ケインはエストック目がけ飛び出した。素早く剣を抜き、払う。氷のような刀身から純白の光が伸びて、兵士たちをかすめた。いや、ただかすったのではない。光線に触れた兵士は、すっぱりと両断されていた! 一振りの一瞬のうちに、エストック配下、四人の兵士が絶命した。
「伏せろ!」直ちにエストは命じた。自身は、直立し微動だにしないまま。
「遅い!」叫ぶやヴァイは騎馬に鞭入れ、街道を来た方向と逆に走り出した。
閃光と轟音。ヴァイの無反動砲が火を吹いた。砲弾は、竜を落とすための撤甲弾であり、対人戦用の炸裂する榴弾ではない。右側方の兵士の一人が、胴体に直撃を受け、文字通り吹き飛ばされた。しかしヴァイの真の狙いは、その逆方向だった。ちょっとした裏技をつかったのだ。無反動砲は、射撃の反動を相殺するために後方に爆風が吹き出す。燃え盛る爆風に巻き込まれた数名の兵士は、即死はしなかったが全身に大火傷を負った。
ヴァイはそのまま突撃し包囲の外へ出た。ケインを見捨て、逃げたのではない。ヴァイは距離を取ってから、砲弾を再装填するつもりだった。今度は正攻法、対人戦用の榴弾だ。
「匍匐前進、間合いを詰めろ! 騎兵には構うなよ」エストは圧倒的な力を目の前にしても、怯みはしなかった。エストの兵士はみな伏せた。しかし、エストは大胆に直立したまま伏せはしなかった。全体の状況を見るのを止めて隠れるのは、指揮官としての義務に反するのだ。エストは不敵に笑い掛けた。「気に入ったよ、ソード・ケイン。ますます手に入れたい宝刀だ」
「エストック、降伏しろ! さもなくば次は、おまえを狙う」
「おまえは、わたしを殺しはしないよ。わたしを殺せば、ナパイアイは空賊の手に落ちるからな。略奪。暴行。殺人。おまえにはできない。おまえはそういう男だよ。しかし、逃走はしても降伏はしないだろう。だから最大の敬意を払って……殺してやる」エストは手を振りかざした。「撃て! 射殺せ!」
エストの命令一下、百余りの石弓の矢が、取り残された二人に一斉に飛来した。ケイン、ヤイバは散って地に伏せた。
「後列、再装填! 前列、抜刀!」エストは命じている。
「ケイン、行きましょう! 背後は任せてください」ヤイバは無事だった。すばやく立ち上がる。次いで相棒を見やり息を呑んだ。ケインは太矢に利き腕を貫かれていた。
「大丈夫だ、ヤイバ。この剣は軽いからな、片手で扱える。勝機は、敵が矢を射る前だ、行くぞ!」
ヴァイにはケインの言葉が虚勢とわかっていた。絶望的な攻撃の決意。早く再装填しなければ! 逃げ延びるのは困難だ。どうする? エストを倒してしまうか? 考え直してみれば、並みの賊に聖剣が渡るよりも、有能な指揮官であるエストに渡る方が遥かに危険なのだから。しかし、それではナパイアイは戦乱に巻き込まれてしまう……。だからそれは、最後の手段だ。
手慣れた手つきで、無反動砲を操る。装填は、終わった。そのとき、自分の騎馬が神経質に身震いするのを感じた。ヴァイは良く知っていた。飛竜が接近したときのしぐさだ。よりによってこんな時に!
