都市、ナパイアイの外れ。近くに木々が立ち並ぶ小高い丘に面した広場に、大きな館が立っていた。館は古いが、手入れが行き届いており外見でも衰えてはいない。庭の周囲には、高い塀が巡らされ、正門には門番が一人立っていた。
ダグアは、それを確認した。日が暮れようとするときだった。門番は、ダグアを見つけると傍らの長槍を構えた。警戒しているのか、無理もない。この館に、徒歩でくる来客はめずらしいのだろう。なぜならこの館の主人レイピアは、竜の主だからだ。かれの飛竜は、中庭に直接舞い降りてしまうのだろう。
ダグアは、ゆっくりと歩み寄った。門番は、ダグアを観察した。年格好、容貌が言い渡されていた人物と一致するとわかると。館の中に通じる呼び鈴を鳴らし、門を開いた。役目を終えた彼は、後を他に任せ仕事に戻る。
ダグアは会釈をすると、門を抜けた。館の入り口には、館の主人がもう扉を開けて待っていた。かれは、来客を予期していたのだ。レイピアは招いた客に挨拶した。
「ようこそ、ダグア。わたしの誘いを受けてくれたこと、感謝します」
「お久しぶりです、レイピア閣下」ダグアは敬礼した。
「肩書はいいですよ。時期はいっしょではありませんが、同じ部隊に籍を置いた仲。レイ、とでもよびなさい」
「わかりました、レイ」
「とにかく、上がりなさい。客間の用意はできています」
主人は自ら客を一室に案内した。二人は、テーブルをはさんで椅子にかけた。
「それにしても、変わった誘い、でしたね」ダグアの第一声は、それだった。いくぶん諧謔を込めて、たたんである一枚の紙切れを机に置いた。
「暗号を混ぜたことかな? わたしの居場所を他人に知られたくなかったからね」レイピアは笑みを返した。
「掲示板に張ってあったのは、短剣(ダグア)と細剣(レイピア)の絵、それに象形文字だけ。ロッドの教えを受けなければ、わからなかったですよ」
「ああ、きみならわかると信じていました。ロッドの最後の手紙に、優秀な生徒を友にできたと記してあったが、それはきみのことなのだから」
「お褒めにあずかり、恐縮ですね。撃墜王殿」
「わたしが撃墜王?」
「少し、下調べしましたので、知っています。あなたが竜騎兵を多く率いる軍の指揮官ということを」
「そうか。さすがですね。しかし、わたしは撃墜王ではありませんよ」
「謙遜されることはありませんよ。あなたの部隊が倒した空賊の竜は、部隊数の数倍に及ぶでしょう」
「極秘にしていたつもりでしたが。よく、わかりましたね。さすがに、ダグアの名を得た偵察兵だけはある……そこで。さっそく本題に入らせて貰います。きみに、撃墜王を探し出して欲しいのです」
「撃墜王?」ダグアは問い返した。
「そう、本物の撃墜王。都市を襲っていた竜を、たった一騎で駆逐した」
「レイ、あなたが撃墜王でなければ、他に撃墜王などいませんよ」
「いや、存在します。わたしは撃墜王と一戦交えたことがあるのですから」
「戦った?」
「ええ。旧王都クリス上空でね」
「そうですか」ダグアは内心毒づいた。あの、戦い。{撃墜王}、か。誰が誰をどう呼ぼうと勝手だが……。「では、その撃墜王は、敵なのですか」
「いいえ。都市を破壊した賊と間違えて攻撃をかけてしまったのですが、その素晴らしい手並みから、空賊の類ではないとわかりました。もし空賊であれば、今ごろ大勢力を作って、おそるべき脅威になっているはずです。ですが彼のような男は、きっと賊などになり、つるんで行動することはしないだろうから。だからわたしの仲間にできれば、最上ですね」
「そうですか」
「だが、残念です。ダグア、きみならばその撃墜王の存在を、知っているものとばかり思っていたのですが……それとも、なにか隠しているのですか?」
「まさか。本当に、なにも知りませんよ」
