砦の自室に就寝中、リティンは気配にはっと目覚めた。地位を上る度に、自分が臆病になっていくのを自覚する。まだ深夜だ。まどろんでから一刻も過ぎてはいない。ベッドの周辺を見回す。トリビアが立っていた。薄い寝巻を一枚着たままで。この娘……

 個室に保護し、女鬼の護衛も離れずいたはずだ。一人で来たということはつまり、このリティンの……司令官の寵愛を求めに来たとしか理由があるはずはない。それとも刺客か? 即座に否定する。得物を有せば個室を出してもらえるはずはない。

 しかしこんな子供……たしかに自分と同じくらいの小さい角が一本額にあるが。鬼ならば四歳、人間ならば十歳がせいぜいだ。だが、妖精なら?

「お気付きですか、リティンさま。ご安心を。私、三十一歳です。シントの学院を卒業し、勤めて八年でした。貴方のことはシントが輩出した偉大な英雄と聞いております」

 トリビアは小声でささやいていた。耳を疑う。リティンは二十八歳だ。年上? たしかに妖精としてなら肯ける年齢だが短命な鬼の血も受け……優性遺伝か。トリビアは平静に続ける。まるで子供の声で。

「シントでは私、薬剤師でした。違法な麻薬に関わって追放されましたが。合法なドラッグと信じ込んでいたのです、法に無知でした。病院内で医師が使用を許可しない限り使えない薬を、上司の命令で大量に処方し、安価に売っていました。末端価格ではその百倍する巨額で取引され、上司は数千億クレジットする利益を得ていました」

 数千億クレジット!? リティンは愕然としていた。たかだか人口数十万のシントの防衛予算にも匹敵する額である、大事件だ。ここでやっとリティンは声を出せた。

「上司の責任であろう、きみに罪が及ぶことはないはずだ。よし、シントへ連絡しよう。きみの無実を証明して保護を求めて」

「いいえ、上司は司法高官に多額の贈賄をしていて、敵派閥の役員と、現場職員たちに法の手が及びました。その薬で命を落としたもの、正気を失し人を殺めたものも多々出たとのことです。私は孤児だから保証人もいないので追放された。あんな腐敗した国へなど、もう帰りたくありません!」

 いまのシントがそこまで堕落していたとは……人間の勢力の矛先は、いずれ内乱が落ち着けば自然にカッツに及ぶのに。するとシントの存在も露見する。有事に備えが無いではないか! やむなく、『妥協案』を語る。

「わかった。きみは私が保護しよう、身の安全を約束する。私も孤児だからな。私の養子ということなら、誰も手出し出来まい」

「養子……ですか」

 トリビアは目に見えて戸惑った様子だ。しかし、こんな幼子愛人にはできまい。私は小鬼とは違う。交わればきっと壊してしまう。年上の養子とは妙なものだが。

「不服か?」

「いえ、ではお願いがあります」

「私に出来ることなら」

「一緒に寝てください、これから……私が大人になるまで」

 リティンは断れなかった。トリビアはおずおずとベッドに入り、添い寝した。リティンは安堵し、小刻みに身震いするトリビアの頭を抱き、このところしばらくできなかった安眠をすることとなった。

 

 目覚めると、すっかり心を解いた安らかな顔で眠っているトリビアの姿があった。ほんの昨日、三名の兵を殺したのが嘘のようだ。子供には眠る時間がはるかに大切だな。

 起こさぬよう静かにベッドを抜け壁際の浴室へ入り司令官の特権で、沐浴とは違う人肌よりやや熱く沸かしてある湯をのんびりと頂く。十分に温まってから湯冷めしないよう冷水を浴びる。昼間の姿に着替える。竜骨器の鎧に。

 女鬼たちにトリビアのことを伝令すると、彼女らは嬉しそうに喜んでくれた。悪い虫は追い払うと口々に語る。それから、人間の捕虜を捕らえたと告げられた。しかし、そいつは「リティン旅団長に会わせろ、おれは連隊長だぞ」、と吹いているとか……。

 はっと気付いて、慌てて『捕虜』のいる地下牢へと向かう。連隊長への昇進の任命は、他の部下には伝えていなかったからな。やはり、彼だ。詫びる。

「すまない、ジャキ」

「まあこのくらいは予想の範疇だ。それより、牢屋番から俺のお宝を取り戻してくれ」

「解った。なにが入っている?」

「贈賄だ」

「贈賄?」

「冗談だ。困っていたんだ、これは崩せないからな、銀貨に直して五百枚俺にくれ。残りは軍資金に贈答するよ。どうせ個人で使い切れる額ではないからね」

 牢屋番は厳選された士気が高い獄吏で、着服などしなかった。荷を確かめる。まさか純金の延べ棒とは……鉛など入っている偽金でない限り、軽く金貨千枚、つまり銅貨に直すと二十四万枚分はする! 人間の公国軍司令部ではこれでもはした金なのだろうな。わが旅団八千名兵士の五カ月分の運営維持費用に当たる。砦を落とした時だってこれほどの戦果はなかった。

 以前は兵士一人当たり一日銅貨一枚が目安だったが、大所帯になったことで食費雑費に必要な輸送費用が大幅に軽減され運営維持は低労力化され、五分の一の費用でも機能するようになったのだ。

 最初にいた小隊二十名の兵には銅貨百枚配っておいたから、いまや御大尽として中隊長になったものも多い。浪費して破産したものや、恨みを買い殺されたものもいるらしいが。

 とんだ贈賄だ。しかしジャキはおよそ、酒以外には執着することはない。それも安酒に満足している。洗いざらしの古い擦り切れた布の衣服を着飾ることもない。住居を求めないし食事も贅沢しなければ博打も喧嘩もしない。こざっぱりした指揮官衣が必要だな。そうすれば温厚な紳士に映る。

 しかし。牢獄から移動し、指揮官室へ入り詰問する。

「どうやって仕入れた?」

 ジャキは一枚の紙片を差し出した。途方もない『戦果』を上げていたことがわかる。なんと、公国の軍隊と接触し、鬼たちのカッツ国領の戦略地図を売り払ったのだ! これは死罪に相当するぞ!

 しかし、その写しを見て感心した。まるで逆手に取ってあった。険阻な山岳地帯に侵攻するに当たり、確かに正確な砦の配置と侵入路を示してあるが、その危険については触れていないどころか、たくみに詐称してある。

 戦略的に価値が無いところにいかにも重要な資源があるとか、まったく危険がないところに鬼たちが大勢詰めているとか。重要拠点の砦の兵力を極めて少なく伝え、同じく重要だがガラ空きのところに罠があるとか。

 よけいな迂回路まで。害獣に害虫、毒草の群れに鉢合わせする。おまけにこの侵入路通りに人間が攻めてくるとすれば、迎撃は容易だ。谷上からの落石の計もあり得る。吊り橋を落とす計略も出来る。険阻な防御側の利点を最大限に生かし、戦える。ジャキの仕事に満足するリティンだった。

 

(続く)

 

後書き 愛多々あ痛たたたなロリ板趣味披露してしまった……しかし、某ブロガーさまのご意見通り、ロリとは愛でるものだ、Yesロリ板、Noタッチというわけで……