音楽の授業嫌いが起こる原因について、私は、以下の3つの壁を考えている。一つ目に技能レベルに差があるということ、二つ目に音楽知識の不足、三つ目に上手く表現ができないということだ。
まず、技能レベルに差があることが挙げられる。私は、楽器の演奏が上手くできずとても苦労した。先生や周りの友達は流暢に演奏しているが、自分は音が出せず音楽の時間が苦痛であった。周囲とのレベルの差は劣等感や恥ずかしいといった気持ちを生む。一般的に、楽器の演奏が上手くできない子どもは、先生や友人など周囲のレベルに合わせる事が出来ない。私の場合は、音のリズムや速さを理解できず、合奏の授業の時には間違えたら馬鹿にされるのではないかと怯え自由に演奏することができなかった。また、楽器の演奏以上に苦労したのが歌唱の授業である。私は、音痴であったため音を度々外してしまい、笑われるのを恐れて仕舞いには小さな声で歌うようになった。また、高い声が出せないとみんなの前で歌わされて、歌うのが怖くなった。技能のできには個人差があるが、私の学校の先生は皆同じように上手にできることを求めていて、それが苦痛であった。音楽の授業では、技術不足を露呈するのが怖いと感じる子が多いので,嫌いになるのだろう。
次に、音楽知識の不足である。音符の種類や記号の意味、強調する部分等音楽には多くの知識が必要であるが、私にはとても難しく感じた。真面目に取り組めば良かったのだが、覚えることが多くやる気をなくしてしまった。音楽知識を活用すれば曲全体を捉えることも容易だと感じていた。だが、面倒くさいし先生の説明もよくわからないという理由から放置してしまった。先生は、習った専門用語を多用していたため音楽の授業で何をやっているか理解できない状態に陥ってしまった。やがて、音楽の授業は疲れるという風に考えるようになってしまった。私だけでなく、周りにいた友達も音楽をやっている子以外は楽典を理解していなかった。このような状態の中授業がどんどん進められることで「わからない。」、「置いていかれている。」という焦燥感を感じる子が増えていく。音楽の理解を助ける用語や知識が,子どもたちに定着するような指導をしないと,音楽の理解を妨げ,授業が嫌になるのではないか。
最後に、上手く表現ができないということだ。私の場合は、直観的に音やリズムに対応できるものの、その内容を自分自身で解釈し、表現することや説明することは苦手である。自分で音楽を作って表現できたらどんなに楽しいだろうと考えたことはあるが、どんな風に表現したらいいのかよくわからなかった。例えば、子どもが音のリズムや速さを理解出来な子どもが音楽を自由に表現するというのは、心理的に困難である。先にも書いたが、楽典の知識の不足はこうしたところにも表れる。先生からは、「自由に表現して下さい。」、「個性を活かして下さい。」という言葉を掛けられたがどうしていいかわからず、授業がつまらないと感じるようになった。その状態にも関わらず、発表の機会が多く設けられているため音楽の授業が嫌いという子は私の周りにも多くいた。やり方がわからずに悩んでいるだけで、やる気がない、態度が悪いと決めつけられて音楽自体が嫌いになったという子もいた。子どもの表現を引き出してあげなければ、子どもたちはつまらない授業を受けているだけという感覚になってしまうだろう。
音楽の授業がつまらないと感じる理由の共通点として、技能,知識,表現の目標やその意義を,分かりやすく確実に身につける方法の不足があると感じる。これを解決するには、授業の質の改善や雰囲気を変えていく必要があると考える。