「失礼。撃墜王は、常に単独で行動しているらしい。なおかつ、空賊の竜騎兵を数多く仕留めている。なにか、手がかりがあればと思ったのですが……妙な話ですね」
「なにがです?」
「アルセイデス太守、つまりフレイのもとから、同盟都市へ密書が届いていました。各地の空賊の戦力の、詳細な報告が。それを記したのは、ダグア、きみのはず」
「そうですが」
「敵である、空賊の動きをその内部対立にいたるまで知りつくしているほどなのに、なぜ撃墜王の存在がわからないのか」
「とすると、撃墜王とはよほど用心深いのでしょうね」ダグアは精一杯とぼけて見せた。「報告書には所属不明の竜騎兵による戦闘の記録も付記しておいたはずです。それから推測するしかないですね」
「時間がないのです。空賊の総攻撃の危険が高まっている。密偵を各地に飛ばして撃墜王を探しているが、おそらくこのままでは見つけられない。そこで。ダグア、きみに頼みがあります」
「頼みとは。僕にできるようなこと、ですか?」
「竜騎兵になってください」
「は?」
「空からきみの能力、千里眼を使い捜索すれば、おそらく一週間ほどで撃墜王を捕まえられる。各地に高速で飛び回れるから」
「そんな……無茶です」ダグアはかぶりを振った。「僕は、戦士ではないのですから」
「竜騎兵の適性は、肉体的な強さではありません。わたしの部下には、きみより肉体的に非力なものもいますよ……きみと会えれば、喜ぶだろうな」
「誰ですか?」
「さあ、だれでしょうね。では、そうそうですが、特訓をはじめましょうか」
「特訓って……」
「無論、竜による飛行の」レイピアは、諧謔をこめて片目を閉じた。「断るというなら、きみの上官として命令します。ですが、そんなことはないでしょう。大勢の人たちの命と、運命が掛かっているんですよ」
「……僕に、選択の余地はないんですね」
「了承、ですね。では、これからは命令口調。取りあえず、わたしの騎竜を貸し与える。名は、シザーズ。抜群の速度を有する飛竜だ」
と、窓の外の、巨大な影が身じろぎした。重い、だが冷静な声が、部屋に響く。「お呼びですか、我が君」
「シザーズ。紹介する。こちらが、偵察兵のダグア。しっかり面倒見てやってくれ」
「こんな子供でしたか。我が君も、酔狂な」
「だが、実力は侮れないぞ。さあダグア、初飛行を見せてくれ。シザーズ!」
「うわあ!」ダグアは叫んだ。いきなり竜、シザーズの首が伸び、その口に身体をくわえられたのだ。シザーズは、ダグアを口で持ち上げると、後ろを振り向き騎竜鞍にのせた。そばにはすでに使用人が待機していて、有無を言わさずダグアを鞍にくくりつけた。たちまち、シザーズは翼を打ち上昇を始めた。
「無限の大空へようこそ、少年! わたしと一緒なら、怖いものなしだぞ」シザーズは、ダグアに快活に話しかけていた。
竜がいかにも陽気で自信たっぷりな口調なのは、初めて飛ぶ兵士を緊張させないためだと、老練な竜騎兵ダグアにはわかった。だが、ダグアは狼狽える態度を装っていた。「落ちないでくださいよ、飛竜さん!」
「わたしの名は、シザーズ。敬称は、つけなくていい。きみの立場は、わたしと同格かそれ以上だから。しっかりついてくるんだ、まずは全速飛行……」
ダグアは無言で、成り行きを見守った。どんどん加速する。なんて速度だ。しかし自分は、空戦にはもう、馴れている。なんの支障もない……その思いは一瞬後、打ち砕かれた。
「……そして、反転!」シザーズが叫ぶや、急旋回に入る。
!!! ダグアの眼前に、いくつもの星がはじけた。そして……なにも見えなくなる。
(続く)
後書き 魔剣の所有者レイピアと邂逅し、とんだ一幕を過ごす主人公ダグア。お互い竜騎兵、それも撃墜王同士なのですが、二人の運命は……