今日は母の命日でした。

土曜日に殿が何気に「明日、お母さんの好きだったもの何か送らなきゃね・・」


私はハッとした・・


殿が言ってくれなかったら、母の11年目の命日を忘れていたのかと・・・(w_-;


殿は私の亡き両親と会ったことがないけれど、一人でも石巻の両親のお墓参りに毎年欠かさず行ってくれるような人なので、いつも支えられている感に本当に凄く感謝しております。


11年前・・胃がんと子宮がんを患い61歳でこの世を去りました・・

その年のお正月、入院してる病院から無理矢理最後の外泊許可をもらい家族総出のお正月を迎えた・・

毎年いつもならお母さんが一人忙しく、私達のために最高の料理でもてなしてくれていた・・

甘えていた・・私達・・

あまり母から教わりもしなかったその時まで・・


代わりに姉と私で頑張った・・

どうにか母に美味しい料理を食べてほしくて・・

苦しい顔が一瞬でも笑顔になってほしくて・・


最後とわかっていたから私は聞いた・・

母の作るちょっと甘めの五目炊き込みご飯の作り方を・・


でも醤油やみりんの分量きいても「何ccだよ」なんて言葉はない

すべて母の目分量だったから・・・

味を何度も確かめながら、みんなに確かめさせながら作った・・


母の味に近く・・と努力したけどそう簡単にはいかなかった・・


母が食べれる状況じゃなかったのに、


食べてくれた・・


「うめぇごど・・こんで上等だ・・」


・・・って笑ってくれた

(二通りの意味がある・・①上手だね・・これでいいよ。②美味しいわ・・うまくできたね。)


どちらにしても、母から最後にもらった最大の褒め言葉に台所で涙したことを覚えている。



みんなで過ごしたお正月も一瞬で終わり・・


母は私が帰る二日前に病院へ戻った・・


私は担当医に帰る前に病院に泊めてもうらうように頼み込み母の傍で一夜を過ごした・・


浜の母ちゃんとしてたくましく・・優しく・・大きかった母は・・


小さく見えた・・


朝になり、私が神奈川に帰るときになった・・

「まだ来っから、それまでがんばって・・」


母は「・・・がんばれねぇ・・」っと言った


私は何も返す言葉が見つからないまま・・


帰る私に涙ながらに・・


「ぴーを大事に育でらいん・・・がんばらいんよ・・」


その言葉が最後だった・・



今になって母の苦労がわかる分、いつも傍で応援してくれている気がします・・


そんな母を想う今日でした。




震災から今日で1年10か月・・・


故郷石巻から昨年末いろんなものが届きました。


すでに両親は他界して遠くにいる私に、兄・姉・叔母さん達から・・

あわび・ホタテ・生かき・カレイ・キンキ・いか・のり・松前漬け・黒豆・煮しめ・ごぼう煎り・栗きんとん・白謙かまぼこ・あんこ・お餅・・

ある意味おせちの具材が盛りだくさんでしたおせち
(これだけのごちそうはいったいどこに消えたのか・・こわい


そして、友から昨年BD録画に失敗したものを再度送ってくれたのですうっ・・

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「東北の空には歌がある~長渕剛 震災から500日の軌跡~」

石巻へ行ってくれた時のことや、ライブツアーでのこと・・

剛の東北被災地への想いは、涙なくして見れなかった・・

感動の永久保存版ですアオキラ




いろいろ取り寄せたり送られてきたものから・・・

どの会社も津波の被害が大きかったところですが石巻の頑張りを紹介します!

会社名をクリックしてみてくださいねPt

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カクト鈴木商店の「和風にら(エビ入り)饅頭」



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(株)高砂長寿味噌本舗の醤油セット



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麦焼酎です・・「石巻のひと」私のことです(笑)


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利久の牛タンシチュー、木の屋石巻水産の「鯨の大和煮」


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「さばの味噌煮」

どれもこれも石巻から再開開業の頑張りに涙が溢れましたうるうる

ほんの一部かもしれません。復興への課題はまだまだいっぱいです。

出来ることを精一杯応援していきたい・・・ただそれだけ・・


いつも故郷から元気をもらってばかりの私にも、あるかな・・きっとある!

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