十二騎という大編隊を組んで、竜騎兵は空にあった。ちなみに三騎の部隊を、小隊とレイピアは区分していた。それが数個小隊で、中隊となる。それだけでも大部隊なのだが、レイピアの目標は一個大隊以上の軍勢を作り上げることにあった。それがなんのためなのか……ダグアはレイピアに疑問を感じていた。やはり魔剣と竜騎兵の軍勢で、自らの王国を望むのだろうか。

 レイピアとダグアはそれぞれ、竜の背にあった。ダグアはブレード以外の竜に乗るという希有な体験に、学べるだけのものは学ぶつもりだった。小隊を組むもう一人の竜騎兵はドグと呼ばれる若者だったが、ダグアはあまり話す機会はなかった。

 今日はレイピアの元で訓練を受けた、ダグアの初陣だ。訓練と言っても、たったの二日だったが。何故なら竜はただ飛ぶだけなら乗り手を必要としないし、戦闘はダグアの任務ではないからだ。

 航法。この任務をしっかりと果たし、空賊の縄張りに接近する。加えて、偵察。今日は晴天。なにも飛行に支障はない。ダグアは自分の能力を解放した。

「レイ、街の偵察、終わりました」報告するダグア。

「偵察ぅ?」呆れた声で横から割り込んだのは、ドグだ。「なに寝言言っている、新兵。おまえ編隊から離れてないじゃないか。なにが偵察だ?」

「ドグ」声は、レイピアだ。「ダグアは特殊な能力を持っている。千里眼だ。話を聞こう」

「敵、発見。竜四騎、地上です。前方、二万七千歩。方位、左二角」ダグアが話す。すぐに、耳元の通信機に返答があった。

「それは、視界の外だな。常人の」編隊の先頭に立つレイピアが振り向いた。苦笑まじりに言っている。

「そうです。敵からは見つかっていません」

「魔法か!」ドグはひゅうと口笛を吹いた。「レイピア、信用するのか?」

「もちろんだ」断言するレイピア。「ダグアは、わたしのランスでの部下でもあるのだから。では、ダグア。上空を飛ぶ敵はいないな?」

「はい。地上だけです」

「全部隊に告げる。これより、敵の目を逃れて奇襲を掛ける。第一陣は、わたしの小隊。他は、命令があるまで後方で待機せよ」

 ダグアの耳元にどっと、歓声が上がった。勇猛な指揮官を讃える部下たちのつぶやきが。

 ダグアも感心した。圧倒的多数の優位を捨て、敵と同等の戦力で戦いに臨むのか。

 レイピアはさらに命じた。「掛かるのはわたしの他、ドグ。ダグアは後方上空で誘導をたのむ」

「いえ、ぼくの目なら低空でも使えます。お供させてください」

「わかった。しっかりついて来い」満足気に命じるレイピアだった。「ドグ、先鋒を頼む」

「いつも通りですね。わかりました」ドグは言うと、騎竜を前進させた。

 ダグアの誘導のもと、竜騎兵の編隊は空賊のアジトに肉薄した。その直前、ドグは高度を取った。高空から、空賊のアジトを急降下攻撃する構えだ。ダグアは疑問に思った。みすみす敵に見つかりに行く様なものだ。今なら敵は気付いていない。ならば低空からこっそり近付いた方が、効果はあるのでは。

「!? 何故ですか、あれでは敵が気付いて上がって来ますよ」

「ならば不意を突いて、敵に反撃の機会を与えず殺すべきだと言うのだな」

「い、いえ。決して、そんなことは……」

「昔を、思い出すだろう。騎士ファルシオンと刺客ソード・ケインの傍らにいた、きみなら。シオンは正々堂々と戦うし、ケインは奇襲を使うから。そして」レイピアは、意味ありげに間を置いた。「いわばわたしはその両方を、使う。ドグ、掛かれ!」

 レイピアの言葉と同時に、ドグが街に急降下した。一点、急所を狙う。竜は炎を目標に吹き付けた。ダグアにとって意外だったのは目標が敵竜の小屋ではなく、空賊の宿舎だった事だ。木造に漆喰の建物は、簡単に燃え上がった。出口から、悲鳴を挙げて逃げていく賊どもが確認できる。その混乱の中に、自分の騎竜に乗り上がった剛胆な者がいた。敵竜騎兵は上昇を始めようとしている。

「敵竜、一騎来ます!」ダグアは警告する。「ドグ、右側面を狙われています。方向、右七十四角です」

「了解!」返答するドグだった。

 しかし、ダグアは冷や冷やして見つめていた。警告を受けたというのにドグは速度を上げず、緩慢に旋回しているだけだ。たちまち、敵に背後を取られそうになる。ダグアは有効な機動を教えたくて、もどかしかった。自分が空中戦に熟練している事が露見してしまうが、教えるべきだろうか……と! ドグが動いた。急旋回。急降下。急減速。これらを巧みに使いドグはあっという間に敵竜の背後に回り、攻守の立場を逆転してしまっていた。炎の息を吹きかける。敵竜騎兵は炎に包まれ、墜落して行った。

 ダグアは感心した。流石はレイピアの列騎だ。しかしまだ力量は、ダグアの方が上かもしれない。何故ならドグは後方の監視を怠っていた。低空で減速している危険な体勢なのに、背後から別の敵竜が襲いかかろうとしている。

「ドグ、背後にもう一騎! 距離、四百歩です」

「了解!」ドグは、再び快活に答えた。

 またダグアは意表を突かれた。ドグは全力加速しながら上昇を試みている。上昇しようとすればその分速度が落ちるから、離脱には不向きなのだ。たちまち敵はドグの背後に付こうとする。!? ダグアは稲妻を見る思いだった。レイピアのシザーズが、全速で突き抜けて行ったのだ。爆音とともに敵竜は吹き飛んだ。

 これが撃墜王の戦い方なのか! 小隊三騎の一撃離脱戦法! 竜騎兵にとって、必勝の戦術だ。これなら敵が少しくらい多くても、自身に危険のないまま確実に仕留められる。竜騎兵同士の、連携さえ完璧なら……まさしく、レイピアならではだ。

「見事です、レイピア、ドグ!」ダグアは尊敬の声で言った。「ところで、他の二騎ですが、様子がおかしいですよ。乗り手がいるのに、飛び立とうとはしない」 

「それは、乗り手が逃げようとしているからだ」レイピアは答えた。「竜は、自らを負かした相手を主人と見なす。われらに従うだろう。われらには、戦力がまだまだ必要だからな」

「では、これで。この戦いは勝利ですね」

「勝利は、間違いないが。まだ、終わってはいない」いつになく冷徹な声で、レイピアは言った。「待機中の全部隊に命じる。掃討戦に移れ」

 そうとうせん? ダグアは意味がわからなかった。十騎の竜騎兵が、空賊のアジトへ殺到する。もはや敵は対抗できる戦力が無いのに。みんなはいったい、なにを……ダグアは見守るしかなかった。

 味方の竜は一斉に街へ降下し、建物に業火を吹き付けた。敵兵士たちは松明のように燃え上がり……高い建物の上から次から次へと死の跳躍をした。

 

(続く)

 

後書き 戦争の非道さ、過酷さを改めて目の当たりにするダグアです。竜騎兵としても極力殺しは避けてきた彼、敢えて殺しをしたのは、スティレット救出時くらいなものです。彼の本当に敵となるものは……