アンソロジーというのは、他の著書の抜粋集とでも言ったらいいだろうか。
これはすごい便利だ。
あるテーマについてのアンソロジーがあると、それを読むだけでそのテーマの大まかな議論を追えるし、
誰がどういう議論を行っているかが分かり易い。
研究者でなくても、これは有益だ。
悩みや何かを考えているときに、その一冊でいろいろな方向からのアプローチが得られる。
もちろん編者によるのだけれど。
日本は、これが少ない気がする。
フロイトセレクション、フーコーセレクションのように、あるひとりの人物をピックアップして
独自に編纂したものは多くある。
これはこれで、とてもよいものなのだけれど、アンソロジー的な役割は果たさない。

アンソロが例えばどんなのかというと、以下に張る。
Was Ist Philosophie?/Reclam Philipp Jun.
¥587
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Person/Reclam Philipp Jun.
¥516
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どちらもドイツのReclam文庫。
きっと無いことはないのだろうけど、
やはりこの類はあまり見かけない気がする。

哲学の教科書---ドゥルーズ初期 (河出文庫)/ジル・ドゥルーズ
¥998
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邦訳だと、こういうのもあることはある。
ドゥルーズが編纂したこのアンソロは非常に良い。
僕は、こういう著作の権利関係については全然知らないけれど、
新しく編纂したものでも、既にあるものの翻訳でもいいから、
もっと幅広くアンソロが出たらいいと思っている。
何だったら、作ってみたいとすら思っている。
忘れないようにここに書いておく。


ご無沙汰でした。
ぶっちゃけた話、ネタが切れてたんです。
でも、さっき思いついたので忘れないうちに書いておきます。

一致団結! 団結! 時に衝突! 後腐れないように
とりあえず円満! 円満! すべて相談! つまらないことでも
みんなまとめてアイドルマスター


M@ster Artist Prologueに収録された一曲。
団結2010というのが正式なタイトルで、
それ以前に収録されていた「団結」のNew Version
今回は、アイマスのテーマともいえる「団結」ということを少し考えてみたい。
キルケゴールというデンマークの哲学者がこんなことを言っている。

「個々人が(銘々別々に)本質的に情熱をもって一つのイデーに関係し、
それから一致団結してその同じ一つのイデーに本質的に関係する場合、
その関係は完全であり正常である。その関係は、個人個人で別々である
(各人は自分の自己をそれぞれ独立にもっている)が、イデーから見ると、一つに結び合っているのである。
(中略)
別々に離れたものが団結するのは、うまく編成されたオーケストラの完全な音楽である。」
(キルケゴール『現代の批判』)

「イデー」と言うのは純粋理性概念、つまり経験を超えたところにあって論理的に考えて捉えられるようなもののこと。
こういうとよく分からないけれど、普通に「理念」として捉えて問題ないと思う。
キルケゴールは人間らしく生きるためにはこの「イデー」が必要だって考えていたんだ。
続きを見てみよう。

「これに反して、個々人がただ一塊となって(個人個人が内面的に分離していないで)
イデーに関係するにすぎない場合には、横暴、放縦、放埓な振る舞いが生じることになる。
しかし、一塊となっている個々人にイデーというものがなく、
また個人個人が別々に本質的に内面に向かってもいない場合、そのとき野蛮が生まれるのである。
天体の調和は、星辰の一つ一つが自分自身と全体とに関係していることの統一性である。
この二つの関係のひとつが取り去られると、混沌となる」
(同書)

僕はこの文章を読んで、すぐさまアニメ版のアイマスのことを思い浮かべた。
忘れもしない、23,24話だ。
アニメのアイドルマスターは、1~13話/14~25話という2クールの構成で
前半はアイドルたちが売れ出すまでのお話、後半はトップアイドルになった後のお話なんだけれど、
この終盤で僕は衝撃を受けたのだった。
765プロのアイドル、それは天海春香が苦しむ姿。
春香はなんで苦しんでいたのだろう。
それは、765プロ感謝祭という所属アイドル全員が参加するライブイベントに、
メンバーみんながなかなか集まれないということに端を発していた。
売れっ子になったアイドルたちが集まれないのは当然のことなんだけれど、
みんなが一緒に集まるイベントの合同練習ができない、というのはゆゆしき問題ではあるよね。
それぞれのアイドルたちもライブの大切さは分かっているけれど、それぞれの仕事もある。
それで春香は思い悩むことになってしまったんだ。
みんなに合同練習を呼びかけることが、みんなの負担になっているかもしれない。
なぜ彼女はナーバスになってしまったんだろう。
僕は、765プロのアイドルたちの間にイデーが共有されなかったからじゃないか、
とキルケゴールを読んで思ったんだ。
前半は共有されていたんだ。純粋に「アイドル」というイデーが。
しかし後半はトップアイドルになって仕事もふえていて、彼女たちはイデーを喪失していた。
苦しんでいたのは春香だけじゃない。真、雪歩、やよい、響、真美…
みんなそれぞれ、自分自身とプロダクション全体とが調和できないことに苦しんでいた。
だからこそ、春香が、或いは美希が提示した形象「アイドル」のイデーを受けいれ、
再び団結してステージに立てたのだった。

僕たちはこの話から学ぶことが確かにある。
理念で集まった共同体は理念によってしか維持しえないんだ。
だからキルケゴールは言っている。
「本質的な情熱であればあるほど激しい表出でも、おのずから形をもっている。」(同書)
共同体がその形を維持するためにはイデーが、そして情熱が必要だと思う。
それなしに共同体を維持しようとすれば、それは必然的に暴力が必要になってしまう。
The world is all one!!のときにも書いたのだけれど、
僕は無理に一つにまとまっていたり、まとまらせられるのがキライなんだ。
そんなのは暴力だよ。
だから、みんなが納得できる理念を提示して、同時にそれぞれが自分自身に照らし合わせなくちゃいけない。
ダメなら去る。そういう選択肢があってもいい。
そうやって居心地の良い共同体を作ったり、探したりしたら住みやすいんじゃないかな、
とそう思うよ。

現代の批判―他一篇 (岩波文庫 青 635-4)/セーレン・キルケゴール
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THE IDOLM@STER MASTER ARTIST 2 Prologue/コロムビアミュージックエンタテインメント
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翻訳が全然進みません…。
もう、寝ちゃおうかしら…。

今訳しているのは、
Walter Benjamin 複製技術時代の芸術作品
です。
文化批評のエッセンスが詰まった濃密な文章に
苦戦しています。
でも、またこの場に、アイマスを介して
その紹介ができたらいいなぁ。」
これから麻雀だってー。
じゃあ、テーマは、
「ふりこみません!こびへつらいません!はんせいしません!」
で行こうかな。
最近、振らないようにだけ心がけ始めたから、
とりあえずは練習だよね。
でも勝負したいなぁ。
もう飲んじゃったよ、サッポロ生。
今日は6時間図書館に籠って、
スコラ哲学、トマス・アクィナスを初めて参照したよ。

いやぁ、サッポロ生うまいね。
たまに飲むから良いのかも知らんけど。

発表の難所は越えたのか、越えてないのか
まだ判断はつきかねるけれど、
明日からまたがんばるよ。
だから、今日も書かないよ。
バイバイなのさ…ノシ