こんにちは。梅です。

今日もお立ち寄り頂きありがとうございます。

以下、2016年の6月に別に作成していたブログでひっそりとUPした文章です。

ちょうど趣味の小説サイトの更新が全く出来なくなって1年、書かなくちゃ書かなくちゃ、書けるかな?書かなくちゃ!を繰り返していた時の文章。

結局そのまま書けずに今に至り、未完のまま放置されているサイトを見る度に、ため息がこぼれます。


私にとって文章を書く、ということは、なにかが降りてきてるのかな?と思うくらい音楽を聴くように頭の中に言葉が溢れ、それを紡ぎ出すことは、自由で楽しくてワクワクする事だったのに、それがイメージだけが先行して言葉がついてこない状態になり、だんだんそれがつらくなってきて。

でもやっぱり書きたい気持ちが沸き上がってきてどうしようもなく、今に至ります。

今、あの時を振り返って、少しずつではあるけれど、焦らずに自分のペースで、自分の思いを形(言葉)にできることに感謝しています。

少しずつですが、書きたい小説もイメージできるようになってきました。

拙いけれど心を込めて。

見えない誰かに思いが伝わるように。


『自由に』20160612 梅

本当の自分はどこに居るのかと思った。
私は『私』であって、他の誰でもないわけだけど、ずっとずっと自問自答しているとふと、私であって私ではないような私に出会うときがある。

違和感を覚えないわけではないけど、それもまた『私』であることを認めると、新しい自分に出会ったような、不思議な気持ちになった。

弱くて幼くて、我が儘で恐がりな。
そんな私も私。

抱きしめたときにポロリと涙がこぼれた。
『見つけてくれてありがとう』

とてもとても深い海の底。
真っ暗で音もない、けれど優しい場所にもう一人の私はいる。

熟練された素潜りの達人か、深海探査の潜水艦を持ってる人にしか私を見つけることは多分ないと思う。

1度だけ、私を見つけて光の場所まで連れて行ってくれた人がいた。
怖くて潜ってしまう私を笑いながら、何度も手を繋いで浮上していくあの不思議な感覚。

暗くて静かで温かい海の底で、波に揺られてたゆたう事は、ある意味守られていた優しい世界だった。
光あふれる陸地は、キラキラして眩しくてイキイキとしているけれど、自分で息をして大地を踏みしめて歩かなければいけない。

けれど人はそうして生きているのだ。

彼は言う。
海は全ての海に繋がっている。
あなたは自分の意思で、好きな海に泳ぎ出ればいいんだよ。と。
そしてその二本の足で、大地を歩くことも出来るんだよ?
自由に生きてごらん。
生きることを楽しみなさい。

そして今私はここに居る。
可能性も、使命感もなにもわからないけれど、とにかく楽しく生きるということを実践してみようと思う。

新しいチャレンジ。
始まりはやっぱり混沌としている。