自分で決めれるかそうでないかということです。

 

 

 

なので、例文で挙げた

「運命的な出会い」は表現として正解

「運命は変えられる!」も表現としては正解

 

②だと仮定すれば。

 

 

①の考え方である私は、どちらも不正解だと思いますがね。

 

「運命的」とは、かなりぼかした言い回しなので、断定しているとは言い難い。

「運命は変えられる!」に至っては、変えたと思っている未来もまた、

運命であるからです。

 

 

 

 

ただし、①と②のどちらにおいても言えるのは、

視点は、終点もしくは、及第点からであるということ。

 

 

過ぎてからでは、なんとでも言えますからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにですが、

 

 

運命の対義語って、皆さん、ご存知ですか?

 

 

 

 

 

それは、明確には存在しないようです。

 

 

ただし、いくかの見方をすると対義語が存在します。

 

運命を先ほど紹介した①だと仮定すると、

運命=必然となります。

 

 

必然の反対は、偶然。

 

しかし、例のごとく、先ほど挙げた文章と一緒に考えると、

 

「運命的な出会い」は、単純に出会いというものだけを

考えれば、偶然だと捉えられますよね?

 

 

「運命は変えられる!」は、ある人物の言葉だったり、文書だったり、

機会だったり、、、

 

 

その分岐を行おうする際の、原動力となるものが偶然からくるものだったり

するかもしれません。

 

しかし、それらの偶然は、必然であって、運命を変えた!と

言ってしまうと、結局、変えたはずの未来も必然であったとなります。

 

 

何が言いたいかというと、偶然というものは、

運命の前においては、全て必然である、ということです。

なので、偶然は、運命の対義にはならないと考えます。

 

 

 

 

また、論理という面から考えると、運命とは運命論というものから

来ているようです。

 

その運命論の反対は、自分の意志で物事を変えることが出来るという、

自由意志論です。

 

 

私の考える運命の対になるのは、自由意志のようですね。

 

 

しかし、運命を②だと捉えたかは、厳密にいえば違いがありますが、

自由意志も②の要素にもあるわけです。

 

 

そこで、登場するのが、宿命です。

 

宿命とは、宿命論から来るもので、運命論と同意義とされます。

が、宿命こそ絶対に変えることの出来ないものと考えられています。

 

たしかに、宿命を変えてやる!とは、なりませんもんねw

宿命だと、解放だとかのほうがしっくりくる。

 

 

 

なので、②の方は、運命の反対は、宿命になるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

ここまでだらだらと書いてきましたが、

アカシックレコードの様に、根拠はないので

①でも②でも、各々が考える「運命」であればと私は思います。

 

 

 

 

 

 

さらにもっと言えば、元も子もない話にはなりますが、

 

 

「運命」とは、特に宗教のプロパガンダだと私は、

今回調べていて思いました。


 

 

 

自分たちの教えが正しいのだと思わせるためですね。

 

キリスト教で言えば、神の導きよって罪から解放される。

仏教で言えば、仏が救済してくれる。

 

どちらにおいても、罪だったり罰だったりとマイナスなことからの

解放を謳っています。

 

それらのマイナスなことは、運命であるから~という場合もあれば、

神や仏との出会いは運命だというわけですよ。

 

 

そうすれば、現在苦しんでいる者、苦しんでいると思わされた者は皆、

救われたいから、その話に乗ってしまう。

 

 

もしくは、より信仰する。

 

 

 

ただ単に、考えの根拠に挙がってくるものが、

基本的に宗教的なものが多かったからかもしれません。

 

 

しかし、そう考えると、「運命」なんてものは端からありもしないものなの

かもしれませんね。

 

 

 

 

 

前回の更新から、かなり時が過ぎてしまった。


やはり、だらだらと過ごすのはよくないですね。

簡単なことでも、目標をもって頑張ることの大切さを、
この1・2か月で痛感しております。

 

 

そんな目標の一環で、自分が読んだ書籍の書評、

といえば大きくなりすぎるので、感想程度のもの

書きたいと思います。

 

 

元々は、母の友人が某SNS上で行っているのを

拝見して、「いつか、やってみたな」と思ったのがきっかけだったりします。

 

 

その方は、かなりの知識をお持ちですので、

書評の形でも構わないですが、私は

たいそうな知識もない人間ですので、

この記事を見た方が、ちょっとでも本に

興味を持っていただけたらいいかなって感じで
書こうと思います。

 

 

 

ただ、私が読む本の割合が、

 

ラノベ:学術本:その他 7:2:1

 

という状況なので、基本ライトノベルについてだと思います。

 

学術本の内容が、記事になる場合は、

「あ、課題があったんだな」と思ってください(笑

 

 

 

そんな感じで、ちょいちょい書けたらいいなと思います。