めっきり冷える夜を迎えた辺境。女竜騎兵トゥルースは味方の陣地へ戻っていた。砂漠地帯にぽつんとある水源、オアシスに。十人入れるテントがもはや十ほど並ぶだけの、ささやかな基地。

 バーサーカー連隊。それが彼女らの部隊名だった。辺境で魔物と戦い国を守る義勇兵の決死隊、『狂戦士』。フランベルジュ国内で、彼らの存在を知るものはいない。陰ながら、国への侵略を防いでいるというのに。だが秘密が必要だった。

 フランベルジュ王国と辺境を挟んだ隣国フォーシャール公国は、十年間に渡り魔物と戦い続けてきたが、先年ついに圧倒的な魔物の戦力の前に絶望し降伏の道を選んだ。

 公国の人間は悪鬼の奴隷として慰み物となり、家畜のように処されている。もっとも、公国の人間全部が降伏したわけではなく、各地で散発的に魔物悪鬼への抵抗運動が続いている。だが圧倒的な戦力の前に部分的な抵抗では、とてももはや戦争に勝ち、人間の国を取り返すことはできない。公国は滅んだのだ。

 降伏せず公国全部の力を合わせてさえいれば、魔物との戦争に勝てずとも侵略を阻止することは可能だったはずだ。異形の魔物への恐怖、絶望が敗北を早めた。フランベルジュ旧王国が、その二の舞いになることは避けねばならない。

 いまは、まだ魔物の存在を民衆に教えることはできない。それは竜騎兵が民衆を救い、竜と魔法が人間の味方にもなることを世に知らしめた後でなければ。

 わたしたちの力では、魔物たちを倒し戦争に勝利することはできない。だが、旧王国への侵略を……人間の滅亡を遅らせることは可能のはずだ。いまは、それだけしか望めない……。

「今日は心臓が止まりましたよ、敵竜に飛び移るなんて。ファルシオン閣下、ご無理をなさらないでください」トゥルースは指揮官に話しかけた。そばにいるとひんやりする、泉のほとりで。

「あのくらいわけはない。それより何人戻った?」

「出撃した五十三騎の内、いまのところ二十五名」

「そうか」シオンは、そう短く答えただけだった。

 トゥルースは悲痛に歯を食いしばっていた。連隊は今日また、半減した。これでは大隊とすら呼べない。一年前は百騎を超えていたというのに。戦いは苦しくなる一方。このままでは全滅してしまう。親しかった友人たちは次々と死んでいった。いつかはトゥルースも、敵竜の炎に包まれる日が来る。だが、逃げるわけにはいかないのだ。

 トゥルースは報告した。「撃墜された味方は、推定十五騎ほどです。エィム中隊長は戦死されました。ジュエル小隊長、バーン小隊長がまだ戻りません。帰還した部下の話では、撃墜は確認されていません。無事だとよいのですが」

「そうか。エィムが死んだか。捜索を続ける。我のように落下傘で助かったものがいるはずだ」

「はい。さっそく向かいます」落下傘。魔法文明の遺産で、現代の技術でも再現できる数少ない道具。これを使えば、空戦で無駄に死ぬことはない。この部隊は、全員がそれを背に装備していた。おかげで劣勢でありながら、長期に渡り戦い続けることが出来た。

「いや、トゥルース。きみには別の任務を与える。スティールと共に旧王国領内に戻り、そこの竜騎兵団に入れ。小隊長をつとめてもらう」

「しかし辺境方面軍の、われらがここで引くわけには!」

「命令だ。諸君をレイピアの部隊に編入する。王国内で空賊竜騎兵との決戦が始まるのだ。それに打ち勝ち、レイピアたちを逆にここへ連れてこい。もはや、人間同士で争っている場合ではないのだからな。行くとしたら今日の戦いで敵が怯んでいる今しかない」

「了解しました。必ず、戻ります。それまでどうか生き残ってください、閣下!」

「約束する。それから、例の件。ここで得られた情報はすべて提供するが、あの一つ。あれだけはレイピアには伝えてはならない。わかるな」

「承知しています」

「必ずだぞ。それから旧王国には、撃墜王として知られる竜騎兵がいるという。かれも、味方につけるのだ。もう一点は補給だ。豪商アンカスと接触し、支援を仰げ。これらのことをアルセイデス領主フレイルに教えるのは、空賊との戦いが終わってからだ。それで万事うまくいく」

「はい!」トゥルースは敬礼した。

 ファルシオンは歩み去った。生存者の捜索に向かうのだ。取り残されたトゥルースは突然、胸が悪くなった。安堵に緊張の糸が切れたのだ。トゥルースはかがみ込み、激しく嘔吐した。戦いの前など、なにも食べ物は入らなかったのに。それでも大量の酸っぱい胃液が、吐き出された。

 同僚の小柄な男性が近寄り、トゥルースの背を撫でる。スティールだ。「もう大丈夫だ、トゥルー。戦いは、終わったんだ」

 この戦いは。だが戦争全体はまだとても、終わりではない。トゥルースはそれでも無理に笑った。「ありがとう。泉、汚しちゃったわね」

「かまうもんか。もともと泥水だ」

「わたしたちには命の水、でしょ。スティール、わたしたち内地勤務に回されたわ。久しぶりに、フェイクやドグに会えるわね」

「そうか。これで死に損なったな」

「生き延びたと、言いなさいよ。行きましょう。わたしたちの生きる世界を救うために、できるだけのことをする。みんなでそう誓ったのですから」

 

(続く)

 

後書き バーサーカー。狂戦士という単語には恨みがあります。高校の国語試験で「狂」を使った単語を書け、という問題に書いたら×にされたのです。教師は知らないでしょうが、ファンタジーものでは狂戦士は馴染み深い単語なのに。これだから学校は嫌いです。