メビウスの独り言 -19ページ目

メビウスの独り言

預言者mebiusuが「路傍の石mebiusu」として再出発をします。「真実の向こう側」を紐解いて、明らかにしていきます。

創造原理の④ 四位基台の存在様相に、

 

「神は被造世界を主管するように人間を創造されたので、アダムとエバが共に成長して、アダムは被造物のすべての主体の主管主として完成し、またエバはすべての対象の主管主として完成され、彼らが夫婦となって一体となったならば、それがまさしく、主体と対象とに構成されている被造世界の全体を主管する中心体となるべきであったのである。」

 

とあります。

 

アダム、第2アダム(イエス様)、第3アダム(御父様)と相対者である「エバ」に願われた「本然の世界での基準」が上記の基準となります。

 

つまり、

 

「被造物のすべての主体の主管主として完成したアダム」と「すべての対象の主管主として完成されたエバ」が「夫婦となって一体となったならば、それがまさしく、主体と対象とに構成されている被造世界の全体を主管する中心体となるため」、世界に及ぼしている「コロナ禍(か)」(わざわい)のような事態は、起きることなく、初期の段階で収束されていたと思われます。

 

それでは、「文亨進二代王ご夫妻」がこの地上に存在するのに、この世界の有様はなぜ、起きてしまったのでしょうか。

 

新型コロナウィルスの発生原因に関しては、多くの観点での説明がされることが出来ると思いますが、「原理的観点」からその原因を考察してみた時に、「二代王」を自称されている、また、シックに「真の父母」と呼ばせている「亨進様ご夫妻」のお立場が、上記で上げた「原理的基準」を満たしていないと言わざるを得ません。

 

まして、「天使長ルーシェルの血統圏」でお生まれた「亨進様」にとっては、

上記の原理的基準を満たすことの前にクリアしなければならない「血統的問題」があるため、今回の世界的「コロナ禍」に関して、霊的発生の原因になることはあっても、その「災禍」を収束させることの責任は、まったくないと思われますし、収束せること自体、まったく、期待できないことであると思われます。

 

問題は、第4アダムを宣言された「顕進様」にあると私は思います。

 

「顕進様」ご自身、ご自分の御出生の経緯をよく理解し、第4アダムという立場が、「真の父母」と直結した立場であるという事を十分にご理解していただきたいと思います。

 

「顕進様」がもし、ご自分の御出生の経緯をよく理解していたのならば、ご自分を擁護されるシックに対する教育も違ったものになっていたと思われます。

 

もしかしたら、「顕進様」ご自身もそうであるかもしれませんが、この地上に「真の父母」を立てるという事の「摂理的重大さ」に対して、軽んじているシックが多くいるように感じます。そのように、教育されてきているので仕方のないことだと思いますが。

 

要するに、この地上に「真の父母」が立つ必要性はどちらでもいい、という感覚ではないでしょうか。

 

「顕進様ご夫妻」は、このまま、ご自身の家庭を公的家庭とせずに、一部の者たちに「理想家庭」と称して、一生涯を追えるのではないかと私は、憂慮しています。

 

ご本人にとっては、問題ないと思われるかもしれませんが、「神様と霊界の御父様」にとっては、「大きな落胆」でしかないと思います。

 

御父様の血統を受け継ぐ方が、

 

「神は被造世界を主管するように人間を創造されたので、アダムとエバが共に成長して、アダムは被造物のすべての主体の主管主として完成し、またエバはすべての対象の主管主として完成され、彼らが夫婦となって一体となったならば、それがまさしく、主体と対象とに構成されている被造世界の全体を主管する中心体となるべきであったのである。」

 

という本来「神様」が「アダムとエバ」に願われた基準を到達することなく、ご自分の摂理に対する自己満足の次元で終わるという事は、「神様」が摂理されて「新しい真の父母」をこの地上に立てるまで、世界でどれほどの人命が失われることでしょうか。どれほどの苦しみと悲しみが生まれるでしょうか。

 

FPAに「真の愛」の雰囲気が希薄なのは、そこに、「真の父母」の存在が、霊的にも、実体的にも希薄だからだと思わざるを得ません。

 

「家庭連合」のシックを救おうと必死になられているのは解りますが、たとえ、それらのシックが来たとしても、FPAの留まるのかは疑問に思います。

 

少しでも多くのシックが、この地上に「新たな真の父母」を立てるためにも、「顕進様ご夫妻」、特に、「真の母」となられる立場の「全淑様」に対し、「霊的援助(祈り)」を捧げられますよう、「神様と霊界の御父様に代わって」、お願いいたします。

 

「顕進様」ご自身でもどうしようもできないことは、「全淑様」ご自身の責任分担を果たすことです。

 

「全淑様」の苦労に対し、祈る必要性を感じることのできない方たちの集まりが、人類救済を実現できるのでしょうか。

 

「家庭連合」のシックと「五十歩百歩」のような気がします。

 

 

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