輪廻と変容

輪廻と変容

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右の眼球の私。
左の眼球の私。

二つの映像が絶えず同時に眼球に収まり、脳で編集され、本来二つであった私は一つになる。
一つになった私は二つの頃の隙間を忘れ、忘れ、忘れ、絶えず忘れ続ける。
私を形成する「脳みそ」と、私そのものである「外」は、私の身体中の穴で繋がっている。
穴を通り抜けたものこそが「私」であると思いきや、純粋無垢の美しい湧き水のような私は、私の中にはもともといないのだ。
では穴が、私を決定づけているのだろうか。
私の身体中に空いた穴こそが私なのか。
私は穴か。
穴だとしたら、私は無である。
「外」と「内」、「外」と「外」、「内」と「内」を繋ぎ合わせる私は空である。
私はドーナッツ人間。
(ドーナッツ人間といえば、ハルキストに喜ばれそうなキーワードだ。ドー「ナッツ」というところがポイントである)

穴を塞いだらどうなるのか。
ねえ、穴を何で塞ごう。
穴に何を入れよう。
穴から何を出そう。

私はどこにいる。







穴だらけの私たちは、穴を隠したりもするし、出しっ放しにもしている。
見えないものや見えるものを出し入れし、それによって「私」を確定づけさせている。
ということは、と、いうことは、だ。
私ってのは「外」はじゃないか。
そこに転がってるペットボトルだったり、ギャッツビーの生還スプレーだったり、賞味期限切れの飴玉入りの瓶だったり、いろはにほへとの円覚寺の冊子だったり、ホッチキスだったり、付箋だったり、コードだったり、鉛筆だったり、上田様と書かれた封筒だったり、指であったり、爪であったり、私であったり。
これこそが私なのだとしたら、そりゃあ大事に扱わねばならないし、同時に木っ端微塵に破壊したって良いわけである。
あらゆる「そのもの」を適した穴に通すだけで(我々は建物や地平線や太陽や雲や無数の雨だって、なんだって穴を通すことができる)、脳髄が気を聞かせたり余計なお世話を施したりして、私を色付けてくれたりセピアだったりモノトーンになったり、私は何に変わってしまうのか。






私の穴と私である貴方を結びつけることは容易である。
ただ貴方である私と、私である貴方が、同じ穴をお互い見せあわねばならない。
穴を見せられる仲になることが難しいのである。
穴さえ見せてくれれば、私はそこに色々なものを通したり、流し込む。
それまで透き通るほどに純粋であった私は、私的私として私と繋がり、杭が打ち込まれる。
確かなる不在、不確かなる実在の往来によって、身体は次第に溶けていくのだろうか。



宇宙の穴
宇宙を入れるための穴

穴とは繋がるために開かれている
穴とはこちら側と向こう側の共時性である



我々は常に何かの穴を通り続けている。









身体と自分の間に、薄い膜がある。
すごく柔らかくて、伸縮自在だけれど、絶対にちぎれたり破れたりしない、薄い膜。
血肉とはまた別の包まれている感覚。
最近、ゆっくりと中の圧力が増しているように思える。
季節が温かくなるにつれ、青く硬かった実が、ぶにょぶにょと柔らかくなる変貌のような感じでもある。
赤く甘く熟れて、濃厚な香りと汁を滴らせ、地面にぼとりと落ちて、潰れる実。
地面で爆発、花咲かせ、溢れる血肉に虫たかり、臍を舐めて、爪の先までしゃぶられる始末。
そんな春の終わりの淡い期待で、圧が高まるのが分かる。
包皮がぷちんと弾けるまで、この生暖かな泥濘の中を進むことに時折くたびれる。
手綱を握っている私にも手綱が結びつけられていて、私が引くと同時に私が引かれる、そんなメビウスの輪で繰り広げられるいたちごっこの有様を誰が見ようか。



コンタクトを外すと、今までのすべても同時に消え去ってしまうかのような不安に陥る。
極度の近視である我が眼玉は、5センチ先のものでも曇りガラスのごとく容易にぼかす。
そうなるとやはり絶望のどん底である。
今までの見えていた世界に、ばさっと透過性の低いヴェールが降ろされ、蜃気楼のごとき揺らめきに光が点滅する。
光が点滅するごとに、それまで頭の中で組みた立てていた様々な計画の柱が、ポコンポコンと消え去って、砂上の楼閣のようにずりずりと記憶の地平へと沈み込んでいく様が眼玉の1mm先に見える。
ぼやければぼやけるほど、脳髄に光も届かなくなる。
すると親・友人の顔さえ暗くなって、タバコで焦がされたように真っ黒になる。
景色さえも薄墨をぶっかけられたように、灰色にトーンが落ちていく。
思い出せることが喪失する恐怖に苛まれるため、最近はコンタクトを外して寝ていない。
いつか病原菌に侵されて眼玉が飛び出ることがあるかもしれないが、その方がある意味スッキリするのではないだろうか。
またコンタクトと眼球が接着してどうにも取れなくなってしまうかもしれないが、見える・見えないの同時平行で運動する世界よりは幾分かマシかもしれない。
コンタクトをしたまま寝ると、夢の中もクッキリと輪郭を浮かび上がらせてくれているように思う。




