夫の肺を圧迫している腫瘍が「胚細胞腫瘍」だと分かった2017年1月12日から少し遡った頃。
この先、夫に何があっても家族だ、一緒に頑張ろうとあつい言葉をくれた義母が…
ダウンしてしまった。
1月の仕事始め以降、18時過ぎに病院に着く私と、昼に来て帰る義母はすれ違いで顔を合わせる機会がほとんどなかった。
ただ、義母からはショートメッセージ(義母はLINEを使えなかった)が頻繁に入っていた。
それは、はじめは私を励ましたり体調を気遣ってくれるような内容だった。
そのうち「息子(夫)は本当に大丈夫なのだろうか…」という泣き言のようなメッセージが増えてきた。
そしてついに「私も体調が悪くなった」というメッセージが来たのは、当時の記録を見ると1月8日頃だったと思う。
義母はぱったりと病院に現れなくなった。
夫は、生検で腫瘍の種類が特定できず、検査結果が出るまで治療ができず、待機する事になってしまっていた。
その間にもどんどん腫瘍は膨らみ、夫の息苦しさは増し、歩行するのもやっとになっていった。
もしかして、夫の命が危ないのではないか…と何度も心配になった。
義母はその状況に耐えられなくなってしまったようだった。
「〇〇(息子)の姿を見るのが辛い」というメッセージも入っていた。
私は逆に、夫に急に何かあった時に後悔しないようにと必死に病院に通っていた。
正直、義母の事が理解できなかった。
『弱っていく姿を見るのが辛い』なんて心理状態で寝込んじゃう人、本当に居るの?!
親なのにこんな時こそ支えたい、みたいにならないの?!
本当に衝撃だった…。
そしてお見舞いに来ないだけならまだしも、病んだ義母は私に頻繁にメッセージを送ってくるようになった。
「不安だ」「〇〇(夫)の状況はどう?」「このまま治らなかったらどうしよう…」等々。
私自身もいろいろと不安もあり、疲れもたまっていた。
正直、義母のメッセージを見るだけでストレスだった。
しかし返信が滞ると「何かあった、大丈夫?」という追撃まで入ってくる。
この時期、スマホにメッセージの通知が入るだけで胃が痛かった。
義母との関係もそこまで出来上がっておらず、年上の女性に強い事を言うのも憚られ、
大学病院で入院している後半は義母へのストレスをどんどんためていく時期になってしまっていた。