夜は明け方も近くなっていた。軍議はようやく終わり、各小隊長は割り当てられた部屋に休みに戻った。会議室には、まだ二人が残っていた。レイピアとトゥルース。

 一つだけを残し消されていた燭台の薄明かりの元、レイピアは地図を確かめていた。辺境及びフォーシャールの調査結果を。

 旧王国国境から広がる不毛地帯。その向こうの隣国フォーシャールの情報は、ここ十年まったく知られていなかった。それどころか融合炉の惨劇以来不明だった地帯まで、竜騎兵による偵察で明らかとなったのだ。これは大変なことだった。

 何か主要な部分で手落ちは無いか? 残念ながら、あるのだ。レイピアはそれを初めから予測していた。辺境の向こう、フォーシャールの領内なのに人間が広く住まない地帯。山岳に森が広がり、不毛ではない。ならばそこには間違いなく、『あれ』があるはずなのだ。

「報告ごくろうだった、トゥルース」穏やかな声で労うレイピアだった。「しかし一点、嘘があったな」

 トゥルースはぴくりと身じろぎした。それでレイピアには十分だった。心優しく正直なトゥルースは嘘がつけないのだ。口を開けかける彼女を、レイピアは留めた。

「わかっている。そこにあるのは、融合炉だ。シオンはそれをわたしに隠している。そうだな」

「閣下! シオンは決してあなたのことを欺こうとは……」

「わかっている。わたしとシオンの友好は、きみのそれ以上なのだぞ。聞いてくれ。わたしは、英雄の器ではないよ。シオンとは違ってな」さみしげに言うレイピアだった。「王都攻略戦を覚えているか? 大変な戦いだった。王国打倒のための義勇軍の先陣を切った決死隊……ロッドの狙撃騎兵隊だったな。彼らの死傷率は七割にのぼった」

「はい、覚えています」緊張から声は裏返っていた。

「わたしは夜間に奇襲をかけ、町中での乱戦に持ち込む作戦を提案していた。それが通れば、味方の犠牲はもっと少なかったはずだ。しかしシオンはそれを却下した。どういうことか、わかるか?」答えは無かった。レイピアは続けた。「結果として、シオンの決断は正しかったのだ。あのとき王国は民間人を盾として犠牲を強い、反感を買った。もしわたしの作戦を実行していれば、反乱軍は逆に民衆の反感を買っただろう。そうなれば、王国の打倒は不可能となったはずだ。そうさ、わたしはシオンに比べれば、卑屈なだけの小人物だよ」

 トゥルースはもはや真っ青になって震えていた。言葉などとても出せない素振りだ。

「教えてくれ。シオンは、死に逝こうとしているのだな。融合炉を起動させ、惨劇の大破壊をもう一度起こすことで、悪鬼どもの侵攻を阻もうとしている。シオン自らの死と共に。そうなのだろう?」優しく問いかけるレイピア。「教えてくれ。これは命令ではない。君の正義感……いや、愛にかけて話して欲しいのだ。あそこに、なにがあった?」

「おっしゃるとおりです。あそこは魔法文明の遺跡が残っていました。それが融合炉なのかはわかりませんが」トゥルースは語り始めた。「あそこはフォーシャールの民からは、禁忌の場所とされていました。わたしたちはシオンと共に、遺跡を調査しました。わたしはなんなのかわかりませんでしたが、シオンは承知している様子でした。

 厳重な石壁に、外も中も何重にも囲まれた巨大な建物。まるで要塞の様でした。明らかに、ある意味では要塞なのでしょう。外部から絶対に守らねばならない。大部分の敷地は、未知の機械で一杯でした。

 わたしたちは狭苦しい通路を進み、やがてその建物で一番重要らしい部屋に辿り着きました。未知の機械装置が立ち並ぶ、操作室のようなところに……そこは、まだ動いていたのです! 自然のものならぬ光が明滅し、ガラス窓の向こうにはわけのわからない絵や記号が目まぐるしく移り変わりながら写っていました。

 そして……そこには、死体があったのです。椅子に腰かけた、干からびた男の死体。服装からは高位の指揮官かもしれないことをうかがわせる、紀章がつけられていました。なぜか妙なことに、外傷はなにもなかったのです。まるで指令席に座ったまま、眠るように死んだとしか思えない……」

「融合炉の呪いで、死んだのさ。彼は立派な人物だよ。その死んだ指揮官のような人が融合炉の惨劇の際、自らの命を犠牲にしてまで部所に留まり、その融合炉の爆発を防いだんだ。それがなければ人類は全滅していた……そしてシオンは、それに習おうとしている。今度は逆に爆発を引き起こすことで」レイピアは自分に言い聞かせるように言った。「トゥルース、下がって良い。ゆっくり休めよ、明日からはそうはいかない」

 トゥルースは退出した。彼女はもはや度を失い、涙していた。レイピアは一人グラスの中の、ぬるまった水に視線を注いだ。彼方へ思いをはせる。

 シオン。何故きみがわたしに魔剣を委ねたか、これではっきりした。残念ながら、かけがえのないきみを死なせるわけにはいかない。その役目は……だが、わたしはそれを果たせないかもしれない。きみのもとへ馳せ参じる撃墜王は、どうやら一人なのだ。

 

(続く)

 

後書き この物語の過去の影になにがあったのか……人類不滅の命題かもしれません。ただ人として生きること……それに満足できない愚かしさの故なのか?