腕を曲げると、上腕二頭筋と上腕三頭筋に痛みが走る。
スーツのジャケットを羽織ろうとすると、大胸筋に痛みが走る。
胸を張ると広背筋に痛みが走り、肩が何かにぶつかると三角筋に痛みが走る。
ジムに行くと、その後数日は我が身体に痛みが駆け巡る。
痛みの箇所を確認することで、初めてそこに筋肉が在ることに気づく。
ああ、これは己の身体の一部なのだ、と。
歳を重ね、慣れれば慣れるほど、身体は不在になっていく。
身体だけでなく、呼吸であったり、歩行であったり、当たり前の出来事は、一連のストーリーを失い、見えなくなる。
しかし、ひとつひとつを確かめれば、我々は何と多くの導きで構成されているかに気づく。
身体はどこかに置き忘れることも、失くすこともなく、死ぬまでぴったりとくっついて、同伴してくれる。
「気づく」とは、己と分離しているからこそ「気づける」。
そのため己の身体に気づくということは、もう一人の他者(自己)を構成することとなる。
彼は再び私に更なる気づきを与えてくれる。
私は恋に落ちる。








よく晴れた昼下がり。
車や、バイク、飛行機などの騒音が混ざり合って、ぶよぶよの脂肪でたっぷりと肥えた轟音が空間を通り過ぎていく。
着物を着ていると、太腿の内側がじっとりと汗ばみ、額がテラテラと瞬きだす。

宙ぶらりんの人間。
私には特にやりたいことがない。
やりたいことがないからといって、死にたいわけでもない。
むしろ死にたい願望がある者は、やる気に満ち溢れ、輝いているように思える。
何もしたくないときは、何もしたくなくなるのだ。
重力に引っ張られて、空に向かって宙ぶらりんになっている状態である。
しかれども、私はたくさんの大きな感謝を持っている。
現在私が私として地面からぶら下がれているのは、決して私だけの力によって到達できたものではないことを、私は知っている。
上や下を見れば切りが無くなるが、それなりに私は裕福に暮らしてきたし、興味深い人たちにも会え、今でも付き合いが続いており、かつ好きな仕事で、自由な展望を見出すこともできている。
しかし不思議なもので、物事がうまく進めば進むほど、私は大きな喪失を感じる。
だから想定できない何かが起こることを私は絶えず望んでいる。
道に迷ったり、計画がうまくいかないことは、私にとって喜びである。
さらに時折、私は成功した事象や、正解である事象をみると、それをたちまち破壊したくなる衝動がある。
そこで一つの答えとして停止し、名詞化されてしまうことを、私の精神はとても耐えられないと思う。
ホームレスのキチガイ性に私は憧れを持つ。
千種千様の個性的なキチガイたちが、己の領域を非暴力的に押し広げつつ、道を闊歩している姿を見ると、私はここまで至れるのかと、自問自答してしまう。
私は現時点でそこまでいくことができない。
彼らと対話できる言葉や経験も持ち合わせていない。
私は文字で表現ができるのならば、野宿生活で残飯あさりをする人生でも良いと覚悟しそびれ、社会的にみればマイノリティではあるけれども、大きな加護の下で温かなものを食べているのだ。
表現だなんだんと言いながらも、我々は安定した地盤の上で「それ」をしようとしているに過ぎない。
歴史の枠に己の存在を刻み込むために行う行為を表現であるとして、それを計画的に推し進めるのは何ら批判されることではないが、「個」として「個」を呑み込むほどの表現というのは、キチガイでありながらもキチガイではないキチガイによって達成されることであり、己の中でたくさんの自己と他者に気づくことが必須である。
と思いながらも、私はキチガイを演ずることも、キチガイになることも、キチガイにを見定める安定した眼球を持つことを、繊細に、そして反射的に避けて生きているような気がして、私は自ら重力に引っ張られているのだろう。
彼らにとっては重力を解き放つことなど容易なことであろう。
彼らはすぐにでも宇宙空間へ落下し、ブラックホールの特異点から、また別のキチガイの脳髄へと飛び込みながらも、日が暮れれば慣れた手つきで高架下に段ボールを組み立てるのである。
エコやリサイクルを標榜する団体は彼らの門下について、修行を積むべきである。

現在、私をどこのアングルから眺めようとも私は宙ぶらりんである。
私は何事も規定したくない。
規定されたものは、死である。
規定されたものが運動性を持てば、それはシステムとなり、我々を殺すだろう。
境界の無い包容力。
無限の抱擁。



不連続なものを掻き集めても連続性は生まれる。
また、連続性のあるものを掻き集めても不連続性は生まれる。
バラバラの意志を持っていても、彼らはひとつになれるし、同じ意志を持っていても彼らはひとつになれないのである。
常に我々の身体は分離と集合を繰り返し、昨日までは他者であったものをこの肉体の一部とし、生を長らえている。
同時に、昨日まで己の肉体であった部位が、他者へと取り込まれ、他者の生を長らえさせる。
我々は集まれば、その構造体の末端部分において機能的な運動ができるように計略する。
安定した肉体の延長を絶えず模索し、その運動が止まるまで、動き続ける。
我々は互いに共通した何かを持っている。
非言語の集いであればあるほど、それらの感覚における言語化はとても野暮ったく思える。
つまるところ、共時性や、共感の言語化は単純で曖昧な言葉によって表現せざるをえない。
それ以上、言葉を増やせば意味が乖離してしまったり、変容してしまい、その集いの本来の意味が失われてしまうことが多々である。
「私」を規定するほど、「他者」は増加する。
そうではなく、「私」でも「他者」でもない、溶け合う集いが望ましい。
宇宙に作られた我々は、宇宙である。
次の場面でどんな急展開があろうとも、私たちは宇宙に内包され、それに繋がっているのである。
恐れてはいけない。
小さくまとまってはいけない。