けたたましい咆哮。居合わせた全員は、何事かと目を奪われた。黒い巨体が街道を一直線に突き進んできている! 超低空で飛ぶ飛竜だ。獲物を包囲していたナパイアイの兵士は、意表を突かれ恐怖に竦んだ。一人が悲鳴を上げ背を向け逃げ出すと、後はあっけなかった。ほとんどの兵士は戦意を喪失し散り散りになった。
「おのれ、レイピア! 裏切ったな!」エストは吐き捨てる様に叫んだ。空を飛ぶ竜騎兵に対抗できるはずはない。「全軍、散開! 各個にナパイアイへ退却せよ」
言うと、エストは街道を外れ走り出した。兵士たちは包囲を解き、数人ずつ固まりながら、撤退を開始した。見ているヴァイは複雑な思いだった。彼らに遊撃戦、散兵戦といった戦術を教えたのは、他ならないケインだったのだ。そう、ケインとエストは友人だったというのに。
ケイン、ヤイバ、ヴァイは街道に残されていた。彼らは逃げなかった。思いは同じだった。高度を取ってゆっくりと旋回し、去ってゆく竜を三人は見上げた。
「いったい、なにごと? 拙者どもを助けてくれたようですが」ヤイバはもらした。
ヴァイもうめくように言った。「ケイン。あの竜騎兵は」
「レイピアではないな。視界を封じられるこの夜の雨の中、高速で低空を飛行するなんて、いくら学識に優れるレイピアでも不可能だ。特別な視力でも持っていない限り」
「では、まさかあいつが……ああ、失念していた。あいつも、意志さえあれば飛竜の主にはふさわしい」
「そう、あいつだ」ケインは竜の飛び去った空を仰いだ。「ダグア……なのか?」
「お仲間に、挨拶しなくて良かったのですか? ダグア」ブレードは悪天候の夜空を飛行中、主人に尋ねた。
「ああ、いいんだ。用は済んだ」ダグアは答えた。闇の中、視界などまるでない。降りしきる雨。防水のコートを着、フードを目深に被っていても、寒さは身にしみる。
「高潔な戦士のようですね。みんな」
「ああ。立派な戦士だ」
「他ならない聖剣アイシクル……それが竜の主ならぬ無頼の傭兵の手に、渡る。これは、字面だけを見るなら恐ろしいことですが。あのソード・ケインの手に渡ったのなら、話しは別ですね」
「そう。これなら、国家を二分する戦争は起こらない。後は、レイピアが明敏な采配を下すことを祈るだけだ」
「わたしとしては、あなたがアイシクルを手にした方が、望ましいのですが。それでも国家を二分する大戦は、起こらないでしょう?」
「それをいうなよ。僕は手に余るような力は欲しくない」
「確かに、わたしならあなたの手には余りませんからね。あなたはわたしの能力を実に良く引き出してくれますから」
「僕は、きみを力だとは思っていないよ、ブレード。対等の友だちだ」
「ありがたく思いますよ。ですが、お願いがあります。ある事態に陥ったとき、そのときだけは魔剣か聖剣、いずれかを手にして頂きたいのです。そのときは、無頼のハンターを捨てて運命の戦士として、立ち上がって欲しいのです」
「それはずいぶんなお願いだね。ある事態って、なんだい?」
「魔剣の主レイピアが……失敗したときですよ、ダグア」
「そうか、レイピアか」
「了解して貰えませんか?」
「レイピア次第だね。彼なら、失敗などしないとは思うが。ま、聞いてみよう」
「聞いてみる?」
「招待されたんだよ、レイピアから」
深夜であるにもかかわらず、都市アルセイデスは灯が絶えなかった。治安維持のために街灯が点され、松明を手に手に警備兵が巡回しているのだ。警備兵総監ジャックは、灯火管制の在り方を思案していた。夜間に竜の空襲を受けるときは、むしろ街灯を消した方が、防御になる面もある。そこは周到な偵察と、情報連絡の処理いかんとなるが、ジャックはこの点に関して有能だった。
同僚が有能なため将軍アトゥルは、枕を高くして眠れるはずだった。しかし、事件は起こった。寝入り鼻を叩き起こされたアトゥルは、報告を受け頭を抱えた。ジャックに、どう知らせるかねえ。アトゥルは思い悩んだ。こういうのを、ヤイバの地方では泣きっ面に蜂というらしいが……とにかくアトゥルは部下の知らせを受け、直ちに現場に向かった。
事件は、重大だった。都市アルセイデス防衛隊の騎竜の一騎、ジャックの飛竜が盗まれたのだ。なんたる不祥事! 取りあえず緘口令をしき、極秘に調査・偵察隊を編成するくらいしか手だてはない。
いったい、誰が? わかっている。記録によると、視察と称して秘書官……スティレットが竜を調べに入った。それからたまった仕事を差し置いて急な私用で休暇を取っている。竜は自分の身は自分で守れる。ひとたび他者に忠誠を誓った竜は、賊風情に盗めるものではない。つまり……。しかし、何故? それはどうしても、アトゥルにはわからなかった。
(続く)
後書き 聖剣を巡り、遂に戦争勃発!? はおいて、どんどん不幸になるジャック……誰も助けてくれないのかな? 真面目な優等生タイプはお嫌いで?