深夜を迎えたと言うのにレイピアの館は、いつになく賑わっていた。部下の竜騎兵が、続々と集結しているのだ。中庭は飛竜の群れで一杯だ。館の中も、数多くの戦士が詰めかけている。今日は、特別な日だった。全部隊に召集命令が掛けられたのだから。偵察等で本隊から離れていたものも、駆けつけてきている。

 そんななかに一人の青年がいた。ずばぬけた長身の堂々たる体格。頭髪は地味なくすんだ茶色の巻き毛。憎めない動物的な愛嬌のある顔つきの青年。顎元には、一筋の深い傷跡が醜く残る。かつて仲間を守るための戦いで、受けた刀傷。青年の名は、フェイク。それは、過去の渾名だった。大道芸人として、気ままに放浪の旅をしていた平和なころの。歴史上の英雄嘆を、楽しめる喜劇として演じる役者、にせ勇者。その不名誉な名で呼ばれていたかれは。いまは竜騎兵となっていた。

 フェイクの過去の仲間も、数名が竜騎兵となっていた。フェイクの路上での無断な商売を咎めていた、もと警備兵。その警備兵とやたら衝突していた、流れの賞金稼ぎ。そんななかに、フェイクと同業だった、もと吟遊詩人の少女がいる。フェイクは、その到着を確かめた。

 かがり火で照らされた夜空に、大きな影が覆いかぶさる。巨大な飛竜、アクスだ。竜は中庭に舞い降りた。対称的に小さな乗り手は、ひらりと鞍から飛び降りた。白い衣服と栗色の髪の毛が揺れる。館の入り口へ走り出す。しかし彼女はつまずいて、こてっ、と転んだ。まあ体の軽い少女のこと、怪我なんてしないが。フェイクは、ぷっと吹き出した。なにを慌てているのか。フェイクは声を掛けた。

「お帰りなさい、お嬢さん。良く冷えたかき氷を用意しておきましたよ」

「ただいま、フェイク。ダグア様はどこ?」

「帰るなり、それですか」この子が、お菓子より先に気にすることがあるとは驚きだ。苦笑混じりに、フェイクは言う。「かき氷溶けちゃいますよ」

「教えて。私、急いで帰ったのよ。かれが部隊に加わるって報告を受けてから」

「いえ、それが。ちょっと、いまは駄目みたいです」

「なんでよ。二年ぶりの、再会よ」少女は、ぷうとふくれた。「それにダグア様は、私を探しまわっていてくれたのに、まだ隠れないといけないの?」

「それが、その……ダグアという青年は、ただ者ではなかったのです。かれが、撃墜王だったのですよ」

「え?」きょとんと、少女は立ち尽くした。「ダグア様が、撃墜王?」

「そう、驚かないでください。いえ、それはわたしも驚きましたがね。ですがかれのことは、あなたはさんざん自慢していたではないですか」やれやれとフェイクは思い返す。かつて騎士フレイの部隊と騎士シオンの部隊が、決闘をしなくてはならなくなったという。そのときにダグアは舞台となった砦に単身忍び込み、空調を破壊することで砦を無力化し、両者の戦いをやめさせたとか。

「そうよ」少女は目をぱちくりしている。「かれは仲間だけでなく、回りの人。それどころか敵の心配までする、本当の心の持ち主よ。私が仕えるマスターは、彼一人。そのダグア様が……」

「かれは小隊長に抜擢されました。各小隊長は、現在レイピアと軍議中です。ですから会えませんね」

「そう。会議室ね」少女は、歩み去ろうとした。

「あ、待ってください」フェイクは呼び止める。「あなたには、別の任務があります。直ちに騎竜アクスとともに、出発してください。まあ、かき氷食べてからでいいですから」

「えぇっ!? 帰ったばかりなのに。フェイク、なんとかしてよ」

「わたしに、そんな権限があるわけないでしょう」

「そうだ。他の人に代わってもらうわ。フェイク、あなたの配属は?」

「わたしはどうやら、ダグアの護衛騎になるらしいです。ですが、駄々をこねないでください。そんなだから、いつまでも子ども扱いされるのですよ」

「言うこと聞かないと、お父さんに言いつけるわよ」

「まったく。そんな脅し効きませんよ。とにかく、任務は引き受けてください。各同盟都市を回る、使者の任を。これから、空賊相手に大戦争が始まりますからね。機を決することで、各都市の力を合わせなければ」

「ずるい。あなたは、ダグア様といっしょに戦うというのに」

「どうせわたしは、名もない裏方役者です。それにあなただって、重要な役割ですよ。各地で一斉に抵抗運動を始めることで、空賊の竜騎兵を分散する。さもなければ、数で劣勢なわれらに到底勝ち目はない。劇の、始まりですね。雲のごとく空を覆いつくす邪竜の群れ。立ち向かうは、二人の撃墜王に導かれた、竜の騎士。あなたも、その一翼だということを自覚してください」

「わかったわよ」少女は、しぶしぶ了承した。「でもレイピア、酷いわ。まるで私からダグア様を、わざと遠ざけているみたい。あ、私のことは、ダグア様には内緒ね。いきなり会ってびっくりさせるんだから」

「それほど、彼のことが好きなのですね。チャクラム御嬢様は」フェイクは、やれやれと苦笑いした。

 だが、ふと疑問に思う。たしかにこの人事は、変ではないか? アクスのような強力な巨竜を、戦闘任務から外し使者にするとは。

 いや。フェイクは思い直した。クラムのような少女を、危険な決戦の前線に出さないためか。隊長のレイピアは、作戦指揮においては非情だと思っていたが、意外な一面があるものだ。

 フェイクは少女と一緒にかき氷を食べ始めた。

 

(続く)

 

後書き もうこれでお分かりですね。少女がなにものか……飛竜アクスを手に入れるなど、すごい働きをしていますが。そう、アクスはもとの主人から離れた。騎竜を失ったブラジオンの動向も着目下さい。