無意味な会話における意味性。
取る足らない馬鹿話であっても、それらを全体視した時に意味がないかと言われれば、案外、重要な構成要因のひとつであることが分かる。
しかしそれは結果から振り返った時において分かるのであって、その場面で意味性に気づけるかといえば、それを確定することは誰もできないだろう。
幾重にも重なった、鄙びた皮膚を脱ぎ捨てて、頭の空っぽにして、面白いことをしたいが、その恐怖は常にある。
その出来事が楽しければ楽しいものであるほど、それが終わる瞬間を想像してしまい、とても悲しく感じる。
しかし、最近になってようやく、この無意味な定まった運動、または定まっていない運動が、相互間でうまく連携し合い、繋がったり途切れたり、俯瞰すれば全てがひとつであったりと、興味深い点を認識できるようになってきた。
とにかく、我々は生きている限り、流動し続けなければならない。
もしかしたら無理に意味付をしてしまえば、針をプツンと風船に刺し込んだみたいに、夢が肉片を飛び散らして破裂するかもしれない。
輪廻の軌道を見つめる楽しみ。
黄昏の流れ星。





日本と西洋におけるARTは、まるで意味が違う。
西洋におけるアートの対義語はネイチャーである。
ARTは元々はアルスという言葉で、技術を指していた。
そして現代において、藝術が第一の意味に取って代わった。
アートにとって、自然は分離しなければならない世界であり、その線引があって、初めてARTは成立する。
この傾向は建築の世界においても見られるのではないだろうか。
日本の建築物は自然を受け流すように作られているのに対し、西洋のものは防壁でもって抵抗を示しているような感覚を
それらは人工物でなければならない。
人工物を如何に技術と経験とセンスにそれぞれの宗教観や思想などを織り交ぜて編集するかが重要視されるように思える。
反対に、日本のものは芸術を完全なる人工物化させていない。
茶碗は土を捏ねて生まれているものであるし、建築も木材はその木ごとに修正を与えながら組み込んでいく。
この章において人工物を定義するとすれば、コピーであるといえる。
ひとつの事象を思い浮かべる時に、自然はそれぞれが形が異なるが、人工物は共通化しやすい特徴があると言える。
特に日本の「もの」は、歴史や時代の縦の軸においても、様々な観点からの横の軸においても、その変化が期待されることが大きい。
土や木材などの材質的な事柄はもちろん、空間性や環境、季節などの変化も「もの」には加味される。
日本の伝統文化を現代アートとして転化させた作品を見た時に、感覚に魚の骨のようなものが引っかかることが多々あるのだが、そこを紐解けば、やはり日本の「もの」が組み込まれていないことから発生しているように思える。
形も面白い、釉薬も面白い、コンセプトも面白い、有名なギャラリーにも所属している、世界的な評価も高い。
けれども、その茶碗を使いたいか、と言われれば、それは思わないし、それに合った道具組などまるで想像ができない。
むしろそれが茶室にある姿も思い浮かべられないし、かといって現代的な建築物の中で映えるかといえばそうでもないと言える。
お。半分愚痴である。
ただ、私は混乱する。
それらの作品は一体誰からどのような評価をもらいたいのかが分からないのだ。
かつての日本の職人のように、お家元や大名、将軍をトップとするピラミッド制度に位置しているわけでもなく、そこに日本の季節感を含ませているわけでもない、それらを作る彼らは何を伝えたいのかが理解できない。
外国人にウケるために日本文化を切り売りしてどうしようというのか。
日本にアートという概念は無い。
日本にあるのは、藝術である。
自然の揺らぎを掬い取る作業こそが、我々を位置づけ、かつ結びつけるのである。





私は表現者であるが、アーティストではない。
現時点の仕事では何かを作品として発表することはないだろうし、名前を残そうなどとも思わない。
自分の生きた証を残したいという人がいるけれど、そんなことはどうでもいい。
人間の五感、そしてその先にある第六感(勘)を成長させたいだけである。
我々の内側にあるけれど、いつの世にも明確化されずに、またコントロールできぬままでいる、この感覚というものをより鋭敏にさせたい。
そのためには子供達に感覚の素晴らしさを覚えてもらうしかない。
自分で想像してものを構成していく、そしてそれによって構成されていくことの楽しさを、喜びを感じてもらいたい。
生きている限り、生は面白いのだ。
感じたことの無い体感を、これから構築していく。

ひとつの魂の形が、その環境に適応し、順応し、変化し、浸透していく感覚。
「私」が自然の中へ流れ出ていく。
人間が建築によって、境界を作り出し、「外」と「内」を生み出してから、私たちは分離された。
やがてそれらは「自己」と「他者」という「個」の分離をも生み出し、私たちはさらに細分化された。
社会が成熟するにつれ、私たちはますます小さな集合体となっていった。



もともとはひとつであった魂の形が、人工的に細分化されていったことを誰が覚えているのだろう。



畜産や栽培の方法を知らぬまま、採集生活を送っている組織には境界線をもたないことが多い。
あるとすれば、若いか老いているか(大人と子供の境のない民族もある)、または男か女かの別であり、しかれどもそれらは凹んだ部分に凸が差し込まれてひとつの形となるように、きちんと法則化されている。
我々の頭の中に、もともとは境界などなかったのである。

現代生活を顧みれば、我々は家をバラバラにされ、知識をバラバラにされ、機能をバラバラにされ、感覚をバラバラにされ、バラバラバラバラの生涯である。
ひとつを本質的に分離することは、本当に可能だったのだろうか。


バラバラにすることによって、専門性を突起させたそれぞれの肉片は、針の先のように細く尖る代わりに、技術を進歩させることができた。
しかし、それらはヒトデやプラナリアのように、元の一に戻ることは難しくなってしまった。



無限大に広がっていく凹と凸のピースを如何に組み立てるか。
それらの編集所がやはり必要である。
それはかつて、我々の先祖が「境界」を作成したところから、現代までを検証し、ひとつひとつの分離性を紐解いていかねばならない。
そして、そこで最も重要視しなければならないのは、感覚である。
感覚で一に戻る。
そこへ至る方法論として、分離性を利用することは大いに結構であると思う。


