それから少し言い争いが続いて「この際だから言わせてもらうけど」と母が口火を切って
なぜ息子を実家に慣らし保育を兼ねて泊まらせなかったのかと責められた。
息子が実家に泊まるのを慣れていれば、こんなに淋しい思いをせずに吃音だって出なかったかもしれない。
息子が繊細な子だとわかっていたのになぜそこまで気が回らなかったのか。
と責めたてられた。
確かに慣らし保育まで考えが回らなかったのは私の落ち度。
息子なら大丈夫だろう。実家なら大丈夫。
そう思い込んでいたのは私のミス。
でも吃音の事まで責められるのは心苦しい。
吃音については「たられば」の話。
誰も予測できなかったことじゃないか。
息子の吃音に気づいて誰よりもショックを受け、泣き、いろいろ調べてあらゆる所に電話をかけて聞き
毎日申し訳ない事をしたと自分自身を責めて
治らなかったらどうしようという不安に押しつぶされそうで体も心も不安定な状態の私にいま言うのか。
どっちが虐待だ。
そんな事を思いながら妙に冷めた気持ちになった。
やっぱり人は変わらないな。
信用して心を開きかけた私がバカだった。