都市アルセイデスの太守フレイのもとに、レイピアの竜騎兵部隊からの密使が知らせを持ってきた。レイピアは総勢二十騎あまりの竜騎兵を従え、空賊に総攻撃を仕掛ける。

 これにより、戦局は一変する。都市ナパイアイとオケアニデスに不穏な動きがある。都市ハマドリュアデスは混乱し孤立している。都市間の同盟関係は崩れるかも知れない。アルセイデスは都市オレアデス、クリスと協力しこの事態を乗り切らなければならないと。

 アルセイデス太守フレイはアトゥルと密談をした。会議室ではなく、客室で。

「あくまで討って出るのですか、閣下」アトゥルは眉をひそめた。口調は穏やかだが反意はこもっている。

 だがフレイは決然と答えた。「今回は、空賊どもの規模が違いすぎる。小競り合いではなく、全面戦争になるのだから。都市で戦うには、民衆の危険が大きすぎるわ」

「都市を閉鎖して篭城の長期戦に持ち込めば、防衛は完全に成功しますよ。われらの正規兵力は六千。内、実戦部隊四千五百。敵は都市の兵も加われば二万騎を超えるでしょうが、我らの城塞都市は堅牢です。一対五でも、勝算は十分あります」

「でも、その場合民間の若者を徴用するのでしょう? なによりそれでは空賊との戦いに終止符を打てない。いつまでも民衆に犠牲を強いることはできない。打って出た場合の勝率は?」

「机上の模擬戦闘は終わりました。正攻法の最善の布陣で、三対七というところです。全軍の過半を一面に展開し、残りは都市の警備に当たります。布陣としては、中央の主力部隊には重装兵を配置、敵の侵攻を食い止めます。左翼と右翼には機動性に優れる軽装兵を配置、敵を半包囲します」

「敵を包囲するのには、わたしたちの勢力は少なすぎるわね」

「竜騎兵の攻撃を避ける、苦肉の策です。一点に固まったら、炎の吐息のいい餌食です。むろん、いずれの部隊にも後方には弓兵を置き、敵竜騎兵の迎撃に当たります。それも、敵が乗ってくればの話ですが」

「敵軍は、数において優る。兵力を一点に集中するとは限らないわ。むしろ、分散して逆に側面に回りこまれたら厄介ね」

「しかし、陣というものはすべての守りを固めれば、すべてが手薄になるもの。奇策を弄する余地はありません。その点は敵も同じはず」

「空賊の陸戦部隊は、士気が低いわ。いくら数で上回っても、正面から向かってくると思えない。勝算はもっと高いのでは?」

「ソード・ケインの聖剣の威力は未知数です。度外視してあります。加えて三対七、これはレイピアの竜騎兵隊の力こそ入っていますが、撃墜王の超人的戦力を除いての値です。しかし撃墜王が最善の活躍をしたとしても、勝率は五対五に届かないでしょう。勝つとしても多大な犠牲を伴います。二百を数える空賊竜騎兵に対し、我らの竜騎兵は僅かに五騎。敗れれば、全軍壊走となりかねません。それこそ住民の被害は甚大でしょう。都市は無法者の手に陥落し、破壊と殺戮、略奪、暴行、陵辱。まさに惨劇の舞台となるのです。いってはいけませんが。ダグア。かれを招いたのは失策でしたね」

「そうね、わたしたちが空賊の正確な戦力を把握したのと同時に、各同盟都市の戦力がいかに脆弱であるか、露見してしまった。竜騎兵の数からして、十分の一に満たないとは」

「フレイル閣下、何故こんな危険を冒して……ケインのためですか? かれの聖剣を手に入れたいから」

「違うわ。あいつなら、討って出るだろうから。一人で戦いつづけているのだから」

「あいつ、とは?」

「少し、昔話をしようかしら。わたし、好きな人がいたの。名をロッドと言ったわ」

 聞いたことはある。ロッドの率いる竜騎兵(狙撃騎兵)部隊は、王都攻略戦において戦場の死神として恐れられていたという。その小銃にひとたび狙われたが最後、誰であれひとしく逃れられない死が訪れると。

「狙撃兵隊長ロッドですか。王都クリス攻略戦において王国の防衛線に最初に突撃を敢行し、突破してのけた部隊の指揮官。残念です。彼は仲間を逃がすために亡くなったのでしたな、撤退命令を無視して戦陣に留まって」

「ロッドとドラグは上官と部下というより、親友で名コンビだったのよ。撤退命令が出たとき、わたしはひどい負傷をして、逃げるのに手助けが必要だった。ロッドはドラグにわたしを運ばせ、戦場に残った。その結果……」

 言葉をつまらせるフレイに、アトゥルはかける言葉を失った。あのフレイが泣いている……

「ドラグは言っていたわ。あのとき自分の無反動砲の援護があれば、戦線をあと四半刻は持ちこたえることができたって。そうすればロッドも離脱でき、死ぬことはなかったろうって。ドラグは罪の意識に駆られているの。わたしは、それに仲間は何度もドラグのせいではないと言ったわ。でも彼は耳を貸さなかった。ドラグは自分を憶病者だと思っているの。今でも心の底で自分を許していると思えない」

 アトゥルは思った。自分自身を許せないとは、なんと悲しいことだろう。フレイは続けている。

「そして、それはわたしも同じ。ロッドを失ったのは、わたしの未熟さが理由。恥辱を受けた戦士は死ぬためだけに存在し、そうして過去の汚名をそそぐの。ドラグ、いいえヴァイはわたしを助けてくれたわ。今度はわたしの番」

「フレイあなたは、ヴァイとは随分親しい友人なのですね」

「友人もなにも、彼とは同い年の幼なじみよ。馬術が得意で、小さい頃からドラグと呼ばれていたわ。そのころは本当に騎兵になるなんて、思ってもいなかったけど。ひ弱なドラグはわたしに昼食のおかずを取られる度、ぴーぴー泣いていたのに」

「うわさには聞きましたよ。かれをいじめたおしていたのですね」

 アトゥルは苦笑した。

「わたしは彼の弱みを握っているから」寂しげに笑うフレイ。「ドラグは昆虫やカエルや蛇が駄目なのよ。わたしが毛虫を彼の背中に張りつけると、泣いて逃げ回っていたものだわ。そうそう、彼の弁当の中身に焼いたイモリを忍ばせたときなんて、真っ青になっていたわ。ドラちゃんたら、それから三日くらい何も食べられなかったのよ。美味しいのに。竜騎兵にならなかった理由、知っている? ただ高いとこ怖いのよ」

「それだけ、かれを愛していると」

 フレイは顔をうつむけ、かぶりをふった。

 アトゥルは問う。「一人の男の為に戦うのですか」

「そうよ、これはわたしのわがまま」

「一都市の主たるものが」アトゥルはふっと笑った。「いいでしょう。人一人が誰か一人を幸せにできるものなら、世界に不幸な人はいないはず。ですが現実はそうはいかない。一人の愛のために戦って悪い道理はないですな」

 

(続く)

 

後書き ああ、ようやく続きがアップできた。入院期間長かったな……この私の未熟な処女作、直す度に粗が出る。手に負えない。通院とリハビリが続き、いつ仕事につけるのかな? すっかりヤクザ者……