人類史の本を読んでいると、集団機能を限定させる法則が、複雑に構造化されればされるほど、「外敵」を作り出し、破壊する方向に進んでいるように思う。



変幻自在の柔らかな魂を如何に作り上げるか。
課題である。






ジャレドダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を読んでいる。
昔、建築学の本を読んでいた頃に、環境の影響によって人間の様々な部分(行動・精神・思想・身体)が変化していくことを知ったが、やはり、人類史を生物学的に歴史的に省みても、それらが大きな効果を我々に与えているのだと確信する。
本の中には同族であったのに、船で別の島へ行った種族が500年後に本島に残った種族に殺し尽くされる結果となった場所(マオリ族とモリオリ族)の例もある。それだけに環境というものは、個人にも集団にも歴史にも多大なる影響を与え続けている。

人間の教育で最も重要視しなければならないのは環境である。
環境が良ければ、どんなに知能の低い人間が生まれたとしても、それらが彼を助けるだろう。
逆もまた然りである。
また、人間は血・家を保護するための重厚な防護策を、これまでの歴史の中で丁寧に作り上げてきた。
子孫がもし道を踏み外すことがあっても、己が残したセーフティネットが上手く身体を包み込み、しなやかに反発し、何度でも道へ戻してくれるだろう。
それは学歴であったり、企業であったり、遺産であったり、血の通った親戚であったり、様々な形態を用いて、現代の我々の生活の中に溶け込んでいる。
それらは本当の「知能」を寄せつけない。
悪しき環境から生み出された「智慧」はただただ彼らに掬い取られ、真実の知能者は歴史の狭間に落ちていくのみである。
私は日本の中でも最も日本的な環境に身を置くことで、その事実を体感している。
良き環境にぶら下がった人間たちが、蜘蛛の糸がつらりと垂らされる度に切り落としていく様を何度も見ている。
「救い」とは「掬い」である。
手を差し伸べられた者が次のステージに上がるためには、彼らに己の智慧を売り渡すことによってのみ達成される。
真実の知能者は表に上がることは無い。
知能者は、ただ、去るのみ。
特に日本においてはそれが顕著である。


良き環境に眠る者たちは、生殖能力の優勢さによって、周密度を挙げていく。
世代が受け継がれるたびに、同じ血は密度を高め、域を広げ、統制された集団を作り上げる。
統制された集団に他者が入るためには、何よりも血を、家を通わさなければならない。
それは婚姻であったり、生殖行為であったり、またはそれらによってもたらされる結果である。
しかし、もちろん一度でもそこに片足を突っ込んでしまえば、逃れることはできない。
もがけばもがくほど泥濘にまみれ、頭にずぶりとストローを刺され、髄までちゅるりちゅるりと吸われるだけである。
良き環境の低知能者たちは加減を知らず、また新しきを求めずであるので、それが美味ければ美味いほど、行為は繰り返される。
しかも彼らが痛い目を見ることは、歴代の御厚意によって常に守られているため、ほぼ起こらないと言って良い。
これらの血・家の濃さは日本人が生まれながらにして保守的なことの要因の一つに挙げられる。


そもそも日本人のこれまでの社会において、「個=知能者」という意識はなかったと言える。
全体の統率者であった天皇でさえも、「個」では無かった。
部分も全体も、「公」だった。
産まれ落ちれば、その瞬間に我々は必ずどこかの集団に吸収され、集団の一部として生涯を送った。
そこから外れるものは、ただの異常者であり、「個」ではなかった。
異常者は集団から離れて集落を作ったり、血・家によって隠されたり、流浪のままひとり過ごしたりした(障がい者もまた然りである)。
誰も「個」など認めなかったのだ。
いや、そもそも「個」という概念さえなかったのだ。
さらに言えば、「個」を認めるというのは、その者を知能者として認めるということ。
日本の歴史において、知能者は必ず集団の報復を受けた。
そこまでして守りたい日本の集団性とはいったい何なのであろう。
一見、温和で非戦闘的に見える日本人には、このような冷酷さが今でも染み付いている。
美味いものを食べれば食べるほど、私の柔らかな歯は、柔らかな肉を圧縮し、豊潤な肉汁で口内を脂まみれにし、真っ黒な胃を喜ばせる。
野良猫と飼い猫の異なりたる形相を睨めば、行く宛なき無言の嘲笑が舞い落ちる。
集団性を、個性とすげ替え、上手く順応した日本人の恐ろしさ。
そしてそれに気づかぬまま、ただ呆けた口を開けっ放しにして大学の椅子に座る学生たち。
大人の膨れた腹の足しにしかならぬ専門生たち。
募金を当てにし、社会に責任を押し付ける慈善的インテリ学生たち。
そして「公」にいない大人たち。
三島由紀夫がこのような社会を想定して、腑をぶちまけ、首を飛ばさざるを得なかった理由もよく分かる。
赤の学生たちが行き場を失くしてテルアビブ空港で銃を乱射したやるせなさもよく分かる。
日本が本当に「個」を認めるのであれば、我々は同時にそこに隠れる集団性を同時に相手しなければならない。
上も下も無能者を生産するべく、大きな輪廻が生まれている。
どうすれば良いのだろうか。


