本来、親とは育ててくれた感謝を持って接する必要があると思うが、俺は9割型、鬱陶しいとしか感じなくなっている。
東京の大学に生かせてもらったし、したいことをさせてもらった。
と、ここまで書いて気づいたが、俺はしたいことをさせてもらったんだろうか。
俺がしたかったことは、何だったのだろうと。
俺がしたかったことをさせてもらったのではなく、親がしたかったことをさせられたのほうが正しいのかもしれない。
中高の俺は親に怒鳴られながら、勉強をさせられた。そして、それなりに名の通った大学に行き、それなりの会社に就職した。
これが俺のしたかったことかと言われると違う気がする。
俺はそもそも料理をしたかった。
親の意見を聞かず、自分のやりたいようにやっていたら、俺はきっと調理師になっていたと思う。
俺は、自分のやりたいことがあったにもかかわらず、それを捨て、親の言う通りに動いてきた。
自分で意思決定をすることを怖がっていた。
調理師になりたいと親に言ったことがあるが、調理師なんて大学行ってからでも遅くないなどと反対され、結局は周りの人と同じように大学を目指すことになった。
そして、そのとき俺は自分で選んだ明治大学に入ろうしていた。
でも、青学の指定校推薦があるから、とりあえずそれを受けてみろと親に説得された。泣きながら俺は明治を一般試験で受けたいと言ったが、その主張は受け入れられず、結局、そのまま青学に入ってしまった。
就職活動のとき。
最初は自分で選んだ会社を受けていたが、落ちまくって(というかまともに就活していなかった)、親に今の会社をうけろと言われ、受けたら受かったので、まあいっかと今の会社に入った。
俺の人生は全て自分で選択したものではない。
大きな分岐点には必ず親の意見を聞き、そのとおりにやってきた。良くも悪くも。
だから、24歳になる今に至っても、親がいろいろと口を出してくるし、自分では何も決められない人間になってしまった。
いつも親や誰かの言う通りに、自分で選択をすることなく、漫然と生きてきてしまったために、失敗したと思っても、人のせいにしてしまう。
自分で選択することの責任を経験せずに大人になってしまった。全て誰かが言ったことを、まあいいかと自分を納得させて生きてきた。
自分で選択し、その選択に対して、自信と責任を持って生きていたら、どんな人間になって、どんな人生を送っていただろうか。