日本における「個」の重大な欠陥は、そこに責任が伴わないことにある。
私が10年ほど続けた空手の世界でいえば、だんだんと組手が無くなってきている現象にそれを見て取ることができる。
「組手」では、直接相手の身体を拳で突いたり、蹴りを頭部や腹部に入れたりする。
もちろん幼い子にはサポーターを付けるが、当りどころが悪ければ、打撲をしたり、血が出たり、脳震盪を起こすこともある。
さて、その場合の責任はいったい「どこ」・「だれ」にあるのだろうか。
従来の日本人には、集団性が重んじられたため、個人が怪我をしたとしても、それ自体が問題となることはなかった。
むしろ、集団の目的を遂行できなかった個人が非難を浴びることの方が多かったといえる。
しかし、現代の日本においては、集団から「個」の良いところだけが抜き取られ、社会的な集団性よりも、血・家の集団性がそれを盾どころか武器にして、反抗する結果となった。
よって「『個』が集団的な活動によって怪我をした」という事実のみが浮き彫りになり、必ずそこに伴わなければならなかった「責任」が社会に押し付けられるようになってしまった。
血・家の集団性を、西洋的な「個」にとても上手に転化した「日本人」というものに、舌を巻かざるを得ない。
そして今日、多くの若者が、ネオンのごとく光り輝く「個性」を発揮しようと、様々な教育機関で洗脳を施され、卒業するとともに奈落の崖へと突き落とされている。
若者たちはこの現状に悔しくないのだろうか。
悔しささえ感じないほどに洗脳され尽くしてしまっているのだろうか。


さらに日本人は芸術への関心が少ない。
機能性を伴う、形の美しさに身を寄せる者がいない。
特にキャラクターが重んじられる日本の社交性、または産業物などを見ると、あまりにも内容が伴わないことに絶望する。
安い酒と安い食事と安い話(身内話)で盛り上がり、路地裏で側溝に向かって吐いている若者たちが、安い内容の雑誌や小説やテレビで手を叩く。
私はあまりにも悲観的過ぎるのだろうか。
ただ自ら「もの」を産み出そうとしている若者たちの姿はとても美しい。
それが実を伴わない夢物語なら耳を貸す気は無いが、「既にやってしまっている」話はとても美味しい。
そこに美味しい酒と美味しい食事が加われば、何よりも最高ではないか。
外国でウケたアニメやマンガに嬉々としているうちは、日本人は何も生み出すことはできない。
そこにはどんな機能があり、どんな美しさがあるのか。
我々を生涯を魅了するものは、そんな美しさのみである。
そしてその美しさを生み出すのは、いつだって知能者なのだ。
真の知能者はいったいどこにいるのだろう。


美大であって、音大であって、結局、学費の高さが影響し、富裕層の子供しかいないのだ。
富裕層の子供達がその利点を活かして、高い機材や材料を買い揃え、作品として発表している。
もちろん、最高の作品を作ろうと思えば、経済的な問題は避けて通れない。
親であろうが、奨学金であろうが、パトロンであろうが、そこで作品に注ぎ込めるだけの資金を調達できるかも、もちろん芸術家に求められる能力だ。
しかし、学校の学費によって、突然知能者を篩にかける残酷さは、協調を売りにする日本教育における異常さの表れではないだろうか。
無益な低知能者を資金の有無によって高学歴に仕立て上げる。
それが「個性」であろうはずが無い。

これは「道」と名のつく日本文化の世界においても同じことが言える。
幾年も稽古に励み、許状が許された者でも、べらぼうに高い許状料を支払うことができなければ、許状を頂くことができない。
要するに、日本の美の世界は、金が無ければ入っていけぬ。
特にそれらは個人で支払うことが難しいほどの額であるので、やはりそこに血・家の集団性が強みを増していくのである。


これほど理不尽な血・家の集団性の問題を、どうして我々は直視しようとしないのだろうか。
我々に許された一つの道として在るのは、良き環境の創造である。
良き環境によって、様々な知能者をすくい取る活動を行いたい。
私はその環境の一部であり、性別問わず、年齢問わず、人生問わずして、血・家ではない、教育法を作成しなければならないように思う。
それは、今の7、80代の恩寵を直接受けていない、20代の世代でやり遂げねばならない。
小さな茶室という空間に、あらゆる美と技術を含ませて、宇宙を作りたい。
そして、それは次世代の血・家に依存しない知能者を作るための揺り籠であらねばならない。
そろそろ自立せねばならない。




昨日、六本木ヒルズで行われている、イケヤン展2013に行った。
http://www.ikeyan.jp/events/all/2132

イケヤン。彼らは陶器グループとして日本でも世界でも活躍し、独自のフェスも作り出して、すっごく面白いことをやっている。
リーダーの青木良太が特に有名で、テレビや雑誌、Webでとても注目されている。
聞き集めた情報を、いよいよ己の眼で見れるのだと、いろんな期待を込めて六本木ヒルズへと向かった。

感想は、というと、実に実用的で、現代の我々の生活にフィットした素晴らしい作品群であった。
私にとっては新しい素材ばかりで、手取ったときの感触や、重さが、とても新鮮に感じられた。
色映えも実に多様多彩で、若手らしい挑戦が感じられた。

しかれども。
茶碗や皿などもあったが、そこにおいてはまるで機能性が無かった。
やはり青木亮太はずば抜けて良かったのだが、せいぜい薄茶碗止り。
中には茶黙りの部分に突起物を付けている者もおり、あれでは一度点てただけで茶筅がバキバキになってしまうではないか、と落胆した。
普段、お茶を楽しんでない者が、良い茶碗に触れていないものが、見よう見まねで作ってしまった感があった。
外国人ウケの良い茶碗を、己の日本人ステータスを上げるために土を捏ねただけの様。
ここに釜があり、水指が置かれ、建水が下に位置し、茶入、茶杓が揃ったとき、調和を破壊するべく彼らの作品が置かれると思うと、これはまさに茶碗にあれど、茶碗に無し。
一人だけ目立とうとする、「個」のぞんざいな扱い。

もちろん、これまでの歴史上にある作陶家たちと同じことをしても、敵わないだろうし、目立たないだろう。
けれども、歴史を断絶した作品に未来はあるのだろうか。
過去を断絶した作品はその瞬間で泡沫のように消え去るのだ。


ああ、とても残念だった。
残念な分、私の新たな仕事が思い浮かんだ。
彼らは良い茶碗、良い茶道に出会わなかったに違いない。
自分のお茶碗で、素晴らしい調和と、美味しいお抹茶が点てられるのを期待していないに違いない。
どんな機能性を持つか、その機能性とはどのような美しさなのか、本当に考えているのだろうか。

しかし、ここまで若手だけで頑張っているのだから、今度は流派の長が、彼らに手を差し伸べ、ご褒美を与えなければならない。
挑戦意欲はとても感じた。
ぜひ、これからコラボレーションしたい、と思った。







茶道とはなにか。
まったくつまらない題名である。
「茶道とは」、「茶の湯とは」、巷であふれる現代茶道の「もんだいてーき」たち。
千利休の魔法のことば、呪いのことば。
お菓子食べてお茶を飲む。
そこに何も含まれていなくても、何が含まれていても、一体どんな問題が生まれるのだろう。
もんだいてーきは、問題を問題視するとき既に、何かが失われているような気がする。
「目の前のお菓子とお茶を如何に美味しく頂くか」
茶道を「する」とは何か。


大江健三郎が小説の中で語るように、「魂のことをする」というのであれば、私は自然に魂を身体に溶け込ませることができるが、「茶道」は何を目的とし、何と融合するのだろうか。
そこには工芸、建築、哲学、歴史、など、ありとあらゆる事象が含まれると言われるが、それは「もの」を頂くあらゆる行為に共通することではないのか。
焦点を当てれば何だって浮き彫りになる。
茶道を茶道化させようと「する」、それは時として煩い。


お菓子を食べて、茶を飲む、あまりにも自然で美しい生の行為。
それだけを私は貫いていきたい。


内弟子期間、最後にそう思う。





家のリビングの電球が切れた。








六つのうちの一つが切れている。

一つの電球が切れて、死んでいる。



だから何か。



死んでいるから何か、消えているから何か、動かないから何か。



そこは付け替えなくてはならないのか。



他の五つが明るいから、事切れた一つの電球も明るくなるべきなのか。



この差は一体なんなのだろう。



ただ単に取って変えるだけに集約された我々の思考過程はなんなのだろう。



もしかしたらまた光るかもしれない。





















雲が通り過ぎると、陽光がさーっと強みを増して押してくる。



どこまで窓辺が白くなってしまうのだろうというくらい、調節ネジが限界まで回されて、部屋の中がうっすらと輝いていく。



汚いカーテンがいつも以上に真っ黒になって、肩を落とすように沈む。



窓の外でバトミントンの羽が往き来してる。



ここはどこの昼下がり。



母親の足音がうるさい。





















修行を開けた私は凱旋的に家に舞い戻った。



友達の車のバックライトが破損してしまう不幸はあったけれど、ほぼ引っ越し作業も終了した。



空っぽになった部屋を見ても、たった一年じゃ何の感慨もわかない。



ひとり暮しというのは何なのだろう。



ひとりの生活って、なんだか不思議なもんだ。



私を邪魔する人間がいない生き方って、生きていると言えるのか知らん。



私に抵抗するものがない生活って、不思議だ。



食べて、寝て、仕事行って、食べて、寝た、一年だった。





















専門学校の中途半端さに心濁る。



日本中の専門学校をロケット弾で木っ端微塵にしながら旅をしたい。



私が指をくいっとするだけで、戦闘機だとか、戦車だとかが、それらを集中攻撃して、鉄骨むき出しになったところにとどめの弾道ミサイルを放ってもやっても良い。



もちろん専門業に特化した素晴らしい学校もあるのだろうけれど、人生滑り落ち組の稼ぎ場所になっていることはどうなのだろう。



大学に行けない、就職業につけない時点で、「それ」は諦めるべきではないか。



諦めないのなら、もう正当な道では不合格をもらっているのだから、学校など捨てて、無法者の強みを存分に押し出していくべきではないのか。



アナーキーな世界に突入しているのにもかかわらず、それでも学校という母性に包まれようとする若者たち。



どんなにひっくりがえっても死なせてはくれない国に生きているのだから、もう少し頭と身体ぶっ飛んでも良いのではないか。



乳房に吸いつく奴らが多すぎて、胃が焼けてしまう。



鼻につく乳臭さだけはどうにかしてほしい今日この頃。

































新しい何かをしている方々はたっくさんいる。



中には過去を覆すような刷新性があるのものもあり、その度に芸術っておもろいな、と心から思う。



果たして日本の道と名のつく文化は彼らと同じステージにいるのだろうか。



評価基準が異なるのだから、同じステージに上がる必要は無いんじゃないの、と言う人々もいるかと思うが、大海に放り出されれば全て等しく沈んでいくのだ。



鎖国状態で数百年を凌いできた道と名のつく文化は、これからますます閉鎖的になって、ぽしゅぽしゅと萎んでいくだろう。



再び膨らむためには、もう一度、新しい芸術として、社会に浮上する必要がある。



あと5年でそれを果たす。



もし5年でできなければ、必然的に技術者がいなくなってしまうので、次の天才を数十年、数百年待たなければならない。



その間を道と名のつく文化が今のように残っていけるとは思えない。



この5年が正念場なのだ。

































これから金魚が跳ねます。

































終わり

私は今どこにいるのか。

日常は、未知と既知の連続。
知らなかったものが実は知っているものだったり、知っていると思っていたものが実は知らなかったり。
それらを思考すればするほど、私はまた別のそれらに出会う。
出会う度に、私はそれらを新たに認識し、変容する。
しかし、私が生まれる前から、認知する前から、それらはずっとそこで運動していた。
ゆっくりと、時間をかけて連鎖し、私を動かしていた。
ひとつひとつを大切に扱う。
遠ざかっても、近づいても、すべてひとつに見える。
ひとつの大きさ、重さ。




雪がまだ道路脇に残っている。
日が経つにつれて、真っ白だった雪は泥濘が付着し、黒ずんでいく。
漏れるように流れ出る雪解けの水は、我々が寝ている間もずっと排水溝へ落ち続けている。
それでもまだ残っているのだから、雪塊の力強さを私は感じている。
これだけ太陽の熱光を浴びながら、一週間以上も地面にへばりついていられるなんて。




美味しいものは美味しい。
美味しいものを美味しいと思えることは、とても幸せである。
美味しいものを食べれることは、尚更幸せである。
昨日は美味しいステーキを食べた。
締めのベーコン入りガーリックライスも美味しかった。
最初に出てきた山芋のサラダも美味しかった。
美味しいものはどうして美味しいのだろう。
美味しいものに興味の無い人などいるのだろうか。
美味しいものを食べられるなら私はいくら払っても構わない。
美味しいものを食べるためには、感覚を鋭くしておくこと。
定期的に美味しいものを食べること。
噛んで食べること。
作法を知ること。
緊張しないこと。
誰とでも楽しめること。




おもしろいことをしたい。
形がおもしろいものをつくりたい。
おもしろい内容ゆえに、おもしろいかたちにしたい。
おもしろい人たちを集めておもしろいことをしたい
おもしろい人たちをおもしろいかたちにしたい。
ただ、おもしろいことをできる人間はなかなかいない。
なぜか皆、おもしろいことをつまらなくさせる方へ力を注いでいる。
どんなに不満があれ、不安があれ、ストレスがあれ、悲しみがあれど、最後はすべておもしろくできると私は信じている。
途中で止まってしまうのが内容の無いおもしろさである(ゴシップ記事や情報番組、バラエティ、他人の噂など)。
内容のあるおもしろさは、そこに事実として永久に残る。
おもしろい事実を持たぬ人間がいくら何を言っても、その吐き出された言葉自体が空虚である。


おもしろいかたちを見て人々が笑い、おもしろい内容に触れて人々が感動する。
ついでに自分の人生もおもしろいかたちにしたくないか。
おもしろくて美味しいものを食べたくないか。
こういうことを考えていると居ても立っても居られなくなる。
ああ、早く今年一年頑張って、卒業して世界一周したい。



引き籠りながら自堕落に過ごしていた4年前。
一人暮らしのアパート、六畳間の地獄。
社会の隙間でひっそりと生きていた。
レンタルビデオを借りて、拾ったテレビで映画をたくさん観た。
返却期限が過ぎそうになって深夜に乗ると突然止まるエレベーターは怖かった。
誰もいない祐天寺の商店街やお墓を散歩した。
生きてる時は無関心なくせして、死んだら大事になるのって理不尽だなあ、とか思ってた。
フリーターにでもなって、ほそぼそと暮らそうとも思ってた。
ダメになったらダメになったで、自分の人生にそれほどの価値は見出せなかった。
大学を辞める勇気が無いまま休学し、バイトも辞め、貯金が尽きていくのをじっと待ちながら、それでも次のために動こうとは全く考えられなかった。
次っていったいどこなのか。
社会のレールから外れた人間に、前も後ろも何もないのだ。



今、豪徳寺や、オークラのカメリアなどで会議をしていると、時折とても不思議な気分になる。
あの時の自分には、今の自分の姿なんて想像できないだろう。
とんでもない人たち(今こうして振り返ると)が目の前にいて、その方々が私の言葉を聞いてくれている。
どうしてこんなことが起こっているのだろう。
それだけではない。
その他の様々な業種の人々との食事、会話。
それらがニンゲン嫌いの私を、ニンゲン集めの仕事に就かせてしまった。
ああ、今が一番楽しい。


色んな人が、ものが、周りにたくさんある。
どれもが異なる出会い方であったのに、一つに集約されようとしている。
世間的には異端であったり、無駄であるように思われたことが今とても役に立っている。
死ななくて良かった。




小学生の頃に関節的に人を死なせてしまったこと。
もし、それが無くて、それがその日でなければ、その人の死を回避できたかもしれないこと。
生きていて、自分の発想が顕現化していく喜びを憶えるほど、それが大きくなる。
もしかしたらその人の親は、私たちのことををずっと恨んでいたのかもしれないし、これからも恨み続けるのかもしれない。
そんなことに今まで気づけなかったのは、生きていて楽しくなかったからだろうか。
もし彼女が死なないで、そのまま就活がうまくいって、仕事の喜びを感じられていたら、親はどれだけ嬉しいのだろう。
私の楽しみが大きくなればなるほどに、死んでしまった人の存在の大きさも増していく。
先生、元気だろうか。

それはまだ残暑の潮騒が騒がしい、真っ白な日だった
マンションのベランダで強い日差しをその身いっぱいに受けながら、ハタハタとひらめく洗濯物が見える。
真っ白な陽光はそのままマンションの壁や床を染め照らし、あらゆる部屋の中を真っ暗にさせていた。
私はふらふらと歩きながら、今日は牛丼を食べようか、ますだ屋のメンチカツ弁当を食べようか、それともマックで済ませてしまおうか、とお昼ごはんのことに考えを巡らせていた。
そしてそのままぼんやりと、まだ夏服のままのサラリーマンとすれ違いながら、彼らの純白のシャツが、白い陽光と同化しているような幻覚を見ていた。
分離しているはずの肉体同士が、太陽の光によって溶かされ、くっつき合い、皆がひとつの同じ体になって、首だけがニコニコバラバラと動いて、ああ、楽しそう。
横長の胴体の上では五個の頭があって、下には十本の黒い足が自動ピアノの黒鍵のように蠢いている。
そのまま一緒に車に轢かれてしまえ、とか思いながら私は牛丼のビニール袋を手に持って事務所へ戻ろうとしていた。

その時である。
私が部屋を借りているアパートの大家の奥さんが、がちゃりと出てきたのだ
ドアの前にはいつもの郵便配達人が立っていたのでインターホンを鳴らされたことは容易に想像がつく。
奥さんはいつものワンピースを着てそこに立っていた。

「ああ、この人またおんなじワンピース着ているよ」

私は単純にそう思った。
いつもの花柄の薄黄緑色の薄い生地のワンピース。
夏の間、彼女を見るたびにずっと着ていたワンピース。
ワンピースはいつもと同じように、裾のあたりを風でひらめかせ、奥さんのだらしない体を気怠そうにその身に内包していた。


「ああ、この人またおんなじワンピース着ているよ」
「ああ、この人またおんなじワンピース着ているよ」


ああ 、この人またおんなじワンピース着て、生きているよ



と私はふと思ったのだ。
同じ服を着て、いつも同じように生きているこのおばさん。
おばさんは生きている。
生きているから、服を着れたのか。
生きているからこそ、服を着ることができたのか、と。
そこで私ははっと気づいたのだ。

生きているから、何かをすることができるのか。
生きていなかったら、歌うことも、食べることも、聞くことも、触ることも、服を着ることもできない!


どうして今まで気づくことができなかったのか、私は新しい感触に包まれた。
動いたり、止まったり、寝たり、起きたり、殴ったり、抱きしめたり、すべて生きていたから可能になったことだったのだ。
私はこれまで、人間の生涯とは、死に続けることによって完成するものだと思っていた。
生まれた瞬間より、死ぬ瞬間まで、毎年毎日毎時毎分毎秒と、あらゆる瞬間で死ぬことによって前進し、それが終わる時、「死」も終わり、「無」となるのだと思っていた。
しかし、それはひとつの面でしか物事を捉えていない、無能な思考方法だったのである。



生物は、死に続けている

かつ

生物は、生き続けている




要するに、点滅をその瞬間に同時にやってのけているのが、「生命」であったのだ。
生きているし、死んでいる状態、それが私という生物だった。
それらは結合することなく、平行な線を描き続けるのだが、相互補完することによって同時に存在することが可能となるのである。


そしてこれこそが、「存在」であったのだと、さらに数日経って気づく。


例えば、ひとりの絵描きがいるとする。
彼の絵はキャンパスの上で美しい色彩によって描かれ、観るものを圧倒する。
これらの過程によって「絵」は確かなる存在を獲得する。
この「絵」は確かに在るのである。

さて、ではもし絵描きがこの「絵」を描かなければ、「絵」は存在しただろうか。
無論、結果として見れば、答えはNOである。
この「絵」は描かれなかったので存在しなかった。
絵描き自体が想像さえしなかったのなら、誰の頭にもよぎることなく、生み出されなかったのである。

しかし、この「絵」が「これから」存在しないといえるものが誰かいるのだろうか。
もしかしたら、この「絵」は絵描きによってこの世に降ろされる日がくるのかもしれない。
いや、くるかもしれないし、こないかもしれない。
これはまさしく、先ほどの「生命同時点滅論」と同義である。


要するに、存在とは、在るかもしれないし、無いかもしれない、けれども在るかもしれない、といった不明瞭な確定事項なのだ。
他の誰にもそれを決定づけさせることはできない。
シュレディンガーの猫と似ている。
箱の蓋を開けるまでは、猫が死んでいるか生きているかなど、誰にもわからないのである。
しかし、存在することになるにせよ、存在しないことになるにせよ、この世にはそのスペースは始めから用意されているのである。
そして、そのスペースに収まるで流れ続ける「存在」は、私たちの識閾下でひっそりと息を潜めている。

「表現、表出」とはまさに、その点滅し続ける「存在」を決定づけさせる、サルベージ的な作業に他ならない。
私たち自身、ひとつの作品としてサルベージされたことによって、「存在」を決定付させてもらっているのである。
うまくそれらを確定することができなければ、「存在」は完成しない。
どんなにシンプルなものでも、それらをはっきりと顕現化できれば、我々はそれを「存在」としてみなすことができるのである。


「存在」を認められないものが在るとするならば、それは「もの」自体が完了されるほど、サルベージされていないからである。
その場合、どんなに懊悩を重ねたところで、誰の目に映ることなく、まるで朝日に溶かされる山々の濃霧のように、ひっそりと存在を消すことになるだろう。


これからの「私」は常に不明瞭で、確実な「存在」である。
存在するかもしれないし、存在しないかもしれない「私」が無数に、現実としてそこに在るのである。
あらゆる可能性がそこに在り、そこに無い。
そしてそれらを決定づけさせられるのは、他ならぬ私自身であるのだ。



「存在」は確証として、表出することができる。
もし、それらをうまく行えてないとすれば、貴方は誰かのために死に続けるだけの存在である。
この世の矛盾するところは、死に続けるだけでも存在できてしまうことである。
誰かの無意識の狭間で息絶えることを誰が望むのだろうか。
しかし、ほとんどの人々はそれを献身的に行い続けているのである。
皆、死んでいる。



そのたえにも、同時平行というパラドキシカルな「存在」を、感覚的に結合させる、「環境」という概念を、最も大切にされる根本要因として、生きていきたい。





とてもとっても簡単に書いてしまったが、これで「存在について」を終える。